第3話 料理屋富谷は銭下馬だ
女たちは、忙しなく表と裏をいき来している。耳元の後れ毛をあだっぽくかき上げながら落ち着かない素振りだ。
ここは、「
鎌倉幕府は、念願の後嵯峨上皇の第一皇子
牛馬の肉や骨が散らばり、時に死体も捨てられていた道の清掃整備に力を入れた。牛がのんびり鳴く街路に出された小屋がけの店や立売りなどを見とがめ、指定以外の場所での商売を禁止した。
商売を認めたのは、大町・小町・米町・亀谷辻・和歌江・大倉辻・気和飛坂山上の七か所であった。
気和飛坂は、まぎれもない遊女屋の商売場所で、辺りを憚ることなく脂粉の匂いを振りまき、琴や鼓を奏でている。
さて、うちは料理屋でございます。遊女などつゆ知りませぬという顔で、「富谷」は料理を提供している。ここを切り盛りするのは、女主の
万事が京風。高額の京風料理は、武骨な関東武者の口に合うのであろうか、身形のよい侍などが多く出入りしている。実は、富谷は料理を食べる処ではない。
この鎌倉で、あれやこれやの風聞を仕入れる場所として密かに知られていた。鎌倉の噂なら、富谷に聞けとの噂ありだ。メディアのない中世の噂は、現代の噂話とは大いに異なる。噂は重大な情報を含み、無くてはならない性質を持っていた。幕府の意向は、鶴岡八幡宮の鳥居前の高札で知らしめられた。
鶴岡八幡宮は、
八幡宮前の高札は、富谷にとっても重要な情報収集の場であった。すべての高札の写しを保管した。三月前の風聞が、本当の話か尾ひれの付いた噂話か、その結果がどうであったかも富谷に聞けば知れたのだ。鎌倉の噂は、富谷に集まり利益を残して各地へ散った。
料理の代金は、料理そのものの金額ではない。値段の付けられない風聞代と思えば、決して高いものではない。もちろん魚心あれば水心。日頃から富谷で金を使い、いち早く噂を耳に入れることも大切なことだった。幕府のお触れなども逐一耳に入れる筋道を持っているのは関係各所の役人や一部の商人だけ。素早い風聞が欲しい者どもは、お家のため、自分のために富谷から料理という名の情報を買った。
酒の席には十分な飯を与えられ、ふっくらおっとり着飾った京から来たという粒揃いの女たちが侍った。表向き宴席の接待役の女たちは、金次第では遊女家業もこなした。女たちの一夜の仕事賃は、それぞれで定かではないが間違いなく高額で、そこらの男は相手にしない。下賤な男どもを相手にする遊女屋とは、明らかに一線を画している。女たちは、
また、富谷には更なる裏の家業があった。金貸し業だ。
銭は、ここ富谷と云う駅で馬を降り、益と云う名の
「
表の富谷を仕切るのは富子に付いて京から下った初老の
今、その富谷の店裏は、一人の若い男を隠し艶めいている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます