リュー12歳:地方変革編

王子のお茶会 1

 紹介状はたしじょうを貰ってから約ひと月。アトラントでも夏真っ盛りの7月。

 今年は誕生会に手間をかける時間的猶予もなく、12歳となった俺は初めて王子のお茶会に出席することになった。


 前準備はハルイルトと相談して情報を貰いながら進めてきた。

 ハルの家であるソズゴン侯爵家と、ソズゴン家のお茶会で昔出会ったアリステリアのマルドゥール侯爵家。その二家くらいしか知り合いらしい知り合いがいない中央貴族界で、しかも友達でも何でもない他人……それも、王家主催のお茶会に参加するんだ。どんな場になるのか俺には全く想像がつかない。


 だいたい、王子だよ。王子って言えばさ。乙女ゲーの攻略対象じゃね?


 普通に忘れてたんだけど。王子個人との付き合いなんかないし、王家との付き合いって俺個人というよりアトラント家との問題で、普段対応するとしたら父だからすっかり忘れてたんだけどさ。

 そうだよ。お茶会に呼ばれるくらいの年回りの近い王子って言ったら、乙女ゲームのメイン攻略対象である王道王太子、俺より一つ年上のハロルド・セライア・エリストラーダのことなんだよ。だって、第二王子は五つも年下でまだ幼児だもんな。


 そして、王子のお茶会と言えば、王子と年齢が近い中央貴族……おそらく、王家が王子の側に置くにふさわしいと判断した側近候補や婚約者候補が集まる場ってことだよな?

 つまり、それって他に攻略対象者がホイホイされる場ってことだよな?

 うっわ、正直王立学園に入学するまでそんなに関わる機会なんてないだろうって油断してた。

 まさか入学前から攻略対象者と顔合わせするはめになるなんて………やっぱ辞退しちゃだめかな。だめだよな。

 もはや何のゲームだったのか分からないくらい立ち位置が微妙過ぎるんだけど。


 さすがにゲームだ云々なんてことは誰にも話せないもんな。それに俺も、ゲームの詳細を覚えてる訳ではないんだよ。実際プレイしてたのはニコなんだし。


 あんまりにも緊張してたら、ハル先生に身の振る舞いをしごきなおされてしまった。………久々だからちょっぴり昔に戻ったようで楽しかったなんてことはない。多分。



「今日は私がエスコートいたしましょう」


 王宮の門を背に片手を差し出すハル。黒に近いモスグリーンのジャケットに、ベストと足首の見えるスラックス。角度で輝く白い繊細な刺繍。あちこちで揺れる白いふわふわのレース。通りかかったご令嬢がくずおれる後光が射すほどの美的破壊力。これは課金が必要な域かもしれない。


 けどさ?


「いや、おかしいだろ」


 なんで俺なんだよ。いくら場慣れしてなくてもそれは絶対違うってことくらいわかる。


「中央の社交界は私にとって慣れ親しんだ場ですからね。私がリューをリードできるなんて、久々のことでしょう?」


 ハルは楽しそうに柔らかに笑った。ご機嫌な様子だ。

 俺、ハルには普通に色々勝てないんだけど。本当、負けず嫌いだよな。


 大勢の使用人が頭を下げる中、ハルの半歩後ろをついて会場に向かう。この国の有力貴族であるハルは有名で人目をひき、通りすがる令嬢令息たちは道をあけてチラリチラリと視線を投げかけてくる。もはや簡単に声を掛けることもできないのだろう。


 初めての参加で少し緊張していたのも束の間。全ての案内の声かけをされるのもハル。受け答えをするのもハル。俺はただついて行くだけ。本気でエスコートされてるレベルで、誰かに話しかけられる予感すらしない。

 拍子抜けしてハルの後ろから周囲を観察する余裕すらでてきた。


 迷子になりそうなほど入り組んだ道を進み、辿り着いたのは自然公園かっていうくらいの広い庭園。パーティー用の場所らしく、野球とサッカーとテニスを一緒にしてもまだ余りあるような空間に、華やかに飾り付けられたテーブルが一定の距離を置いてゆったりと置かれている。聞き耳を立てなければ隣のテーブルの話題は聞こえないだろうし、声をひそめれば他のテーブルの者に声は届かないだろう。


 低木や木陰を作るためのアクセントのような樹が景色の一部として目に入り、その向こうにはまた違う空間が開けているようだ。区切りのように生垣に花が咲き乱れ、区画のわきに散策路もあった。パーティーの規模に合わせて空間を使い分ける余裕があるほど広いのは、さすが王城の庭だけある。


 贅を尽くした色鮮やかな服を着た子息令嬢が、もう既に既知の相手とテーブルについて会話を交わしている。優雅な仕草と常に浮かんだ柔らかな微笑み。和やかな雰囲気の裏側が読めない社交慣れした紳士淑女たち。


 その視線が一斉に、会場に踏み入れた俺たちへと集まった。


 こっわ!

