些細な風景

髙木 春楡

些細な風景

 社会というものに夢を持っていた時期が僕にもあった。もっと輝かしくて夢があって、辛いけれど楽しい。そんな世界が広がっているのだと思っていたのだ。

 僕は夢を追いかけて上京した。上京した時点で夢は半分叶っていた。念願のカメラマンの仕事につけたからだ。

 国内の賞をいくつも取っている尊敬するカメラマンと共に働ける。それだけで、僕にとっては幸せだった。現実を知らなければ、現状を知らなければ今でも幸せと言えるだろう。


「おい、佐久間 さくま半年後の俺の個展でお前の写真飾ってやるよ。」

「え、本当ですか?」

「嘘は言わねぇよ。まぁ、俺の引き立て役にってだけだけどな。」

 こう言ったのは、僕の先輩で師匠のような存在でもある泰山 たいざん蒼生そうせい先生だ。大尊敬していたカメラマンで職場の先輩。ボクにとっては神のような存在だった。誰にも思いつくような構図ではない写真とその美しさ。国内の賞をいくつも取っていて、弟子入りしたいという人は数多くいる。そんな職場に僕が入れたのは奇跡としか言いようがない。ただ、僕の写真をこの会社の社長である、泰山先生の先輩である山田やまだ作之助さくのすけさんが気に入ってくれたからにすぎない。

 もちろん、山田さんも尊敬するカメラマンの一人だ。

「そうですよね。驚きました。」

「はっはっはっ、お前なんかが戦力として数えられるわけないだろ。だけど、お前は弟子みたいなものなんだ、駄目な写真を飾るんじゃないぞ。その場合はお前の写真、飾らないからな。」

「.......頑張ります。」

 泰山先生は、天才だ。だけど、人間性はきっと破綻している。天才とはそういうものなのだと納得するしかない。

 こんなことを考えているくらいなら、せっかく貰ったチャンスだ。いい写真を撮ろう。

 そうやって必死になって頑張ってみた。いい写真が撮れるように、認められるように自分の好きな写真を、1番綺麗な形でとった。


「泰山先生、これ今度の個展に載せていただく写真のサンプル出来ましたので確認お願いします。」

 一ヶ月ちょっとで、この写真達が出来たのは、何も考えたくなくて必死になってもがいたからだ。それが一番いいと思って、必死になった。出来上がりも満足がいくものだ。

「こんな写真、駄目だな。」

 この人がなんと言ったのか、言葉の意味が理解出来なかった。いや、受け入れたくなかっただけなのだろう。

「こんな普通の構図で、一般的な写真誰が好んでみるんだ。今の時代、珍しいものがウケるんだよ。今までにないとか、そういうのがいいんだ。わかんないのか。」

「そうですか。すいません。」

 この言い方は先生と呼んでいる人に失礼なものかもしれないと思ったが、少しくらい反抗したかった気持ちが出てしまう。

「今どき小説でもそうだろ、最後に驚きの展開とか、二度読み返したくなるとか、普通じゃないことを求めてるんだ。お前の写真は普通すぎる。こんなので、俺の個展を汚すな。わかったら、撮り直せ。もっと面白い構図を作ってみろ。」

 これはアドバイスだ。僕を貶すための台詞ではない。心にそう言い聞かせるしかない。

 言っていることはわかるんだ。特別を求められているのかもしれない。でも、本当にそうだろうか。日常の些細な写真こそ心を打つものではないのだろうか。そんなことを考えたところで、きっと答えはないのだろう。

 それでも、僕は、写真を撮っている意味すら見失いそうになっていく。

 チャンスを活かす。それがどれだけ大変なことか、分かっているようで分かっていなかった。コンテストは自分との戦い。人と戦っていても、自分自身との戦いだ。だけど、チャンスを貰うということは、その人を認めさせなければならない。僕に、その技量があるのだろうか。

 自問自答を繰り返しながら、写真を撮り続ける。友人に協力してもらい、モデルを雇ってみたりしながら、色んな構図を試していく。普通の写真では駄目なら、どんな写真ならいいんだろうか。普通というものが分からなくなる。

