アンインストーム

 これから電車に乗れるという興奮で目をギラギラさせる僕と対照的にアードウルフさんは朝が早かったのかうつらうつらとしていた。…撫でてもバレないかな?やめとくか。やめとこう。ここで撫でたら戻れない気がする。


「それではもう間もなくアンインエリアにあります保安調査隊の拠点へと到着いたしますので皆さんご移動の準備をお願いします。」


 ミライさんのアナウンスで我に返ったところで探検隊と呼ばれている人たちの拠点へと降り立つ。自分と同年代ぐらいの人たちが活躍しているのを目の当たりにした。自分より人格者そうだし行動力もありそうだ。

 そして我が物顔で居座るヤマタノオロチ様がいた。まあそらそう…え?あれ?しおり?ん?


「じゃあヤマタノオロチさんがこのエリアを担当する守護けものに変わったってことなんですかね?でも…」

「はい。しおりによればこのアンインの担当はヤマタノオロチ様ではない筈ですし…変更の旨もミライさんや継月さんから知らされてないのでしおりの記載通りの筈です。確か…」


 アードウルフさんの声が聞こえたおかげで話に戻れた。と安堵したその瞬間つむじかぜが襲ってきた。びっくりして目を瞑ったがすぐに止んだので前を見るとそこには荘厳なオーラを纏ったフレンズが立っていた。西方守護者、ビャッコ様。噂をすればなんとやら。継月さんが口を開いた。


「皆、少し遅れたけど紹介するね。このアンインエリアを担当しているビャッコとほんとはこの後向かう予定だったイズモ大社で守り神をしているヤマタノオロチ。じゃあまずヤマタノオロチから。」

「小童どもよ、遠路遥々よくぞこのジャパリパークに参った。蛇神ヤマタノオロチだ。もし気が向いたらここから少し北にある我の住まう社を見に来るといい。可能な限り願いを聞いてやろう。もちろん代償となる供物は忘れずにな?ジャハハッ♪」

「まぁ供物って言っても大体らお酒とか食べ物持ってけば大丈夫だからねこの蛇神は。じゃあ次ビャッコ姉。」

「やぁ皆!継月から話は聞いてるよ。西方守護神、ビャッコだ。このアンインには此処から北に向かえば砂丘が西へ向かえば港があるぞ。色んな地域が入り交じった所ではあるがまぁ楽しんでくれ!」


 僕たちが行くのは西の港の方になるね。


「じゃあ次は……探検隊の皆だね。祐一、華、軽く自己紹介お願い。」


 二人はどんな聖人なんだろう。返事をするとゆっくりと話し始めた。


「じゃあ朝会ってる私からですね。皆さん改めましておはようございます。小下華です。私はミーアキャット、マイルカ、ブラックバックと共に主にジャパリパークの西側の調査を担当してます。」

「初めまして太間祐一です。ドール、ハクトウワシ、オオタカの三人を連れて東側の警備や調査を担当してます。」


 二人は目で合図をするととあるフレンズ達が喋り始めた。


「私達ジャパリパーク保安調査隊、通称『探検隊』はこのパークの警備や機器の点検等の巡回任務を行っています!一応自主的にセルリアンハンターとして巡回してくれるフレンズさんも居るには居るんですけどね。」

「ですがヒトの介入がないとどうにもならない事態などもあります。そういった際に私達探検隊が出動して隊長さんやセントラルに居る園長さん達と連携を取り事態の解決に向かうのですわ。」


 目配せだけでフレンズたちと連携が取れるなんて…以心伝心…聖人じゃないですか…雲の上の存在だ…


「じゃあ皆の挨拶も済んだしここからは自由行動になります。本来の予定だとこの後イズモ大社に行ってヤマタノオロチに挨拶しに行く…手筈だったんだけど当人がこっちに出向いてくれたおかげでその必要無くなったんでその時間も全部自由行動の時間に変換します。」

「集合時間は12:50、場所は探検隊の拠点この建物の中に集合ね。一応伝えておくけどここはアンイン。本土でいうけど中国地方でウチナータイムとか無いから。時間までには全員中にいるように。じゃ解散!」


