第5話 野生児末吉は照れくさい

 末吉は、若い男の収容された裏屋に、いそいそと飯を運んできた。

「末吉どの、何時も世話をおかけ申す」

「なぁに、おらっちの、生業なりわいのうっちゃ、一番やすい事でさぁ。気にすることはねえや」

 気にするなといわれたようだが、男は、荒々しい坂東声があまり理解できない。それに比べ、偽りでも京なめりの女子たちの言葉は何とか解した。

「いや、女子たちの話によれば、末吉どのがわれを助けてくれたとのこと。幾らお礼をいってもいいたりぬ」

「へぇ、確かにおらがこの肩に担いでここへ運んだ。ぐったりだったからよ、そりゃあ重かったぜ。フウラフウラして、何度も道端にへばってよ、投げ出しそうだった。んでも、死にそうなあんたの命を救ったのは女子衆だよ。おらは何にもしちゃいねぇ」

 末吉は、照れを隠した言葉を乱暴にしめ、肩を揺すって、こぼれてしまう笑みを散らした。

 生き返った男は、穏やかな瞳を末吉に向け微笑んでいる。少年は女子に憧れるようにうっとりし、慌てて生き返り、鋭い瞳を作ってみせた。

 末吉の生活には、いなかった男。これが真面まともしゃべりだぜ、と思える言葉で話しかけられると、自分の口から飛び出す訛りは、言葉とは呼べないんじゃないかと恥ずかしくなる。

 恥ずかしいとか、照れくさいとか、(何かおれらしくねえなぁ)、うっかり屁もこけねぇ。

 それに近頃は、店で働く姉さんたちをはじめ、台所で働く者たちにも、褒められまくっているのだ。

「末吉が、こんなに優しい子だとは思わなかったぇ」とか「末兄い、いい人なんだねぇ」とか「末吉は、男だなぁ」とか。

 野育ちの末吉は、褒められることが、こんなにも心地のよいものとは知らずにきた。

 末吉が里の実家を出たのは、四年前。やっと十歳の春だった。小さい頃から父親の農作業を手伝い野山を駆け回っていたが、流行り病にかかったり、怪我が元で寝付いたりして親兄弟を次々亡くした。一人になった末吉を引き取ろうという親戚もいないまま、顔見知りの小父さんに連れられ、売られるように、この料理屋「富谷」に辿り着いた。

 どうなることかと、大きな屋敷を後ろに倒れそうなほど見上げた。

「飯を食うか」

 名前も聞かずに、皺にまみれた爺さんが、口をひん曲げて笑ってみせた。

 変な年寄りだが、悪い人ではないと当たりをつけた。心配したのが、損した気分だ。

 何より、まず飯が食えるのだ。それだけで腹ぺこで痩せこけた末吉を有頂天にした。

 満腹の甲斐あり、年の割には大柄に育ちつつある十四歳の末吉だが、その肩に細身ではあるが明らかに大人の男を担ぎ上げ、店まで運ぶのは難儀なことだった。

 それでも、命を救った男に礼をいわれると、気恥ずかしく、後ろめたい思いが苦く湧き上がってくる。男の腹巻から盗んだ銭袋は、勝次に取り上げられていたが、男の首にかかっていた紐を通した穴あき銭を勝次に渡さず隠し持っていた。たまには、勝次の野郎に逆らってみたい。何時も馬鹿にされてなるものか。ふん。

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