 それでも、色んな構図を試しながら正解が出ないまま、提出期限が迫っていた。

「おい、個展の写真出来たのか。」

「あの、何個か候補は出来て、でも、これでいいのかわからないんです。」

「なら、とりあえず見せてみろ。」

 面白いと思った構図の写真を何枚か見せる。正直、自分にはどれが良くてどれが悪いのかわからなくなっている。どれも普通に見えて、どれもおかしく見える。自分のセンスというものが全て消え去ってしまったかのような感覚だ。

「まぁ、何枚かいい写真はあるな。こんな感じでいいんだよ。俺が何枚かピックアップするからデータを寄越せ。」

「はい。わかりました。USBに入れて明日渡します。」

 そう言うしかない。不完全燃焼のまま、僕の写真達は個展に並ぶことになる。僕は、なんの為に写真家になったのだろうか。


 個展当日、僕のコーナーは会場の隅にあった。

 僕の満足のいかない写真達が並べられている。それでも、並べてもらえるだけで光栄なことなんだ。

 満足してない出来なのに、来る人は僕のことを褒めてくれるのだから、全てがわからなくなる。

 でも、きっとこの人達は僕を褒めているのではない。泰山先生の弟子である僕を褒めているのだ。つまり、先生の教えた子なのだから、凄いのだろうという先入観なのだろう。

 僕の心はどんどんすり減っていった。

 自分の個展スペースで、来てくれている人達への挨拶を続けていると、山田さんの姿が見えた。すぐに、挨拶へ行こうとしたが、僕の写真を黙って集中して見ていて、声をかけられなかった。

 そうしていると、山田さんが僕に気づき直ぐに歩み寄ってくる。

「いい写真達だね。本当に上手くなった。」

「ありがとうございます。これも、僕を採用してくれた山田さんのおかげです。」

「はっはっ、僕はただ、僕が好きな写真を撮る人を採用しただけだよ。上手くなったのは君の力さ。」

 いつも褒めてくれる。その言葉が嬉しくて、でも情けなくて、どうしていいのかわからなくなる。

「でも、僕は昔の写真の方が好きだな。」

「え.......?」

「昔は技術は拙かったかもしれない。それでも、いい写真を撮っていたよ。今ももちろん悪くない。でも、僕は昔の写真の方が好きだな。だけど、その中でもこの作品は、昔のまま変わらない君だね。」

 指を刺したのは僕がわがままを言っておいてもらった、自分が好きだと思う写真だった。

「僕は、この写真が好きなんだ。」

 その言葉を言い残すと、「それじゃ、僕は行くね。」と言って去ってしまった。

 その言葉の真意はわからないままになってしまった。どういうことなのだろうか。

 純粋に、今の僕が悩んでいるのを悟って励ましてくれただけなのだろうか、それとも山田さんにとっての事実を言ったのだろうか。

 何を信じていいのか、わからなくなる。

 僕はこのまま、泰山先生を信じて生きていていいのだろうか。それとも、僕は.......


 個展は盛況のまま終わった。

 僕の写真もそれなりに評価されたようで、雑誌の取材なんかが来たくらいだ。

『泰山蒼生の意思を継ぐもの。次世代の若き才能』

 なんて書かれ方をしていた。僕は佐久間さくま はじめではなく、泰山先生の弟子としてしか見られてはいない。写真が評価されたのではない。ただ、新しいことに挑戦しようとしているように見える、大写真家の弟子に興味を持たれているだけだ。