 はい!と心の中で気をつけをしながら返事をし、駅へ向かう。ミライさんこわい。早く離れなきゃ。あと電車に乗りたい。その思いでひたすらに駅まで走った。その結果がこれだ。周りを見ても誰もいない。


「え?あれ?」


 ああ、やったか。やってしまったのか。


「はぁ…はぁ。平城山さんアンタ…っくっ…早すぎますって。」

「あ、タコさん。すいません。」

「ちょ…あなたどんな脚力してるんですか?」

「あ…あにょ…」


 だってミライさん怖かったんだもん。ごめんて。許して。無理か。


「とりあえずコウテイさんたちを待ちましょうか。」

「ですね。」

「あ、平城山さんたちいた!なんで先駅にいっちゃうんですか!」

「そうですよ。フレンズとの交流がこの旅の狙いですからね。」

「ごめんなさい…ってえ?」


 ええええええ!?!?なんでミライさんたちもいるの!?こ、こわい。あ、これ怒られるパターンだ。お説教されるのを構えとかないと…


「ところで…なんでミライさんたちがいらっしゃるんですか?」

「それはさっき…」


 ※ここからはアードウルフさんに聞いた話をもとに書いています。


「じゃ解散!」

「わかりました!…って平城山さんは?」

「ちょ、平城山さん!?」

「…え?」

「…置いてかれちゃったね。」


 え?えええええ!?!?ちょ、ちょっと!?!?…でもあの感じ…誰かに怯えているみたい。誰なんでしょう?


すいませんミライさん、このロドランとフルル連れてアケノに先行っといてもらえません?

「ん?」

「わかりました!ってあれ?アードウルフさんとコウテイさん?平城山松前さんとタコさんは?」

「実はかくかくしかじかってことがあって。」

「多分駅で待ってると思うんだけどね。」

「駅。そういえば最近なんか新しい乗り物が完成したって聞いたな!」

「私たちもそれでアケノまで行きましょうか。」

「さんせ〜!」




「って感じで…」

「な、なるほど。」

「アケノまでよろしくお願いしますね!」

「は、はいぃ…」


 ど、どぉしてだよぉ…僕が何をしたって言うんだよぉ…あ、アードウルフさんを置き去りにしたのか。それは罰を受けるわけだ。僕の命はここで終わった。


「んで、どの電車に乗りましょうか?」

「すぐ出発するのは10:05発ですが。」

「いや、アケノで前の普通を追い抜かすので到着は10:10発の方が早いですね。」

「よっ!さすが鉄道マニア!」

「あはは…うん。」


 どちらかと言うと駅名なんだけど…訂正するのはやめておこう。乗車券を買い、改札の中に入る。やはりフレンズは無料のようだ。


「この快速は1番線から出るようですね。」

「向かいましょうか。」

「いこ〜!」


 電車に乗り込み出発を待つ。みんな席に座った。アードウルフさんが腕を組んでくる。それだけ置いていかれるのが嫌だったのだろう。ただこれはいいのか。冷や汗をかきながらアードウルフさんの向こう側に座っているミライさんを見る。大丈夫そうだ。


「1日経つだけでアードウルフさんがこんなになつくなんて、平城山松前さんはとてもラッキーですね!」

「あはは…」


 怯えながら答える。だって機嫌を損ねさせたくないんだもん。


「平城山さん、ミライさんはそんな怖い人じゃないですよ!そんな怯えなくていいですから。」

「あ、ありがとうございます。」

「ふふっ。まだ緊張されていらっしゃるんですね。」

『ソロソロ発車スルヨ。』


[1番線から 快速 シロヒマ代日真ゆきが発車いたします。ドアが閉まりますので手荷物などをドアに挟まれないようご注意ください。]


[コノ電車ハ 快速 シロヒマ代日真ユキデス。停車駅ハニシジョー西上アケノ朱野アケノ朱野ハーバディア、終点 シロヒマ代日真デス。間モ無ク ニシジョー西上 デス。ヒトツウメ一梅シロヘオイデノオ客様ハオ乗リ換エデス。]


 ミライさんの方を恐る恐る見ると、アードウルフさんがミライさんの肩に頭を乗せてその頭を撫でていた。撫 で た い !僕もナデナデしたい!モフモフしたい!その目線に気づいたのかミライさんは撫でるのをやめ、口を開いた。


