ゴコク豊穣
少し不安に思っていると継月さんが話し始めた。そろそろ目的地に着くからその後の予定をミライさんから教えてもらえるらしい。
「ではこの後ですね、バスを降りてから少し階段を登った所にある大社でこのゴコクエリア担当の守護けものであるイヌガミギョウブさんの挨拶の後、皆さんには自由行動に移って頂きます。時間としては…えっと…16:50までにこのバスまで戻って来て下さいね。自由行動に移る際に、皆さんにはこのラッキービーストのコアが付いたバンドをお渡しします。」
ミライさんは小型の機械のようなものを取り出した。
「この後の各エリアでは自由行動の際、移動する為の小型車を皆さんのペア分用意してあります。これは、その操縦に必要なものですので、失くさないで下さいね。」
何かよくわからないけど何かのシステムが安全に運転してくれるという。あんな小さなものがそんなに高性能だとは信じることができなかった。
まもなく目的地に着くらしい。窓の方を見ると小型な車らしきものが何台か停まっていた。
バスが停車したので降りてみると目の前には石階段があった。結構な段数ありそうで疲れそうだが列に遅れるわけにはいかない。
「すごい綺麗ですね。」
「そうですね。リウキウの森は緑色でしたがこちらも良いですね。」
石階段は紅葉した木に挟まれており綺麗な景色に癒されながら登っていたためか思っていたほど疲れてはいなかった。しかも途中で線路が下を潜っていた。それはそれはとてもきれいだった…てかカメラ持ってるんだった。撮ってくればよかった…
ん?今気づけばアレみんながいる中なのでは?誰かに見られてたのでは?気のせいだよな?気のせいだよな?気のせいだよな?……オイオイオイ死んだわ僕。
ミライさんが上で待っていたフレンズに声をかけるとこちらに振り返った。顔が異様に赤かった。
「紹介します。このゴコクエリアの守護を担当しておりますイヌガミギョウブさんです。ではイヌガミギョウブさん、ご挨拶を。」
「うむ、たった今ミライさんから紹介に預かった、イヌガミギョウブじゃ。皆、パークの外からようきたな。ここ、ゴコクエリアはパークの中でも特に自然に触れることの出来る場所である故、是非ともパートナーのフレンズと共に豊かな自然を見て歩くのも良いぞ。あぁそうそう、勿論このゴコクエリアでも美味い料理はあるぞ?オススメはなんといってもコウガワちほーのうどん。これが酒の〆に持ってこいなんじゃよ。最近はタヌキと良く似た…アライグマ、じゃったかな?そやつが店を構えた…とかなんとかで、中々盛況らしいぞ?それじゃぁ、わしからの挨拶は以上じゃ。ゴコクエリアを思う存分満喫してくれよ。」
うどんも少し気になりはするけど…それよりも行きたいところが…
話が終わると石段の下へと戻り先ほど窓から見えた小型車が並ぶ駐車場にきた。そろそろ自由行動になるらしい。
先ほどの小さな機械のようなものを継月さんから受け取ると電子音がしたあといきなりバンドが出てきて巻きついてきた。一瞬びっくりして手を振りまわしかけたが壊れると後で大変なことになりそうなのでじっとしていた。バンドはちょうどいい長さで止まりキツさもゆるさも感じなかった。
「では皆さん、先ほども言った通り16:50までにこの広場に戻ってきてください。それと…、先程のリウキウエリアではリウキウタイムと言うことでスケジュールを組む時点で最大で一時間の遅れは考慮してギョウブさんにもその旨は事前に伝えておきましたから特に大きな問題は起きませんでした…が、これからの行動ではくれぐれも時間に遅れる事が無いようにお願いします。天真爛漫で可愛いフレンズさん達の姿に時間も忘れそうになる気持ちは分からなくもありません。ですが、それを理由に遅刻…なんてことは絶対ダメですからね?それでは!さっきも言いましたが、16:50にはここに戻ってきてくださいね!では一時解散!」
ミライさんは笑顔でおっしゃっていたが声質がリウキウの『あの時』のものだった。でもまぁ言ってることは正しい。