 肩書きがものを言う世界。自分は流されて生きているだけなのに、周りだけが変わっていく。

 社会に嫌気が刺してしまいそうだ。

 この世界は狂っている。本質を見ようとしない。ただ、この場にあるのは周りからの評価で判断する人間ばかりだ。

 なのだとしたら、この場にいるのが僕である必要とはなんなのだろうか。

 どんどんと入ってはいけない闇の中に迷い込んでいる気がする。がんじがらめになり、身動きが取れない。

 僕は、ロボットのようだった。


 個展も終わり半年が経った。仕事はいつも通りで、日常はあっという間に過ぎていく。

 そんな僕の人生を変えてしまう出来事が、起きてしまう。

 ある日の出勤時に、仕事場の仲間がひそひそと話しているのが耳に入った。

 ある大きな賞に応募していた人達の間で問題が発生したらしい。それは、盗作疑惑だ。

 似たような構図で、似たようなモデルを起用し出品されていたというのだ。

 まぁ、これだけを聞くと似たような構図になってしまうことはあることだから、仕方ないですまされるのだろうが、これを聞いた片方が訴えると言ったそうだ。

 でも、相手側はなんの反論もせず、受け入れているのだという。周りから見れば、それは盗作を認めたようなものだろう。

 でも、何も言わないでいるだろうか。揉めてもいいから、反論するのが普通なのではないだろうかと思ったのだが、その当事者達の名前を聞き驚きと納得が同時に降ってきた。

 訴えると言った人間は、泰山 蒼生。

 そして、もう一人は、山田 作之助。

 今でも同じ会社に勤めていて、以前は先輩後輩の間柄だった二人。

 社内が騒然となるのも当然だ。

 そして、反論しないのも当然なような気がした。あの、山田さんが泰山先生に言われて反論するわけがない。例え盗作でなかったとしても、先生のことを否定するようなことをしてしまえば、先生の株を落とすことになりかねない。そんなことをしないのが、山田さんだ。

 それが山田さんの美徳でもあり、悪い点でもある。どこまでいっても心優しく、悪い言い方をすればおせっかいなのだ。

 何も考えずに、泰山先生を否定すればいいのに。そう思ってしまう僕は、先生のことが嫌いになっていっているからなのだろうか。

 でも、何故こんなことになったのだろう。

 仮にも同門同士なのに。

 だけど、これが語られることはなかった。泰山先生は、このことに一切触れずただいつもの業務と僕への嫌味を言いづけるだけだ。

 そして、山田さんは姿を見ることがなくなり、いつの間にか泰山先生が社長へと変わっていた。それも、いつもの日常のように当たり前に変わっていく。何もなかったかのように。

 この世界はやはり狂っている。


 狂った世界に生きている僕さえも狂ってしまいそうな中、何も考えたくなくて目の前の仕事だけに集中していた。

 無くなったものを考えるのはやめ、今あるものだけ頑張る。そして、山田さんのことだけは考えないようにし続けていた。

 考えれば色々なことが浮かんでしまう。だから、何も考えずただ、仕事をしているのだ。

 そんな中、新体制の発足式だとかなんだとかいう名目のもと、飲み会が開かれることになった。一応は、泰山先生の弟子を名乗っているのだ。断るわけにもいかず、参加したくない飲み会の席へとやってきた。