[コノ電車ハ 快速 シロヒマ代日真ユキデス。次ハアケノ朱野デス。 アケノ朱野ノ次ハ、アケノ朱野ハーバディアニ停マリマス。]


 放送に気を取られ再びミライさんの方を向くと落ち込んだアードウルフさんと慰めてるミライさんがいた。もしかして撫でそびれた?あーあ。


[間モ無ク アケノ朱野 デス。コノ電車ハ次ノアケノ朱野で 普通 シロヒマ代日真ユキト待チ合ワセヲ致シマス。ヒラウミダシ海出ヘオイデノ方ハオ乗リ換エ下サイ。]


「じゃ、私たちはここで降りますね。また12:50に!」

「わ、わかってますってば…」


 ふぅ。やっと終わったか…


[コノ電車ハ 快速 シロヒマ代日真ユキデス。間モ無ク アケノ朱野ハーバディア デス。ヒラウミダシ海出ヘオイデノオ客様ハオ乗リ換エデス。]


「ここですよね?」

「そうです。」

「じゃあ降りようか。」

「はい!」


 ホームに降り立つと目の前に広がる海。駅舎を出るとすぐに施設の入り口が目に入る。アケノハーバディアの観覧船乗り場だ。


「海…」


 そうだ、アードウルフさんが海苦手なの忘れてた…


「不安ならずっと手を繋いでいていいですからね。」

「は、はい!」


 とりあえずチケット買わなきゃな…売り場は…あった。


「すみません、セトウツミの観覧船に乗りたいのですが。」

「わかりました!」


 料金を支払いチケットを受け取る。やはりフレンズは無料のようだ。


「私、観覧船の船長を務めます宵空 美生よいぞら みうと申します!出航時に呼びますので今しばらくお待ちください!」


「すいませんちょっとお手洗い行ってきてもいいですか?」

「あ、いいですよ。」

「なら私も。」

「わかった。荷物見てるよ。」


 …どうしよう。アードウルフさんとでも緊張するのにアイドルのコウテイさんなんて…ガチガチになってしまう…この旅で全然リラックスできてないな…


「あなたはどうしてそんなに緊張してるの?」

「あ…えーっと…」

「…これはあの時、イマバリヘ向かうバスの中でアードウルフと話したことなんだけど…」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ねぇ、アードウルフ?」

「は、はい!なんでしょう?」

「アードウルフはなぜこの旅に参加したんだい?」

「…実は私、『旅』っていうのを全然したことなくて。友人が口を揃えて『旅は楽しかった』って言うのでいい機会だし私も…って。」

「でも見たところそこまで楽しめていなそうだね?」

「はい。自分の行きたいところに行って、平城山さんの行きたいところに行って、思いがけないこともあって。これの何が楽しいのかなって。」

「…アードウルフはもしかして『自分を見せるのが怖い』って思ってるんじゃない?」

「へ?」

「自分を取り繕って取り繕って…そんなの疲れないかな。」

「確かに言われてみれば…でも…」

「彼に『いつも通り』のアードウルフを見せたら嫌われそう?」

「いや、優しい人なのでそんなことはないと」

「なら!少しずつでいいからアードウルフの『いつも通り』を見せていいんじゃない?」

「…そうですね!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 そんなこと話してたんだ…だからあの後…


