王子のお茶会 4
―――なんて、考え事をしている間に王子の順路は終わりに近づいていたようだ。
王子との挨拶を終えた子たちは、最初の緊張も解けたようで雑談に花を咲かせるテーブルも増えている。
すぐ側まで来ていた王子はハルイルトの前で足を止め、親し気にハルの手を取った。
「久しぶりだね、ハルイルト。ここのところの活躍は聞いているよ。詳しく知りたいこともあるし、王宮に来るついででも訪れてくれると嬉しい」
俺は顔を伏せがちにしてその様子をうかがい見た。
王子のハルに対する挨拶は、他の子息令嬢たちと比べて親密さを感じさせるものだ。ハルとの関係を悪化させたくないって意思表示なんだろう。
本当はもっと早くに挨拶するべき力関係だったのに、俺と一緒のテーブルにいるから後回しにしたことを補っているつもりなのかもしれない。
立ち上がったハルは、柔和な笑みを浮かべたまま一拍だけ間を置いた。
「お目をかけていただき、恐悦にございます。機会がございましたら是非にお伺いさせていただきたく存じます」
するりと王子の手をすり抜けて、胸に手を当てて丁寧な礼を取るハル。
周囲から溜息が聴こえるような、優雅で美しい主従の応答に見えるかもしれない。
ハルの唇の端が嬉々とした感じに持ち上がっていて、その目が微笑みの中に不敵な光を宿しているのが見えなければ。
王子の頬っぺたが、少しだけひくついた。
そりゃあな。だってハルの返答は『機会があるかどうかは王子次第』って意味にも聞こえるもんな。っていうか、完全にわざとだろ。
「早々に機会が訪れることを期待しているよ」
王子も聖母のような慈愛に満ちた笑みを崩さずに、自然にハルへ言葉を返した。
なるほど、中央での社交というのはこういうことだってお手本だ。
王子はそのままハルの姿越しに俺を見て声を掛けた。
「やあ、カトゥーゼ男爵。来てくれて嬉しいよ」
俺はハルがしたみたいに立ち上がって礼の姿勢を取る。ハル先生の指導で及第点を貰った姿勢だから不格好ではないだろう。不格好だったなら本気で後が怖い。
王子は、そう格式が高くない相手への態度と同じように、俺へはすぐに楽にするようにとは言わなかった。だから、礼の姿勢を保ったまま深く息を吸い込んで声が震えないようにして答える。
「お招きいただきまして、
「ああ、顔を上げて。ふふ、君には期待しているよ」
「ありがたく存じます。ご期待に添えるよう努めます」
顔を上げると王子の青く澄んだ瞳がこちらをじっと見つめているのがわかった。
ほんの少しだけほっとしたように頬を緩めた笑顔なのに、その瞳は全く感情を宿していなくて、何を考えているのかわからない。
さすが中央社交界のプロだ。
俺もこの場限りは、ハル先生の教えに乗っ取って
だって今、俺と王子が交わした挨拶は社交辞令でありながら、お互いの意図を伝えあったんだよ。
王家は今のところ地方貴族を排除せずに認めるってこと。王子の言う『期待する』が『でしゃばるな、
そして、俺からは。アトラントは王権に
なぁ、社交界って本当に面倒くさいよな?ひと時も気が抜けない。
……気を抜きまくってるからさっきからハルに怒られてるんだけどさ。
周囲の空気がざわりと揺れている。社交界に慣れた優秀な子息令嬢たちは、今のやり取りの意図を正確に掴んでいるだろう。
今、王子が一応認めたアトラント伯爵家、そしてその関わりの深いエリストラーダ北西部連合に関しては、特別に重用する訳ではないが、中央貴族と同等に王家の家臣であるため、許可なく
これが王家の見識であるってことがこの場で言外に通達された。
まぁ、上々なんじゃないだろうか。もとより中央貴族に搾取されたくはないけど、王家に
王子はほんの短いやり取りの後、すぐに俺たちのテーブルから離れた。
時間でも計っているのだろうか。王子が長く接するイコール王子の期待を集めているって思われることも考慮されてそうだもんな。
俺はハルに怒られない程度に王子へと心の中で声援を送っておいた。顔に出してなかったはずなのにハルが小さく息を吐いてわずかに視線を逸らした。
圧。圧がすごいってマジで。
そうこうしている内に、王子は一部の側近候補に声を掛けて離席した。
後で聞いたんだけど、いったん休憩と称して会場を離れ、終盤に戻ってきてお茶会を閉会するっていうのがハロルド王子の場合の定型らしい。
本気で営業活動のようだ。
王子が場を離れると、一気に周囲は賑やかになる。
それはそうだ。この場に集まっているのは王子と年齢が近い子息令嬢。だいたい10~14歳くらいだ。エリストラーダの成人……社交界デビューは15歳くらいだから、それ以上の年齢の者は今回招かれていない。別枠なのだろう。