「じゃ、早速行きましょう!」
「あ、はい!」
ミライさんから逃げるようにして用意されていた小型車に乗り込んだ。僕の本能が『早く逃げないとまずい』と警鐘をけたたましくならしている。
「…えーっと、これどうすれb「目的地ヲ教エテネ」」
「しゃ、しゃべった…!?」
いきなりだったからびっくりした…そういえば目的地のことアードウルフさんにもまだ詳しく言ってなかったしなんならしおりにも載ってなかったな…
「あ、はい。『おみず』駅に行きたいのですが。」
「"オミズエキ"
ホログラム入力…?と不思議がっていると目の前に地図が出てきた。この時のためにと思ってたと言ったら嘘になるけど、とある本にあった『おみず』駅の載った地図をスマホで撮っていたのを思い出してそれを見ながら場所を探り当て入力した。
「指定位置付近でケンサクチュウ…見ツカッタヨ。出発スルカラシートベルトヲ締メテネ。約40分位カカルヨ。」
「わ、わかりました。後で質問いいですか?」
「いいですよ。」
前みたいなことにならないように先にアードウルフさんが締めその後に僕が締めた。出発して何分か経った後にアードウルフさんが口を開いた。
「あ、あの今いいですか?」
「はい、もしかして先ほどの質問のことですか?」
「それです!さっき目的地を伝えるのに少し手こずっていたようですが…結局どこに行くのでしょうか?」
「これから行くのは『おみず』駅という廃駅です。駅っていうのはこういう車がいっぱい繋がったものが来るところなのですが、その中でも使われなくなってしまったところを廃駅って呼ぶんです。」
そう、さっきの本は『ジャパリパークに昔あった路線や駅をまとめて掲載した本』だった。しかし興奮していたからか少し噛んだりテンポが速すぎたりしてしまった。
「早口になってすいません。聞き取れませんでしたか?」
「いえいえ、ちゃんと聞き取れましたよ。本当はまだどんなのか想像がついていませんが、でも楽しみです!」
…優しい。なんで?何でこんないろいろひん曲がった人に優しくできるの?でも内心「めんどくせぇ人だな…」とか思ってるんじゃないかな…ごめんね、こんな人に付き合わせて…
と考え込んでいるとアードウルフさんが僕の方を向いて首を傾げてきた。
「ど、どうかしましたか?」
「あ、いえ、難しい顔をしていたので気になって…何か困っていることがあれば聞かせてください!解決できるかどうかはわかりませんが…」
「大丈夫ですよ。何も困ってないですから。」
なんて優しい子なんだと感動してしまいこぼれ落ちそうになる涙を何とか抑えながら今回の旅の目的の一つと言っても過言ではない『おみず』駅へと向かって行った。
十数分後だろうか、目的地に着いたようだ。案内役のラッキービーストが待っていた。目の前の古びた木造の建物の入り口には『
ラッキービーストに続いて中に入ると左手に列車を待つための長椅子が数個と右手にはこの駅の周辺のアトラクション・名所までの距離などが書いてあったであろうが掠れてよく読めなくなってしまった板が掲げられていて、その下の棚に時刻表や路線図が載った冊子が何冊かあった。あとは見たことがない改札機のようなものがあった。しかし乗務員室や券売機、そしてその上にあるような大きな路線図も見当たらなかた。
「きゃっ、何か動き始めましたよ?」
部屋を見回していると後ろにいたアードウルフさんが声を上げた。ラッキービーストが左方向の壁に何か映し出すらしい。
『いよいよ明日、ジャパリ鉄道
「あ、ミライさんだ…」
ラッキービーストの不穏な行動に驚き一瞬僕の後ろに隠れたアードウルフさんがミライさんが映っていると分かって隣に出てきた。その一瞬鼻腔をくすぐってきた香りは僕の心を癒し、邪な気持ちを一切含まない純潔な『好き』を湧き出させた。