「これは君にも同じことが言えそうだね?」

「…ありがとうございます。」

「ただいまです。」

「おかえり。」


 ぐぎゅるるるる。きた。便意。


「すいません自分もトイレ行ってきます!」


 叫ぶや否やトイレに駆け込む。ふぅ。すっきり。


「お待たせしました。」

「丁度良さそうですね!お乗り下さい、そろそろ出発しましょう!」


 船の甲板に乗る。天気が良い。風が心地よい。


「わぁ…いい景色ですね!」


 海と空の青、島々の緑、太陽。そして照らされるアードウルフさん。見とれてしまう。…思い切って敬語やめてみるか。


「そうだね。」

「あっ!…うふふっ。」


 少し照れくさい気持ちになるけどでもそれが良い。


「やっと敬語を外してくれましたね。」

「でもアードウルフさんはまだ敬語のままなの?」

「わたしは普段からこうなので…外すのは慣れなくて…じゃあ!その代わりに『松前さん』って呼ぶのはどうでしょう?」


 うがっ。なんだその名前呼びの破壊力。つよすぎ…


「…わかったよ。ただちょっと恥ずかしいから二人きりの時だけにしない?」

「わかりました、松前さん!」

「そうだ。名前の話で思い出したんだけど。」

「はい、なんでしょう?」

「できれば完成してから伝えたいから作り終わるまで待っててね。」

「…はい!」


 そしてクルーズも半分くらいがすぎた頃。また一人のフレンズがこちらを見ていた。


「みゃ〜お?どなたですか?」

「アードウルフです。でこちらが…」


 アードウルフさんが手を繋いできた。かわいい。そのフレンズは欄干の上に器用に着地した。


「ツアーに参加した平城山松前です。ちょうどアンインの観光でここを見つけて行ってみたいなって思ってたんです。」

「私はウミネコです。この辺は磯の香りと綺麗な景色、そして広い空がいいですよね。私はいつもこの辺の空を散歩してるんです。」

「そうなんですね!」

「たとえば…」


 とウミネコが欄干の上を歩いて近づいてきた瞬間。


「きゃっ!」

「うわっ!」


 大きな波が船に当たった。三人ともバランスを崩し…ウミネコさんは空に飛び出し、僕はなんとか欄干を掴んで耐えたもののアードウルフさんはこちらへ転んできて…


 ぎゅむっ。


「…っ〜〜〜〜!!!」

「ごめんなさい!足踏んじゃいました!大丈夫ですか?」

「だっ…大丈夫っ…です。」


 船長室からこちらが見えていたのか宵空さんがこちらへ駆け出してきた。


「みなさ〜ん!お怪我はありませんか?ってウミネコさん、またいらしてたんですね!」

「みゃ〜お。じゃあ私は散歩に戻りますね。」

「またね!」

「それで宵空さん、船の方は?」

「損傷はほとんどなかったので引き続き巡航しますよ!」

「よかった…」


 宵空さんはそれを伝えると船長室へ戻っていた。多分アナウンスで巡航を続けることを伝えるのだろう。


「踏ん張るために結構強い力で踏んじゃったんですが本当に大丈夫ですか?無理だけはしないでくださいね?」

「大丈夫だって。」


 本当はクッソ痛い。でも前大ポカやらかして足を後ろにしてる時にキャスター付きの椅子を退いてそれで自分の右親指を轢いたことがあるけどそれより痛くないのでセール。いや、セーフ。

 そんなこんなで観光船乗り場に帰ってきた。何かいいお土産ないか探してみるもののそういえばお土産を渡すような人がいないことに気づく。自分友達いねーじゃん。


「平城山さん、帰りの電車ってどうします?」


 今の時刻は12:00ちょい前。あぶね、ナイスタコさん。


「12:14発の普通で帰りましょう。」


 拠点前の駅でこの時のために(と言ったら嘘になるけど)取っておいた紙の時刻表を見る。ギリギリセーフ。


「あれ、それって…」

「うん。どの電車が、いつ、どの駅にいるかわかる紙だよ。」

「へぇ、すごいね。」


 コウテイさんも興味津々にこの紙を覗き込む。顔が近い。慣れない。紙をそれぞれの顔に当たらないように勢いよく閉じる。


「そ、それじゃあ駅へ向かおうか。」

「観覧船にご乗船いただきありがとうございました!またのお越しをお待ちしております!」


 宵空さんにホームまでお見送りしてもらい、電車へ乗り込む。ペアごとに向かい合って座った。アードウルフさんはもしかしたら眠たいのかもしれない。自分の腿の上に頭を乗せてきた。いわゆる膝枕のような感じだ。こちらからは寝ているかどうか、どんな表情なのかわからない。でも添え膳食わぬはなんとやら。意を決して耳の間、頭を撫でてみる。さらさら、ふわふわとした感触に陶酔する。アードウルフさんは一体今どんな顔をしているのだろう。笑顔なのか否か。もしまた撫でる機会があれば撫でたいな。

 そんな気持ちで胸がいっぱいになりながら、一路探検隊の拠点への途につく。

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