で、そんなまだまだ少年少女の招待客たちは、やはり王子の
こういった場に慣れ親しんだ強者貴族の皆さまは全く気を抜く様子はないんだけどな。だってこの場にいる使用人全員が王家の目や耳なんだから。
ざわめく周囲の様子をなんとなしに見ていたら、使用人の一人が近づいて来て俺の半歩後ろで腰を折った。
何だろうと不思議に思っていると、よく知った名前を告げられる。
この場で俺に声を掛けるやつがいるなんて……とちょっと緊張したんだけど、まあこのお嬢様ならばそうするかもなと、ちょっと笑ってしまった。
「マルドゥール様よりの招待だ」
こちらを視線だけで伺うハルに告げると、ハルは頷いて立ち上がった。
「ご一緒しても?」
「行こう」
そつのない使用人に誘導されていくつかのテーブルを横切り、ひときわ景色の良い席が見えてくると、立ち上がって無邪気に手を振る
「おにーさま!」
三人の令嬢とともにテーブルについていた乙女ゲームのライバル令嬢、アリステリア・マルドゥールは、高慢な我儘令嬢ではなく純粋おてんば枠に成長している。
仕事の早い使用人たちがさっとアリステリアのテーブルを整え、椅子の準備をする。令嬢たちはアリステリアを挟んですぐ近くに座っていたから、俺たちが案内されたのはいい感じに令嬢たちの対面だ。
招待されたのが俺で、位が高いのはハルだから、アリステリアの真正がちょうど俺とハルの間になっている。
「お招きいただきまして光栄です」
「美しい花の宴にお供する栄誉にあずかりたく存じます」
俺が口上を述べて礼をとれば、続いて優雅にハルが頭を下げる。
「まあまあ、おかけになって」
そんな様式じみた挨拶に、アリステリアもふふっと笑って美麗な礼を返した。
その後に俺を見て上手でしょ?って褒められ待ちみたいな得意げな顔を向けてくるから、頷いてみせたら満足気に胸を張った。動作は100点で挙動は規格外だ。
まあ、この場で上から数えるほどの銘家の愛娘であるアリステリアに文句をつけられる人はそうそうにいない。マルドゥール侯爵が末娘を溺愛しているのは周知だからな。ゲームの中でのように苛めや
むしろ今、好感度上げてるんじゃないかな。チラチラとアリステリアにデレた視線を投げかけるご令息がけっこういる。お嬢様は気付いていないけど。みごとに鈍感系ヒロインにジョブチェン疑い。
「お兄様、最近お会いできなくて退屈でしたの。ああ、お誕生日のお返し、本当に可愛くって。ありがとうございました、さすがお兄様。あっ、そう、お誕生日!おめでとうございます、お兄様」
本来は、権威の強い侯爵家の嫡男であるハルを優先した交流をするのが当然なんだけど。久しぶりに会ったのもあってアリステリアはまくしたてるように俺へと話を振る。
アリステリアのことを良く知っているハルは、気にした風もなくリラックスした様子だ。
そもそも俺がアリステリアと出会ったのはソズゴン家のパーティーだもんな。それなりに中央同士の交友があるのだろう。
ちなみにアリステリアが言っているのは、誕生日プレゼントのお返しに贈った魔法仕掛けのオルゴールのことだ。
シル〇ニアファミリーっぽい猫とウサギがくるくるダンスする簡単な機械仕掛けに加えて、その周囲に花の幻影が浮かぶ魔法仕掛け。ソルアお勧めのカドマ商会の秘蔵品らしい。
好きそうだとは思っていたけど、喜んでもらえたようで良かった。
「まあ、贈り物を?」
「もしかしてアリステリア様が仰っていた!」
ご令嬢たちがワクワクした様子で話しに加わっている。
贈り物をし合う仲。
というと、すごく意味深だろ?
うん、その好奇心を裏切るようで申し訳ないんだけどさ。
アリステリアを溺愛している侯爵の前でどうどうと言われたんだよ。前に。
お兄様はお兄様であって殿方ではありませんわ、って。
おかげで侯爵は俺に優しい。
うん、思い出させないでくれ。
だから何で俺はユーリに引き続き純粋な友達に振られる人生を歩んでるんだ。他心なんてない友達に振られんの無になるんだぞ。虚無。
令嬢たちに当たり障りなく相槌を打ちながら、時間は刻々と過ぎて。
戻って来た王子の閉会の挨拶を聞いて、初めての中央での社交はお開きになった。
色々と考えることがあった分、結構知識不足や修練不足なんかも身に積んだし。
もうちょっと精進しなけりゃな、なんて課題に気づくことができたのが収穫ということにしておこう。
ちなみに後日ハルにはたっぷり補修としごきをいただいた。
社交の道は本当に険しい。
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