中編
”王女様”が成田にご到着遊ばしたのは、それから三日後の事だった。
夏が始まったばかりだというのに、濃いサングラス。ターミネーターが着ていたようなロングコート。黒のTシャツにグレーのジャケット。
出来るだけ目立つ場所で入管の出入り口に立っていた。
え?
”なんでそんな恰好をしてるんだ?”だと?
俺に”〇〇様、ようこそ日本へ”なんて看板をぶら下げて立ってろとでもいうのかね?
そんなみっともない真似、幾ら高い金で雇われてるったって、真っ平御免だ。
”だったらそんな恰好で突っ立っている方が余程目立つじゃないか”
少しは頭を働かせろよ。
これなら、誰もビビッて近寄ってこないだろうが。
遠目に見ても分かりやすい。
今日はただの探偵じゃない。頼まれたのは『ボディー・ガード』だからな。
幾ら向こうが”なるべく普通に”とリクエストしてきたからって、虫よけには多少のコワモテも時には役に立つってもんだ。
俺は腕時計を見る。
王女様とやらが乗った飛行機は、あと30分後の到着だ。
大兄氏から渡された王女様の写真は一枚きり、金銀をあしらった派手な民族衣装に身を包んだものだ。
顔立ちはほっそりしているが、意外とグラマーだなどと、不謹慎なことを考えてしまった。
さながら40年以上前のグラビアアイドル、アグネスなんとかに似ているような気がした。
(あくまでも主観だ。悪しからず)
アナウンスが到着を告げると、入管の出口がざわつき始める。
新聞を読むふりをしながら、何気なくゲートの方を眺めていると、つばの広い帽子を被り、ブルーの地に小さな花柄を散らせたワンピース姿の女性が、手続きを終えると、中ぐらいの大きさのスーツケースを引きずりながらフロアに出てきた。
俺は新聞を脇に挟み、ソファから立ち上がる。
少し慌てて口の端で揺らせていたシナモンスティックの残りを噛んで飲み込み、サングラスを外して彼女に近づいた。
『長旅、お疲れさまでした。ようこそ日本に』
俺は定められた
彼女は俺の顔をまじまじと見つめ、それから慌てて深々とお辞儀をした。
『こちらこそ、わざわざのお出迎え感謝致します』
驚いたことに、彼女の言葉は拙いながらも日本語だった。
『日本語が話せるのですか?』と聞き返すと、子供が見せるような笑顔で、
『はい、少しだけですけど、全部インターネットで覚えました』と答える。
何でも王女様は日本のアニメや漫画が大好きで、動画サイトを調べて片っ端から見て、その上漫画もわざわざ日本から取り寄せて貰い、そこで日本語を覚えたのだという。
最近アジアのみならず、世界各国でこういう手段で日本語を覚える若者が増えてきたというが、まさかやんごとなきお姫様までとは恐れ入った。
しかも王女様などというから、気位が高くって、お高く留まっている女性かと思いきや、至って腰の低い、その辺にいる女性と大して違いはない。
『さて・・・・それで、どちらに行かれます?何しろ時間はわずか一日ですからね。廻れる場所なんて限られてきますが・・・・』
『湘南!』
『ええ?』
『ショウナンに連れて行ってください。私、海で思い切り泳ぎたいんです!』
彼女は生まれてからまだ一度も本物の海で泳いだことがないという。
『勿論、私の母国にも海はありますけれど、宮殿の中のプールだけで、一度も本物の海で泳いだことがないんです。ショウナンの海は綺麗だと、ネットでも言っていましたから、本物の海で泳いでみたいんです』
確かに、他所に比べればまだましな方といえるのかもしれんが、湘南の海水浴場だって、昨今はお世辞にも綺麗だとは言い難い。
しかしまあ、王女様のたった一度のリクエストだ。
聞いてやらずばなるまい。
タクシー乗り場はやはり満員の列だったが、どうにか一台の中型に乗り込むことが出来た。
『リムジンじゃなくって済まないが』俺が言うと、
『構いません。今日の私はただの女の子ですから』
と、明るく微笑んだ。
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