王子のお茶会 3

 いったい王子は俺という異分子、地方貴族にどんな態度をみせるのか。


 ―――なんて手に汗を握ったこともあったっけ。


 王子の挨拶イケボおかわりのすぐ後で、控えていた使用人たちが一斉に各テーブルへと向かい、着座をエスコートして給仕を始めた。

 優雅さを損なわない完璧な所作で、全てのテーブルに、一斉にだ。

 その様子は訓練を重ねた軍隊の行進みたいに、歩調すらそろっているのではないかという格差のないタイミングで各々へと進められている。違うのは、各テーブル内で序列の高そうな子息令嬢から先に案内しているという、テーブル内での差異くらいだった。


 俺とハルイルト二人だけのテーブルは、まずハルが椅子に座ってから、俺の椅子が引かれ、座るように促された。

 他のテーブルでは多くて5,6人が集まっているものだから、ほんの少し全員が着席するまでの時間を待ってから、給仕がハルにお茶や軽食の説明をして選択を待つ。

 庭園の一角には飾られているかのようにスイーツが並べられているが、立食形式のように自由に手に取る訳ではないようだ。実際に目にすることができるように展示されていて、欲しいものを見つければ給仕係に頼むシステムらしい。

 周囲の様子を伺うと、お勧めを尋ねて決めている者もいた。すらすらと応える給仕の一人一人が一流のレストランのシェフみたいに見える。

 ま、そんなとこ行ったことないけど。

 さすがは王宮の使用人だ。


 そうして、完璧な、全員に分け隔てのない給仕のもと、気づけばお茶会は始まっていた。


 ちらりと王子をうかがい見れば、オズワルドを含む何人かの側付きと共にテーブルの間を移動している。

 誰もが王子の素行が気になっているだろうけど。もとより既知の者同士が集うテーブルで、使用人に事細かなもてなしをされてしまったならば、王子だけに集中するのは難しいだろう。

 さすがに王宮の使用人が話しかけたり飲食物を給仕するのや、周囲の知人たちをガン無視して王子をじっと見つめるほどの無作法な者は、この集団の中にはいない。

 みんなチラチラと王子の様子をうかがうのが精いっぱいだ。


 通常使用人は主人の邪魔をしないように控えて意を汲んで動くものだと、うちでは使用人歴が長いマグナがサーフィリアスに聞き飽きるほど熱血指導していたが。

 お茶会の給仕たちにとっての主人は王家な訳だから、これが王家の意に沿った進行なのだろう。


 俺はハルと当たり障りのない会話をしながら、王子の行動を盗み見た。

 俺とハルだけだから、このテーブルでは社交は必要ないし。途中で席を立ったりテーブルを移ることはマナー違反ではないようだが、俺たちの元に来るような猛者はいない。観察にはなかなかいい条件だ。


 王子は途中、近くを通りがかったハルへと笑いかけ、軽く手を掲げた。けれど、俺たちの元に寄ってくるわけではなく、そのまま通りすがった。

 ハルは優雅に一礼を返して応えていた。

 うん。多分ハルの序列を軽く見ている訳ではなく、認識しているという意思表示なのだろう。


 しかし、見れば見るほど。これは………。


 王子は絵画や彫刻の聖母みたいな穏やかで慈愛に満ちた笑みを浮かべて、まるでマップアプリの経路図ナビゲーションでも辿たどっているかのように移動して、子息令嬢たちに声を掛けている。

 同じ声のトーンで、同じ表情で、同じテンションや数パターンのリアクションで。


 選挙演説。


 ふっとそんな言葉が頭に浮かんできた。

 もしくは完全なる営業活動なんじゃないか?顧客に良い印象を持ってもらうためにスマイル売り歩いてるようにしか見えないぞ。

 それも、王子と行動を共にする側付きの子息たちも、一定の期間を置いて入れ替えているようだ。いつの間にか最初に王子の後をついて行っていたオズワルドはテーブルで談笑していて、そのテーブルにいた他の子息が王子の後ろに控えていた。


 なんだこれは。これが王子のためのお茶会?

 王子のために開かれたというよりは、王子が良家の子どもたちをもてなすために開かれたって感じじゃね?

 えっ?王子、胃は大丈夫か?


