第6話 穴あき銭は臍に揺れ
源氏山から駆け下りて来た神さまの息吹きは、瞬く間に極彩色に染まり、桃色に手を伸ばし、酒の匂いもまとって旨そうな
鼻先を
「どうした末吉、腹でも壊したか。厠へは、早めに行くんだぞ」
爺さんが、からかう。
「なんでぇ、爺さん。おらは腹痛など起こしちゃいねえや。元気いっぱいさ」
「そうかい、じゃ、ちっとは落ち着いて、ここへ座れ」
ふんと鼻で返事をした末吉は、爺さんの向かいに尻を落とす。
裏で働く爺さんは、しかつめ顔の偏屈男だが、暇を見つけては、末吉をからかった。
爺さんは名無しだ。もちろん爺さんにも子供の頃はあり、親からもらった名前があったはずだが「忘れた」とうそぶき、誰も本当の名を知らない。女主の富子から下働きのハナまで皆が爺さんと呼ぶ。どうやら昔は侍だったらしく、
末吉は、折々爺さんに教えを乞う。「富谷」の富という字はお宝のことか?と質問したのも、つい一昨日のことだ。
「そうだよ。富はお宝、谷は分かるか。この鎌倉は小せえ山の集まりだ。その山と山の間が谷だ。
「えっー、おらが生まれたのは戸塚というところだ。ちいーと広がった畑があり谷戸とはいわねえ」
末吉は、鎌倉街道
顔見知りではあったが、怪しげな商人に連れられ、小さな起伏を上り下りし
「でも、ヤトならおらにも分かるよ」
「つまりな、この店はお宝を集める谷戸ってことだ」
「ふーん」
「末吉、それがどうした」
「いや、別に。あっ、爺さん、この字は?」
そして、末吉は「本」という字を地面に書いてみた。富と書くより幾分と簡単だ。
「おっ、上手く書けたな。こりゃ、ホンだな。モトとも読む。他に聞きたい真名はないのか」
「いやぁ、今日のところは、これで十分。あんまり沢山だと覚えきれねぇ。また分からないことがあったら聞いてもいいか」
「おお、いいともさ。何でも聞きな。仮名でもいいから、みんな覚えろ。そうすりゃ、勝次の野郎にえばり散らされなくなるぞ」
「おう、分かってらぁ。おらもいずれいっぱしの男になるさ」
爺さんと声を合わせて笑った末吉は、派手な紐を薄汚れた長めの紐に替え、
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