 なんというか、初めて通う学校の入学式に遅刻してきたみたいな疎外感。誰?何してんの?なんかあったの?みたいな、友好的ではない感じの興味をひいているような。


 思わずそんな空気に気まずさを感じていると、俺の少し前に立っていたハルがふんわりと微笑んだ。

 その瞬間、一瞬空気がざわめいて、集まった視線が全て逸らされる。

 いや、ほんの数人はハルの顔に見惚れたままのようだけど。女性のテーブルから溜息も聞こえてくるけど。興味とか忘れ果てられて確実に俺は空気になったけど。

 エスコートさまの顔面が強すぎる。


 全員分の興味が投げかけられているのを気にする様子もなく、ハルは優雅に足を進めた。まん中辺りの空いている席へとゆったりと向かい、もはや空気の俺に座るように促す。

 本当にここに座っていいんだろうか?席次のルールが全くもってわからない。だがそんなことを口に出して周囲に無作法を披露する訳にもいかず、伺うようにハルの顔を見ると、周囲に負けず劣らずの完璧な笑顔の仮面で頷かれた。

 いや、お前もか。こっわ!ちゃんと仲間だよな?!


 ひとまず他に信じられる相手もいない。いやいや、ちゃんとハルのことを信じているはずだ。ちょっと疑心暗鬼になりながらも着座しようとした俺の隣へ、足音が近づいてきた。


「おやおや、まさかあの病弱な兄のほうがお越しとは。このような場で会えるとは思ってもみなかった」


 白いスリーピースの淵にグリーンの刺繍をほどこした衣装をまとったどことなく七五三な感じのちびっこが、揚々と足音を響かせながら二人の子分っぽい子を従えてテーブルの横まで来て、ハルに向かって胸を反らして鼻を鳴らした。


 ………大丈夫か?

 今この場一帯の注目を集めまくってるハルに向かって突っかかって行く勇気はある意味すごいのかもしれない。

 でも俺が心配になるくらい勇気の方向性間違ってるぞ?すんごい小物感漂ってるぞ?後ろの子たち、ちょっとそわそわしてるぞ?


「優秀な弟君おとうとぎみを差し置いて表に出てくるなんて、王家への冒涜じゃないのか?どうせならば役に立たない兄なんかじゃなくてアルノニが参加するのが本筋だろうに」


 ちょっと背伸びをしながらハルを頑張って見降ろそうとしているちびっこに、ハルは柔和で綺麗な微笑みを向けた。


「ふふ、オズワルド様は弟と懇意になさっていますものね。その弟が現在療養中であることもご存じないようですけれども。オドおじさまはお忙しくてご子息と十分お話合いになる暇もないのでしょう」


「なに!そ、そんなこと!!アルノニは我が幼馴染だ、お前なんかと出来が違うのだと知っている。弟が邪魔で細工をしたのか?なんと邪悪な!

 それに、父上はこの国の宰相として陛下と国家をお支えするお立場だ!お忙しくない訳がないだろう」


 どこまでも平坦で穏やかな笑みを崩さないハルに、ちびっこは肩を怒らせて一方的に責め立てた後、またもふふんと胸を反らしてドヤ顔をしている。

 幼げで可愛らしい顔の造りでぷりぷりといきどおりながら、自分よりも体が大きくて落ち着いているハルに食ってかかっているものだから、何だか本気で幼児ちびっこな気がしてきた。

 周囲の子息令嬢の視線も、奇異の目から、何やら微笑ましいアホの子を見るような視線に変わってる気がする。ああ、すっごい共感。初めて中央貴族と共感したよ、俺。


 いやまて。でもいまオズワルドって言ったよな?

 宰相の息子って言ったよな?

 それってつまり、ゲームの攻略対象なのでは??


「そうですね。オドおじさまがお忙しいお時間を割くまでもないと判断されたのでしょう」


 にこりと麗しく後光の射すような笑みでおっとりと毒を吐くハル。

 対するオズワルドは言われた意味がすぐに理解できなかったようで、一瞬ぽかんとハルを見上げていた。勝負ありすぎだろ。


 こっっっっわ!!!!

 攻略対象に出会ったことよりも、ハルの底知れない黒さが怖い。もしかして中央貴族の中で一番恐ろしいのってハルなんじゃ………。

 俺はきゅっと背筋を正した。

 えっと、オズワルドって何が脅威なんだっけ?

 俺はハルイルト先生の不興を買わないように気をつけたいと思います。

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