 最初は誰しも、あの事について触れることはなく会が進んでいく。それでも、皆の聞きたい話題はそこなのだから、その話に持っていかれることは決まっていた。

 酒が進み皆の酔いが回っていく。僕も酔っていたきっと、酔っていたんだ。

 だから、ガードが緩んでしまった。考えないようにしていた、頭の中に入れないようにしていた内容が、自然と流れ込んでくる。

「山田さんって今、何してるんですか?」

「山田?知るか。俺のパクリ野郎だろ?どうせ勝てないことが嫌になって、俺の作品パクリやがったんだよ。」

 頭の悪そうな台詞が周りに響く。大きな声で言っているのだから、周りの注目を集めるのは当然だ。

「元々、俺が社長してた方がよかっただろ。あいつは、平凡な写真しか撮れない、賞もそんな取ってるわけでもない凡人だ。皆もそう思うだろ?」

 そんな風に聞いてどうどうと頷くやつがいるわけないだろと思ったが、反応は真逆だった。あれだけ、山田さんのことを慕って働いていた人達も皆が泰山蒼生の味方をしている。

「あいつも馬鹿だよな。社長業務だけをする人形になってればいいものを、コンテストなんかに応募しようとしやがって。」

「確かに、山田さんはそんなことする必要ないですよね。泰山さんに勝てるわけもないですからね!」

 馬鹿なことを言うな。そんなのわからないだろ。あの人だっていい写真を撮っている。

 僕は、あの人の写真が好きだった。

「まぁ、最後に俺に社長の席を譲ったのだけは、褒めてやるけどな!」

「それは言えてますね!」

 笑い声に怒りが込み上げてくる。

 こいつらは、救いようのない馬鹿だ。部下に仕事を押し付けて、社長らしい業務をすることのないこと人間に、譲ったことが正解なわけがない。

 こいつらは、

 馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だだ。

 狂っている。

「なぁ、佐久間お前黙ってるけど、お前もそう思うよな。パクリ野郎が去ってくれて嬉しいよな!」

「馬鹿だろ。」

「.......は?」

 我慢の限界だった。

「ここに居るやつ全員馬鹿だろ。」

「おいおい、お前酔ってんのか?」

 酔っていると言われようがいい。酔っているんだ間違ってはいない。

「あの人の何をお前らは知ってるんだよ。なんなら、泰山先生が一番あの人を知っているはずでしょ。あの人が盗作?笑わせるな。あの作品はどちらかと言うと山田さんらしい作品でしょ。泰山先生の方が珍しくあんな形で撮ってるなって思いましたよ。僕は。」

 泰山蒼生の弟子は直ぐに辞めると言われている。その中の疑惑の一つに、弟子のいい作品を盗作するという疑惑があった。

 もちろん僕の作品で自信作の構図に、似たものを彼の作品で見たことは何度もある。それでも、ただ信じてやってきた。そんなわけがないと。だって彼は天才なのだから、そんなわけがないと信じて今までやってきたのだ。それでも、今回の件は流石にやりすぎだ。

 考えないようにしていた。確かに山田さんの作品としては少し変わっていた。でも、新しさを求めた結果だとわかる。彼の写真の信条である、些細な日常を撮ることは守られていた。

 あれだけ僕の初期の作品を、僕の好きな作品を貶していた泰山蒼生がこんな写真を撮るわけがないと思った。それでも、信じたくはなかったのだ。こんな人間でも師匠だ。

 こんな人間でも尊敬した人なのだ。

「お前、調子に乗るなよ。」

 場は凍りついている。それでも、構うものか。

「調子に乗っているのはそっちだろ。賞をいくつも取ったから偉い?賞を撮る作品をたくさん作っていたとしても、貴方の作品がどれだけの人を感動させた。昔は感動させていたかもしれない。それでも今は、ただ奇をてらった作品を作っているだけ。名声だけで生きているようなものだろ!昔は天才でも、今はただの偽物だ。」

「お前、舐めたくち聞きやがって!!!」

 立ち上がり詰め寄ってくる彼を、周りの人間が必死に止める。

「先生、駄目ですよ!問題になります!」

 昔ならそのまま殴っていただろう。でも、今は違う。歩みを止める人間になってしまった。今は保身が大切なのだろう。

 昔の彼ならプライドを優先していた。

「貴方の弟子を名乗るのが恥ずかしい。」

「なら、辞めちまえ。お前なんていらないんだよ。凡人が!!!俺のとこ辞めてどうするってんだ!一人じゃ何も出来ないだろ!」

「貴方のそばにい続けるくらいなら、辞めてやりますよ!では。」

 半分くらい入っていたビールを一気に飲み干し、その場を後にする。

 もったいなかったから飲んだわけではない。まだ、溜飲の下がらなかった怒りを押し殺すために飲んだだけだ。

 でも、この狂った世界に一石を投じた気がして清々しい気分だった。いつの間にか重かった足取りが軽やかになり、スキップしながら自宅まで帰った。

 そして、翌朝やっちまったと顔を青ざめる。

「完全にやっちまった。無職だし就職先決まってないし、泰山蒼生に反抗したってことを知られたら完全に他で雇って貰えないし、絶対根回しされているし.......最悪だ。」

 完全に終わっていた。東京でカメラマンを続けるのは難しい状況に陥った。やらかしてしまった。やらかしてしまった。やらかしてしまった。でも、不思議と後悔はなかった。

 僕をずっと見ててくれた山田さんを見捨てるような、そんな真似をしなくて済んだのだ。それだけでも、僕としては良かったと思う。

 でも、状況は良くはならない。

 これからどうするかと途方に暮れていると、メッセージが飛んできた。

『泰山のとこ辞めたって聞いたけど、よかったらうちで働かないか?泰山のとこほど都会でもないし、地域密着型の写真館ではあるが、佐久間くんにはぴったりだと思うんだけど。考えてくれるかな。』