「不敬ですよ」


 王子の心労を考えて思わずちょっと心配になってたら、ハルにこっそりたしなめられた。顔にも態度にも出さないって難しい。



 そういえば、王政政権って言っても色々ある訳で。

 ゲームや物語で多いような中近世のファンタジー世界での王政って、王様が国を治めてるっていうイメージだよな。

 で、エリストラーダも王様がいて、王様が部下である貴族を領主に任命して国内の領地を治めさせているっていう、まあまあイメージとしてよくある封建制度だ。


 けど、よく考えれば王政にもいろいろあるんだよな。


 例えば、英国。まぁ、本当は連合国家って聞いたことあるんだけど、一応王国って形をしてる。でも、内政は議会、内閣、司法の三権でなされていて、国王は君臨しても統治せずっていう立場だろ。

 日本だって歴史で習う限りじゃ紀元前に初代天皇が建国して以来、ずっと天皇制な訳で。

 だけど、帝を頂点とする朝廷に任命された将軍が幕府を開いて実権を握った時代もあったし、各地の実力者たちが天下統一を目指して戦に明け暮れた戦国の時代もあった。

 王政っていっても、本当に王の立ち位置ってそれぞれなんだなって気が付いた。


 エリストラーダは、中央貴族と地方貴族の権威に差はあるけれど、だからといって地方貴族は王室に忠誠を誓っていない訳ではない。むしろ、いいように扱われている。

 中央貴族は自分たちの利益を追求し、日々争っているようだけど、王家をどうこうしてしまおうだなんて話までは聞いたことがない。


 通常は王妃の実家って大きな後ろ盾であり権力を持ったりするものだけど、重婚が認められているエリストラーダで、現国王の王妃は一人だけで、それも幼馴染だった従妹だという。

 王妃の生家は先王の弟がおこした公爵家の娘だ。ほぼ王家と言っていいような近しい公爵家なので貴族勢力の影響はほとんどない。

 現在の王家は貴族家の思惑を受けにくいが、同時に無条件の支持もないといったところだ。


 絶妙だ。

 うーん、こういう政治的な思惑云々って、あんまり詳しくはないし得意じゃないんだけど。

 エリストラーダの王家の立ち位置って、けっこう微妙なんじゃね?


 王権は維持してる。一応、中央貴族が内々に争っても大きな問題にならないよう制御できているし、従えることもできている。

 でも、王家が同等に認めているはずの地方貴族が軽んじられるっていうことは、それだけ中央貴族の権威が強いってことだろ。中央貴族から地方貴族への干渉を止めることができないのは、王家が中央貴族に忖度そんたくしているからだ。

 中央貴族勢力と争えばダメージはデカいので、王家はできるだけ争いたくない。争いに巻き込まれるような火種を作りたくないから、どこかの貴族を贔屓ひいきにも懇意こんいにもしたくない。


 その結果が王子の当たり障りない選挙活動?だから王子は当たり障りない営業を全員に?

 なんか不憫ふびんすぎて心が痛む。だって王子、まだ13歳だぞ。


 こういう国内の情勢に関してって、エリストラーダに住んでいる人間からすれば、当たり前に思っているところがある。

 日本の義務教育で習う日本史や世界史みたいに誰もが等しく色々な国政について知る機会はなくって、貴族が教養として習う国史だって、王家や国土、政策、有力貴族家なんかについてのものしか習わないもんな。だから、今まで誰の口からもこういったことについて聞いたことはなかったんだと思う。

 でも、改めて考えてみると。

 現在のエリストラーダは、中央貴族勢力に押されがちで王家の権威が弱まっているものの、上手いこと立ち回って争いを避け、王権を維持している絶妙な状態のようだ。



 ペシィッ!


 すっかり考えにふけっていた俺の頬をハルの魔法が叩いていった。

 おっとりと柔和な微笑みのハルと目が合う。

 圧。圧がすごい。

 未だに注目の目があるお茶会の場で、近くにいる王宮使用人の目を盗んで、俺の頬に音を立てず不自然な動きをおこすほどの衝撃を与えない程度の風魔法をぶっつけてくるハルの実力、恐るべし。


 今の俺は、蛇ににらまれたカエルか、な〇平さんの前のカ〇オくん。

 社交界って難しい。そして中央の貴公子であるハル先生はどこまでも厳しい……。

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