中央からの果たし状?
エドワリース領との魔法草事業提携のとりまとめをしている内に、アトラントの温暖な春が過ぎ、夏に差しかかってさんさんと眩しい陽光で彩られた6月だ。
エドワリース領との事業はようやく形になってきていた。
まず一番大変だったのは、エドワリース子爵が変わり果てたエズ村周辺の状況を把握して情報を整理する過程。
直接目の前で変化を見ていたラティアとは違って、ある日突然見る影もなく変わった自領に呆然とする子爵を、ラディアがあれこれとせっつきながら……本人の言葉で言えば「お
まず第一段階は、魔法薬の原材料として魔法草をアトラント……というか、うちの縁戚であるカドマ商会が買い入れるところから。カドマ商会は魔法薬の取り扱いにかけては既にエリストラーダ随一となってるから、原材料を買い取る契約に関しては全く不自然じゃない。
魔法草の刈り入れや栽培に関しては、エズ村の新しい産業となるだろう。村人たちはさすが竜の子孫なだけあって、もとより魔力を操るのが得意みたいだ。
その辺りはエズイラが上手くフォローしてくれるんだって、俺はなぜかリドルに聞いた。妖精は
まぁ、リドルを通じていつでもエズイラと情報共有ができるっていうのは、領権を侵害してるような気もしないではないけど便利だよな。
マグナはエドワリース子爵とまた別に相談して、エズ村に共用語の読み書きを教える場を設ける許可を貰ったらしい。村人の数が多くはないから、学校施設ではないんだけど、昔の日本でいうなら寺子屋みたいな感じかな。小人数に個別的な内容を教える個人塾みたいとも言えるのかも。
言葉が通じないっていう不利益を体感した身としては、拍手喝采ブラボーものだ。言葉の壁はデカすぎる。
そのうちエドワリース領が魔法草の取り扱いに慣れてきたなら、次は錬成職人の確保へと段階を進めたい。
この辺も含めて子爵には伝えているんだけど、まだまだ現状で精いっぱいのようだ。
ラティアが全力で食いついてくれるから、頼もしく思ってるんだけどな。
なんてわけで。
俺たちにも事業拡大のための話し合いを持つ場が増えた。
ソルアは魔法草の提供が増えることに壊れたスピーカーのように不気味な笑い声が止まらず、その父アドニーと共にいかに生産性を上げるかとか、販路の拡大方法だとかを嬉々として話し合っている。
俺はといえば、魔法薬関連の共同開発してるハルイルトとの相談が増えた。
エドワリース領からサンプルとして送ってきた魔法草についての成分分析だとか、アトラント領内産との違いだったり、独自のものがあるかないかなんてことを話し合うためにたびたび顔を合わせている。
そんな忙しくも充実した毎日の中で、ある日、家に来たハルが丁寧に豪奢な封筒を差し出してきた。
「王子殿下のお茶会へ、ご招待を受けました。リューの招待状は私からお渡しするようことづかりましたので」
まさかの、中央からの果たし状が届いた?!
この世界について俺が最初に知っていたのは、双子の妹であるニコがやっていた乙女ゲームの内容からだった。
乙女ゲームって理不尽じゃね?
だって、権威のあるイケメンたちをヒロインが攻略するっていうのはわかるんだけど、その攻略対象たちって好意だけでヒロインを特別扱いしたり他の社会的なルールを破ったりするだろ。そういうのって人間性やばくね?
その乙女ゲームの中で、俺が転生したのは攻略対象を偉く見せるためにって感じの、攻略対象に手先も動かさずに良いように扱われるモブなんだよ。
そもそもが、この世界の唯一神であるクロノによると、あの乙女ゲームはシナリオを書いた人がこの世界を覗き見て、それで逆に影響も与えて生まれた、この世界にも存在する時間軸だったらしい。神様の認識ってよくわかんないところもあるんだけどな。
実際この世界で生きてきて、色々な背景を知ってきた。
なぜゲームのウリューエルトが使いっぱしりモブだったのかといえば、この国では地方貴族は政治的発言権を持たず、国政への発言権の強い中央貴族に良い条件で庇護してもらうために媚びへつらうしかないからで。
実際中央貴族たちからしたら、地方貴族なんてただの農場主みたいな感じなんだよ。
爵位や土地の広さや人口、資産なんて関係ないんだ。
だって、地方貴族は政治的な発言権をほとんど持たないんだから、都合が悪くなったら領主を付け替えたり、作物や流通品の出荷制限をかけて経済的に困窮させたり、流通を遮って生活を妨げたりと、幾らでも好きに制裁できるんだから。
そんな情勢の中で、王子のお茶会の招待状が届いただとか。
正直、エリストラーダ北西部の発展にいい気がしていないだろう中央貴族の子女の中に、単独で招かれたようなものじゃないか。
ん……?単独、だよな?
「他に地方から誰か行ったりするのか?」
尋ねるとハルはふふ、とおっとりと品の良い笑みを浮かべた。いつもの事ながら完璧に美形すぎる微笑みだ。最近俺もわかるようになってきた……この微笑みの腹黒さを。
「いいえ。今回はリューが爵位を得たからという名分でお招きになったようですよ。アトラント伯爵を経由せずに私から伝えるようことづかりましたのは、リューに辞退されましても王家の権威に傷がつきませんようでしょう。
爵位を
ちょっとサラっと俺より一つ年上であるフレイアートのことを無視したような気もするが、まぁ確かに
タリーはだいぶ年上だし、ユーリは年回りが合いすぎる地方新勢力のご令嬢なので王子の婚約者候補と見なされるリスクが高いってことか。地方が発展したからってそこの令嬢を王家に迎えるとなれば、中央貴族たちの反発は目に見えてるもんな。
うん。政治、面倒くさいな。
「うーん、完全に面倒ごとでしかないんだけど。でも行くしかないよなあ」
「お断りになっても問題はないでしょうけれど。いらぬ腹を探られるほうが面倒であるのなら、出席なさったほうが無難でしょうね」
俺とは比べ物にならないほど中央貴族の社交界を熟知しているハルは、誰もが見惚れるような美しい笑みを浮かべたまま何てことないように言った。
つまりそれ、出席しないと謀反疑惑わくってことだけどな?!
「お断りになったならば、面白いものが見られるのではないかとも思うのですけれどね」
優美な微笑みが完全に黒い。あの引っ込み思案の不安症だった美少女にしか見えないハルはどこに行った。成長って怖い。
いや、そんなこと言ったら、俺も小さい頃はうちの弟妹たちみたいな可愛らしい見た目をしてたらしいのに、徐々にデカく薄味に育ってきたし。パーティー会場の壁の模様どころか、現時点ではテーブルクロスくらいまで薄く薄くさり気ない存在に育ったし。………やっぱ成長って怖い。
ともあれ、12歳を迎える来月、7月。俺はハルを心だよりに敵地に招かれることになったのだった。
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