湘南の休日
冷門 風之助
前編
(予めお断りしておく。この小説・・・・もとい、”記録”には、例の”新型ナントカウィルス”は一切登場しない。何せ1年前であるからな。従って”ズレている”等の指摘には一切応じられないので、その旨ご承知頂きたい・・・・乾宗十郎)
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俺は砂浜に据えたデッキチェアに寝そべり、コーラをちびちびやりながら、サングラス越しに少し離れた波打ち際で、子供みたいな歓声を上げている女性を見ていた。
ナンパでもしているのかって?
馬鹿いえ、そうじゃない。
これでも立派な仕事なんだ。
たった一日かっきりで、いつもの三倍のギャラを出そうって仕事だからな。
ボディーガードなんて、本来名探偵のするべき仕事じゃないが、しかしまあ、探偵だって背に腹は代えられん。おまけに『お前だから頼むんだなんて拝み倒されちゃ、引き受けない訳にもゆかんだろう。
しかし、なるべく目立たないようにやってくれという条件付きだ。
相手はやんごとなき筋の、大切なご令嬢・・・・いや、お姫様なんだからな。
”彼”が俺の
ここは禁煙じゃなかったよなと彼は言い、俺が承知する前に、オーダーメイドと分かるグレーのスーツの内ポケットからつや消しブラックのシガーケースを取り出し、細い葉巻を一本取り、銀色のライターで火を点け、煙を吐き出した。
見上げるような長身、面長の容貌、カミソリのような目、きっと結んだ口元・・・・見るからに”その筋”と分かる男だった。
狭いオフィスは、たちまち焦げたチョコレートみたいな香りで一杯になる。
俺がソファに座ることを勧めると、彼は葉巻を咥えたまま、どっかりと腰を下ろした。
何も言わず、エアコンが回っているにも関わらず、俺は窓を開けて空気を入れ替える。
彼の名前は・・・・いや、名前はよしておこう・・・・俺は”大兄”と呼んでいる。
日本人ではない。
東南アジア、いや、今やアジア全体にネットワークを広げている某秘密結社のNO.2である。
俺とは、ある
『率直に言おう、君に仕事を頼みたいのだ』
彼は煙を吐き出し、流ちょうな日本語でそう言った。
『言ってなかったかな?俺達日本の探偵は・・・・』
『分かってるよ。分かってるとも』
苦笑いをしながら一本目をガラスの灰皿に落とした。
『非合法稼業からの依頼は受けてはならんというんだろう?だがな、これは私の本業とは何の関係もない。決してやましい仕事でもないのだ』
彼が語るところによれば、こうである。
東南アジアの端っこに、N王国という小さな立憲君主国がある。
人口は100万人いるかいないかという程度であるが、この国はアジアきっての富豪。
もっとわかりやすく言えば、膨大な海底油田を持っている。
そのおかげで、国は巨万の富を得ているという訳だ。
現国王はまだまだ健在なのだが、今度跡継ぎが決定した。
彼の第一王女にあたる姫君がその人である。
彼女は王様が随分老齢になってから誕生したものだから、当然まだ若い。
N王国には昔から慣習があって、王位を継ぐ者は、一日だけ、国と地位を離れて、自由な生活を満喫することが出来るというものだ。
姫君はどこに行きたいかという問いに『日本』と答えた。
そこで三日後に成田空港にやってくるという。
大兄氏は、国王陛下とは昔からの知己であることから、お忍びでやってくる彼女のボディー・ガードを探してくれと、直々に頼まれたのだそうだ。
『この話は利害関係は抜きだ。まったくの友情からなのだよ。だが、私とても信頼のおける人間しか任せることは出来ん。そこで君をその役目にと推薦したいというのだ』
ボディーガードなんざ、プロの探偵の仕事ではないんだが、このプライドの高い男が頼んでいるんだ。
『分かった。引き受けよう』
大兄氏はほっとしたような顔をし、
『勿論、君には払うものは払う。ギャラは通常の三倍、その他もイロをつけても構わん』
『通常通りで構わない・・・・と言いたいところだが、ここは有難く貰っておくよ。これが契約書だ。一応形式なんでね。サインだけは頼む』
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