湘南の休日

冷門 風之助 

前編

(予めお断りしておく。この小説・・・・もとい、”記録”には、例の”新型ナントカウィルス”は一切登場しない。何せ1年前であるからな。従って”ズレている”等の指摘には一切応じられないので、その旨ご承知頂きたい・・・・乾宗十郎)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 俺は砂浜に据えたデッキチェアに寝そべり、コーラをちびちびやりながら、サングラス越しに少し離れた波打ち際で、子供みたいな歓声を上げている女性を見ていた。

 ナンパでもしているのかって?

 馬鹿いえ、そうじゃない。

 これでも立派な仕事なんだ。

 たった一日かっきりで、いつもの三倍のギャラを出そうって仕事だからな。

 ボディーガードなんて、本来名探偵のするべき仕事じゃないが、しかしまあ、探偵だって背に腹は代えられん。おまけに『お前だから頼むんだなんて拝み倒されちゃ、引き受けない訳にもゆかんだろう。

 しかし、なるべく目立たないようにやってくれという条件付きだ。

 相手はやんごとなき筋の、大切なご令嬢・・・・いや、お姫様なんだからな。



”彼”が俺の事務所オフィスを訪れたのは、一か月ほど前の事。七月も半ばを過ぎ、もう誰がどう見ても”夏!”であると認識できる、そんな月曜の午後の事だった。


 ここは禁煙じゃなかったよなと彼は言い、俺が承知する前に、オーダーメイドと分かるグレーのスーツの内ポケットからつや消しブラックのシガーケースを取り出し、細い葉巻を一本取り、銀色のライターで火を点け、煙を吐き出した。

 見上げるような長身、面長の容貌、カミソリのような目、きっと結んだ口元・・・・見るからに”その筋”と分かる男だった。


 狭いオフィスは、たちまち焦げたチョコレートみたいな香りで一杯になる。


 俺がソファに座ることを勧めると、彼は葉巻を咥えたまま、どっかりと腰を下ろした。


 何も言わず、エアコンが回っているにも関わらず、俺は窓を開けて空気を入れ替える。


 彼の名前は・・・・いや、名前はよしておこう・・・・俺は”大兄”と呼んでいる。


 日本人ではない。

 東南アジア、いや、今やアジア全体にネットワークを広げている某秘密結社のNO.2である。


 俺とは、ある依頼しごとをきっかけに知り合い、向こうがいたく俺を気に入ってくれ、それ以来の縁である。


『率直に言おう、君に仕事を頼みたいのだ』


 彼は煙を吐き出し、流ちょうな日本語でそう言った。

『言ってなかったかな?俺達日本の探偵は・・・・』

『分かってるよ。分かってるとも』

 苦笑いをしながら一本目をガラスの灰皿に落とした。


『非合法稼業からの依頼は受けてはならんというんだろう?だがな、これは私の本業とは何の関係もない。決してやましい仕事でもないのだ』


 彼が語るところによれば、こうである。


 東南アジアの端っこに、N王国という小さな立憲君主国がある。

 人口は100万人いるかいないかという程度であるが、この国はアジアきっての富豪。


 もっとわかりやすく言えば、膨大な海底油田を持っている。

 そのおかげで、国は巨万の富を得ているという訳だ。


 現国王はまだまだ健在なのだが、今度跡継ぎが決定した。

 彼の第一王女にあたる姫君がその人である。


 彼女は王様が随分老齢になってから誕生したものだから、当然まだ若い。

 N王国には昔から慣習があって、王位を継ぐ者は、一日だけ、国と地位を離れて、自由な生活を満喫することが出来るというものだ。


 姫君はどこに行きたいかという問いに『日本』と答えた。


 そこで三日後に成田空港にやってくるという。


 大兄氏は、国王陛下とは昔からの知己であることから、お忍びでやってくる彼女のボディー・ガードを探してくれと、直々に頼まれたのだそうだ。

『この話は利害関係は抜きだ。まったくの友情からなのだよ。だが、私とても信頼のおける人間しか任せることは出来ん。そこで君をその役目にと推薦したいというのだ』


 ボディーガードなんざ、プロの探偵の仕事ではないんだが、このプライドの高い男が頼んでいるんだ。


『分かった。引き受けよう』

 大兄氏はほっとしたような顔をし、

『勿論、君には払うものは払う。ギャラは通常の三倍、その他もイロをつけても構わん』


『通常通りで構わない・・・・と言いたいところだが、ここは有難く貰っておくよ。これが契約書だ。一応形式なんでね。サインだけは頼む』



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