後編 1
とりあえず部屋を借りねばならない。俺は車内から携帯で、幾つかを当たってみた。
幸い、俺のちょっとした知り合いで、イラストレーターをやっている男が、湘南海岸のすぐ近くに仕事場としてマンションを借りているのを思い出し、ダメモトで携帯を掛けてみた。
すると向こうから、
”一日か、ああいいよ”と返事が返ってきた。
”仕事で留守にするから、好きに使ってくれ。管理人室に話は通しておくから”ということだった。
彼のマンションは、俗にいう”ビーチサイドマンション”という奴で、ベランダに出ると湘南の海が一望出来るという、絶景ポイントにある。
彼の部屋は10階建てマンションの最上階にあり、広さは3ⅬDK、豪華というほどでもないが、確かに景色だけは立派である。
『早く、早く泳ぎましょう!』
王女は部屋に入るなり、スーツケースを開け、着ていたワンピースを脱ぎ始めた。
(これが、やんごとなき・・・・)流石の俺も開いた口がふさがらなかった。
『王女様、悪いが俺はこう見えても男性です。少しは』
『え?何を?』きょとんとした顔をして居る。
やれやれ、俺は肩をすくめ、肩から下げたショルダーバッグを持って隣室に消えた。
『着替えが終わったらお呼びください』
まもなく、向こうから、
『どうぞ!準備は整いましたわ』と声がかかった。
俺も着ていた『ターミネーターまがい』を脱ぎ捨て、Tシャツにアロハ、ハーフパンツという、いとも不似合いな衣装に着替え、
『では』
と間仕切りの扉を開けた。
そこにいたのは、ほんの僅かに肌を隠しただけのクリーム色のビキニだけを着た豊満なボディの女性だった。
『どう?似合います?』
『お似合いですよ・・・・』そう答えるのが精一杯だった。
『良かった!これもネットの通販で購入したんですよ!』彼女は子供のようにはしゃいで見せる。
『さあ!早く泳ぎに行きましょう!』
王女様は俺の腕を引っ張ってせかした。
『ちょっとお待ちを、いくら何でもそれだけでは』俺は彼女の開けたスーツケースの中に、白いパイル地のパーカーがあるのを見つけ、それを羽織らせた。
『さあ、急いで!』
王女様、よほど湘南の海がお気に召したらしい。
まだ海開きがようやく済んだばかりの海岸は、それほど人手もないが、それでもまあ五割くらいの混みようであった。
俺は王女様に、
『目立たないように離れて観ていますが、出来るだけ遠くには行かないように』と注意を促し、ついでながら、一応安全のためにと準備体操だけはさせた。
それが終わると彼女はビーチサンダルを脱いで駆け出すと、そのまま波打ち際に行って、バシャバシャとやりだした。
俺はといえば、出来るだけ彼女から目を離さぬようにしながら、予めレンタルしておいたデッキチェアに寝そべって、監視を続ける。
王女様は海がよほど珍しかったのだろう。しかしまああまり泳げもしなかったらしい。
せいぜい波打ち際でバシャバシャやる程度だった。
(まあ、このくらいなら大丈夫か)
俺は上半身を起こし、サングラスの下から彼女を監視し続けた。
(それにしても僅か一日・・・・それだけで国に戻ればまた窮屈な生活を続けなければならないんだからな。やんごとなきお方も大変なものだ)
俺はそんなことを腹の中で呟いていた。
王女はそんな俺など構いもせずに、近くにいた同じ年ごろくらいの日本人の少女にきさくに話しかけ、すぐに友達になって、一緒に遊んでいた。
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