『元々この鉄道はゴコクエリアのアトラクション建設予定地とその資材を置いておく港を結ぶ貨物線だったのですが、その港が来客用に改修されました。しかしアトラクションへの道のりはかなり遠いんです。そこで港とアトラクションを結んでいるこの貨物線はまさに『渡りに船』だったんです!この貨物線を旅客化すればアトラクションへの交通の利便性がとても向上します!そうしてこの
そうミライさんが告げ終わるとラッキービーストの放映も終わったようだ。ほう…元々貨物線だったのか…流石にアードウルフさんには僕の趣味に全部付き合わせるわけにはいかないから…
「アードウルフさん、少しここの椅子に座って待っててもらえますか?すぐ終わると思うので。」
「で、でもあなたの『好きなこと』を知りたいですし…迷惑ならいいんですが…」
「いやいや迷惑ってことはないんですが…そちらこそ興味ないものについていくのって面倒ではないんですか?」
「確かにそうかもしれませんが今は『あなたのことをもっと知りたい』と言う興味があるので大丈夫です!お願いします!」
そんなに目をウルウルさせて眉毛を八の字にさせて…ここまで言われてはしょうがない
「…わかりました。でも興味が失せたらすぐ車に戻ってていいですからね。無理に『ついてこい!』なんて言うようなことはできませんから。」
「あ、ありがとうございます!」
僕の言葉を聞いた瞬間に笑顔になった。かわいい。
…結局この改札らしきものはなんなんだ?下に靴のマークがあるけどここに立てばいいのか?
『ケモノプラズム確認中…確認中………ケモノプラズムガ検知サレマセンデシタ。路線図ヲ表示シマス。』
立つと同時にスキャンが始まった。けものプラズムと改札に何の関係が?と不思議がっていると車に乗った時と同じようなホログラムで路線図が表示された。
『目的地ニ触レテクダサイ。入場券ヲゴ希望ノ方ハ赤イ文字デ大キク書カレタ『当駅』トイウトコロニ触レテクダサイ。』
「今欲しいのは入場券だから…これでいいんでしょうか?」
『入場券ハ200円デス。』
バックの中から財布を取り出し、200円を普段の改札で言う『切符を入れるところ』に入れた。
『発券中…発券中…券ヲオ取リクダサイ。ソレデハオ進ミクダサイ。』
ゲートが開き、やっとホームに入れた。アードウルフさんに今の一連の行動を観察されていたため少し恥ずかしい。
アードウルフさんが靴のマークの位置に立つと再びスキャンが始まった。
『ケモノプラズム確認中…確認中………ケモノプラズムガ検知サレマシタ。オ通リクダサイ。』
なるほど、フレンズは無料で使えるのか。
「ど、どうしましたか?」
その機械?を見ているのをアードウルフさんを見ているのと勘違いさせてしまったらしい。さっきのこともあって少し目を逸らした。逸らしてしまったって言った方がもしかしたら正しいのかも…?
「あ、いや、なんでもないです。…そうだ!あれは?」
「あれって…何のことでしょうか?」
危うく目的のものを撮り忘れるところだった…あった。
「そうそう、これ!」
「ん?この板がどうかされたのでしょうか?」
「少し写真撮りたいから避けてもらえますか?」
「あ、はい。」
目的のものとは『駅名標』。『隣の駅名が載った看板』の事。とても掠れていたが、字を脳内で復活させるのは容易な事だった。なんならさっきの本にも載ってたし。
「
「結局あなたが好きなのってこの板のことですか?」
「少し違いますね。この『名前』の方です。」
「名前ですか…少し変わってますね。」
やっぱり変だよな…こんな変なとこ好きになるやつなんか気持ち悪いよな…
「こんな趣味に付き合わせて本当にごめんなさい。気持ち悪いですよね…」
「いえいえ、そんなことないですよ。さっき『興味が失せたらすぐ車に戻ってていい』とおっしゃってましたが私はここにいます。つまりそう言うことですからあまり気にしないでくださいね。」
どこまで優しいんだこの子。やりたいことも終わったし結構時間早いけど戻ろうと改札?を通った。ホームから出るときはなんの動作もせずに通してくれた。ただその時….
