後編 2

 ふと、不穏な空気を俺は察知した。


 四人はいたろう。


 派手なアロハやTシャツ。


 下はそろいも揃ってすね毛丸出しの海パン。

 

 中には二の腕から賑やかしい”絵”をのぞかせているのもいた。


 彼女のことを野卑な目つきでみながら、口元に笑みを浮かべ、下手くそな英語とこれまた下品な日本語で誘いをかけている。


 程度の悪い”ナンパ”という奴だ。


 流石の彼女も、突然のことに戸惑ったような表情をしている。


”仕方ないな”


 デッキチェアから立ち上がった俺は指を鳴らし、大股で彼女の方に歩き出そうとした。


 すると、その時だ。


 王女様とチンピラの間に、一人の若者が割って入った。


 身長はそれほど高くはない。

 痩身だが、引き締まった肉体の持主である。

 顔立ちは平凡で、どこにでもいる青年といった感じだ。


 彼は両手を広げて仁王立ちになり、男たちを睨みつけ、

『止めたらどうだ?彼女、嫌がっているじゃないか』

 冷静ではあるが、鋭い声で言った。


『なんだと?おいチビ、お前彼女の何なんだよ?』

 先頭にいたTシャツ姿のデブが、明らかに馬鹿にしたような口調で唾を吐く。


『何でもない。ただの通りがかりだ。でも女性に変な真似をするのは見ていて気分がいいものじゃないからな』


『るせぇ!』


 デブの拳が飛んだ。右頬に一発、腹に二発ヒットした。


 しかし青年は微動だにせず、相変わらず目をかっと見開き、両腕を広げて、王女様の前に立ちふさがったままだ。


 すると、デブ男の後ろにいた、痩せた男がいつの間にかナイフを取り出し、

『なら、こいつはどうよ?ええ?』


 と、惨忍そうな笑みを浮かべた。


(頃合いだな)

 俺はそう思い、振りかぶった男の右手首を掴んだ。

『い、痛ぇ、何だよ、おっさん!』

 構わず、思い切り男の腕をねじり上げる。

 ナイフが砂の上に落ちた。

『やんのかよ?あんたも!』四人の目が、男から俺に集中した。


 俺は尻のポケットに手を突っ込み、認可証ライセンスとバッジのホルダーを引っ張り出して、連中の目の前にかざした。


『分かるか?俺はこう見えても探偵だ。警察おまわりじゃあないが、向こうにもいささか顔が利く。このままそっちが事を構えようというなら相手をするぜ。それとも制服を呼んでここに来て貰うか、どっちでも好きな方を選べよ。』


 俺の言葉に四人は気圧されたのか、互いに顔を見合わせた。

『・・・・おい、行こうぜ・・・・』


 デブ男が言うと、他の四人もそれに従い、ぶつぶつと文句を言いながらも、退散していった。


『有難うございます。助かりました』四人が立ち去った後、青年はほっとしたような表情で俺に言った。


『何、こっちは仕事でね。そのお・・・いや、彼女のボディガードを仰せつかっていたのさ。それよりも君こそ大丈夫かね?』


『ええ、こう見えても少しは鍛えている人間ですから、あのくらいなんてことはありません』


『有難うございました!』

 次にそう言ったのは王女様の方だった。但し、俺にではない。

 彼女の眼は、まっすぐに青年を見つめていた。

『いいえ、そんなこと・・・・僕は当たり前のことをしただけですから』と、照れたように頭を掻く。


 何でも青年の名前は山口一平やまぐち・いっぺいといい、年齢は20歳。東京にある小さな食品会社の工場でフォークリフトのオペレーターをしているそうだ。今日はたまたま休日だったので、一人でここに遊びに来たという。


 その後が大変だった。

”もういいですから”と、しきりに遠慮する山口青年に、王女様は、

”どうしても礼がしたい”と行って聞かず、仕方なしに青年も、

”じゃあ、食事くらいなら”と、ようやく承諾をした。


 かくして俺と王女様、そして山口青年の三人は、ディナーとまではゆかないが、そのまま近くのカフェレストランに移動し、そこでテーブルを囲んだ。


”食事”とは言ったが、何故か青年の口にしたものは少量のサラダとミネラルウォーターだけで、それ以外のものは食べようとしなかった。


 王女様は彼に何度も”何か形になる礼をさせてください”と申し出たが、山口青年は微笑みながらも、それだけはと言って固辞し続けた。


 食事を終えると、レストランの前で名残惜しそうにしている王女に握手をし、丁寧に頭を下げて去っていった。


『彼こそ・・・・』

 王女様はうっとりしたような口調で言った。

『彼こそ、本物のサムライですわ。日本に来てよかった・・・・』


 そうして、その日の夜、午後8時を回ったころ、マンションの前にリムジンが横付けになった。


 来た時と違い、姫はグリーンのスーツに着替え、髪をきちんと結い、迎えに来た大使館の連中と共に、車中の人となった。

『貴方にも、大変お世話になりました。有難うございます』

 そういって彼女は俺に手を差し出す。

『仕事ですから』俺は答え、黙って握手を返した。


『・・・・王女はとても喜んでおられたようだ』

 翌日、事務所オフィスにやってきた大兄氏は、カミソリの如く、触ったら手が切れそうな小切手を卓子テーブルに置いて言った。

『それは何より・・・・しかしこれは多すぎやせんかね?』

『なに、少ないくらいだ。王女からの思し召しでもある。それにしても君は一体どんな魔法で彼女を魅了したんだね?』

 大兄氏の疑問に、

『なあに、ちょっとだけ腰に刀を差して、三船敏郎になってみせただけさ』

 とだけ答えておいた。

 本当ならばこの小切手の半分はあの山口一平君に渡すべきなんだが・・・・しかしどこの誰とも分からんからな。まあ、有難く頂いておくとしよう。


 それからさらに一週間ほど経った。

 俺はたまたま買ってきたスポーツ新聞を見て仰天した。


”無敗の日本チャンピオン、敗れる!”という見出しで、普段は野球ばかりだというのに、一面トップでプロボクシングの、日本フェザー級のタイトルマッチの記事が載っていたからだ。


 何でもこれまで18回連続でKO防衛を続けてきた日本フェザー級王者が、昨日行われた試合で、それまでまったく無名だった挑戦者に、3ラウンドTKO勝ちで敗れたというのだ。


 そのチャレンジャーの名前が、

”山口一平”とあるではないか?!


 山口一平は、アマチュアからプロへ進んだのだが、どちらの世界でもこれまでさしたる成績を残しておらず、まったく期待されていなかった、一種の”咬ませ犬”だったのに、それが大方の予想を覆したという訳だ。


 彼はインタビューに”練習してきたことが上手くいっただけです”と、謙虚に語っていたという。


 新聞には、あの素朴だが、どこかに強さを秘めている彼の雄姿の写真が、かなり大きく掲載されていた。

”なるほど、彼があの喧嘩の時に手を出さなかったのも、王女様の招待を受けたときも、サラダしか食べなかったのも、このためだったのか”と、俺は一人で合点した。


 俺は近くのコンビニに出かけると、その日売られていたスポーツ新聞のありったけを買いあさった。


 全部大使館に渡して、王女様の下に送ってほしいと頼むつもりだ。

 

 あれだけのギャラを貰ったんだ。

 この程度のサーヴィスをしたって悪くはなかろう。


                     

                       終わり

*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。


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湘南の休日 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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