 山田さんの先輩、そして泰山蒼生の先輩でもあるベテランのカメラマン、畑山 はたやま さんからの連絡だった。

 そういえば昨日の飲み会に畑山さんと仲のいい人が来ていたはずだ。それで、話を聞いて僕に連絡をくれたのだろう。

 迷うことはなかった。雇い手のない僕に、ここまでの救いの手はない。すぐにメッセージを送信すると、トントン拍子に話は進み、すぐに働くことになった。

 それからの日々は、前とは違う意味で充実していた。忙しさに追われ、大きな仕事がたくさん舞い込んでくるあの職場とは違い、家族写真や赤ちゃんの写真、七五三の写真、成人式の写真と、その人達の人生の大切な写真を撮る仕事ばかりをしている。

 皆いい人たちばかりで、自然と仲が良くなっていく。僕は、こんな仕事がしたかったのかもしれない。社会に夢を持っていた頃、この笑顔が見たかったんだ。

 ありがとう。いい写真だよ。そう言ってくれる人達の顔。こんな顔を見たかった。そして、こんな顔を写真に収めたかった。

 だから僕は、許可を貰って写真館の中でもプライベートの写真を撮り続けた。いや、プライベートというとおかしいかもしれないが、撮りたい写真を撮り続けた。

 通勤の風景や、同僚が仕事をしている様子、お客様の写真を見た喜びの表情、些細な風景を撮り続けた。

 そして、僕はあることを日課にした。

 SNSにその些細な写真達を投稿することだ。

 毎日数枚、タイトルを付けて投稿し続けた。誰かに見せるためではない、ただ自分の為に。

 誰かの目に止まればそれは嬉しい。でも、それだけが目的ではない。ただ、好きな写真を好きなタイミングで残しておきたかっただけだ。

 そう、その些細な日常は僕だけの心の癒しだった。

 ある日から、毎日その投稿に反応が来るようになった。それは徐々に拡散され大きな話題を呼ぶことになる。

 ただの些細な日常。それを他の人も求めていたのだ。癒されますなんてコメントがあったり、久しぶりに実家に帰りたくなりましたなんてコメントもあった。

 何故こんなに反応が来るようになったか、僕にはわからない。この写真達がいいのか?それとも、誰かが拡散したからなのか?そんな風に疑心暗鬼になっていた。

 でも、一つだけわかっていることがある。きっと、この些細な日常たちを皆は待っていてくれているのだと。

 誰かは言った、些細な日常なんて求めていないと。刺激を求めているんだと。でも、それは違う。些細な日常があるから、刺激を求めるのだ。だから、些細な日常はなくならない。必要とされ続けるものだ。

 僕の写真はそこを完全に満たしていた。

 皆がみている風景、皆が見てきた風景、それをフィルターに収めているだけだ。皆が見たいのはこれだったんだ。

 僕も変わったのかもしれない。それでも、周りも変化し続ける。

 そんな中で、変わらないものだってあるのだ。僕はそれを信じて、いや信じたくて一件のメッセージを送った。

 一番初めに、この日常に反応をくれた人へ。

「お久しぶりです。」

「久しぶりだね。元気にしてたかい?」

「お陰様で、楽しく仕事をやれてます。山田さん。」

 最初は気づいていなかった。それでも、反応をくれたこの人が山田さんであることに気づいた。いつも拡散してくれてありがたいと思っていたその人の一つのメッセージで、山田さんなのではないかと気づいたのだ。

 ただ一言、『 この写真が好きなんです。』

 昔から見てくれていたからこそ出る台詞だと思ったのだ。勘違いだったかもしれない。誰にでも言える台詞かもしれない。それでも、僕は山田さんからのものだと信じたかった。

 本名で投稿してたから、山田さんも見つけてくれたのだろう。ずっと、陰ながらに応援してくれたのだろう。だから、ずっと伝えたかったことを伝えよう。

「山田さん、ありがとうございます。」

「いいんだよ。僕はね。この写真が好きなんだ。」

 些細な日常の風景、それが何よりも美しいのだと気づけるのは、それを好きでいる人達がいるからだろう。

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些細な風景 髙木 春楡 @Tharunire

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