「あ、うっ…」
「ど、どうされました?」
いきなり『いつもの痛み』が襲ってきて地面に倒れ込んでしまった。その痛みの中心は臍の下。でもこの痛みの原因と対処法はわかる。半年〜1年に1度くらい来るから。ただ今回のは普段より痛いな…
「どうしたんですか!?」
「医療用ラッキービーストニ緊急要請!位置ハ…」
「そうだ、そのラッキービーストに『痛み止めの成分が入った注射器』を持ってきてもらえますか?」
「ワカッタヨ。トリアエズ横ニナッテテネ。」
「アードウルフさんはそこの椅子に座ってて待っててもらえますか?」
「ど、どこが痛いんでしょうか?」
「お腹の下半分の方です。ごめんなさい、少し喋らせないでくださ
どうにかして仰向けになり三角ショルダーを枕がわりにして横になる。大丈夫。寝たら治る。寝るまでが辛いけど。
少しアードウルフさんの方を見ると不安そうな顔をしていた。しかも椅子ではなく地面に座っていた。
「アードウルフさん、多分お尻痛いでしょうからこれお尻の下に敷いてください。」
少し頭を上げ三角ショルダーの中からしおりとタオルを取り出し、しおりをタオルで巻いて即席の椅子がわりとしてわたした。
「あ、ありがとうございます。」
「ごめんなさい、少し寝ますね。寝たら絶対治るんで。」
「わかりました。おやすみなさい。」
「あ、あと…少し恥ずかしいお願いなんですが…」
「なんでも言ってください!」
「左手だけ…繋いでてもいいですか?」
「…いいですよ!」
「ありがとうございますぅ
ここから数十分のことはよくわかってない。あとでアードウルフさんから聞いたことを元に書いています。
「ん!?…ん…」
…いきなり喋ったのでびっくりしちゃいました。もしかしたら違うんでしょうか?あとは…マッサージとかもいいって聞きますよね。尻尾で押すのは流石に無理ですが撫でるのもいいかもしれません…
「ん…」
少し顔が和らいできたでしょうか。そのときちょうどさっき言ってた『いりょうようらっきーびーすと』さん?がきました。
「スキャン中…スキャン中…タダノ便秘ダネ。」
そんな切羽詰まった病気じゃなくてよかったです。左手は私が繋いじゃってるので右手に注射してもらいました。
それにしても他人の寝顔を見てると私も眠たくなってきちゃいますね。お昼寝するのにいい時間なので私も寝ちゃいます。さっき椅子としてもらったこれをリュック?の隣に並べて…おやすみなさい。手と尻尾は…多分そのままでいいですよね…
とここまでが僕が寝ていた時の内容らしい。あの感触は尻尾だったのか…腹痛なんかじゃなければ…
「…ん?」
目が覚めると横でアードウルフさんが寝ていた。寝ぼけ眼で時計を見たら大変なことになっていた。神社についてからバスに乗り込むまでの時間も考慮するとここをあと2分で発たないといけないらしい。起こすのも申し訳ないからとりあえずまずはアードウルフさんを車に運ばなきゃ。そう考えた僕はお姫様抱っこをしたのだが結構軽い。そしてその時にさっき感じた香りが再び僕の鼻までやってきた。なぜか安心する…しかも寝顔も可愛い…
その次に自分のしおりやタオル、三角ショルダーなどを回収した上で忘れ物がないかも確認し、ラッキービーストに注射のお金を払い車に乗り込んだ。気づけばお腹の痛みは全くなくなっていた。
車にギョウブ大社に戻るよう伝えるてシートベルトを締めるとすぐに出発した。16:45にはバスに乗れるかな。
車が動き始めても起きず、僕の肩にアードウルフさんの頭が乗っかってきた。少し微笑ましかった。
起きたのはギョウブ神社につく数分前だった。
「…もしかして私、寝過ぎちゃいましたか?」
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