ただいま

「ううううう゛う゛う゛ぇぇぇぇぇぇええ゛え゛え゛ぇっっっ!!!!!!!」


 移動拠点ワープポイントを通って部屋の外に出た瞬間、ものすごい勢いで濁点をまき散らすタックルが飛んできた。


「おに゛ーざまがルーナをお゛い゛でっだぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


 綺麗に側部を編み込んでまとめた銀色の髪を振り乱し、涙と鼻水で顔中をべちょべちょに濡らしたルーンディエラは俺の脚をがっちりホールドして大号泣だ。

 夏になれば4歳になるルーナは、相変わらず元気で好奇心旺盛こうきしんおうせい猪突猛進ちょとつもうしんなほど行動的だ。見た目は母に似てて、ちょっとはかなげな線の細さなんだけどな。


「僕もルーナの兄様なのに……」


 一緒に待っていたらしいアプセルムは赤くなった目の端を隠すようにぷいっと横を向く。ルーナを宥めきれずに苦労したのだろう、眉を寄せた困り顔だ。

 セームはあと2か月もすれば6歳。言葉を覚え始めてからはかなりのしっかり者で努力家だ。俺たちが不在の間、ルーナの兄として頑張ってくれたのだろうけど、ルーナの制御なんか俺だって難しい。真面目なセームが振り回される姿は目に浮かぶようだ。


「ただいま」


「僕はもう小さな子どもではありません」


 ルーナを脚にぶら下げたままねぎらうようにセームの頭を撫でると、じんわり涙を浮かべた目で見上げ、頬をムズムズさせながらすました口調で答える。ツンデレすぎる。


「おかえりなさい、兄様」


「うぁぁぁあ゛あ゛にぃさまあああ゛」


 やばい。やっぱうちの弟妹たちが一番可愛くて優勝じゃね?



 双子の弟妹、ヘイムストイアとアルマディティはまだ2歳。なにせ双子なもので、母はなかなか末っ子たちから目が離せない。

 朝夕の食事なんかは家族そろってとることが多いんだけど、セームとルーナは時間があると俺の部屋にくるし、俺のベッドで寝ることも続いてたから、俺の寝室からドア繋がりで隣室へと行けるようにちょっぴり工事して、隣に寝室を用意して貰った。


 俺の部屋って基本的にみんなが作業しやすいようにオフィス仕様にしてるから、誰かは滞在してることが多いし、何だかんだとみんなセームやルーナの世話を焼いてくれるんだよな。

 俺の侍従……つまり、カトゥーゼ家の使用人でもあるマグナやサーフィリアスだけではなく、ソルアでさえも他に誰もいなかったら二人の世話をしてやるんだよ。あいつが俺の侍従だった時には、俺に世話させてたくせにな。


 まあ、そんな感じで俺の部屋に居ついていることもあるのか、セームもルーナも可愛い兄っ子に育った。

 それなのに、世話焼きランキング一位タイの俺とマグナが泊りがけで旅行に出たものだから、二人とも心細かったのかもしれない。


「おかえりなさいませ」


 少し後ろから、二人の世話をしていた父の次官ハライヤが苦笑しながら歩いてくる。

 どうやら俺たちが不在の間、弟妹の世話はハライヤがしてくれていたようだ。


「さあ、お部屋へおいでください。お茶のご用意をいたしましょう」


「けーき!」


「かしこまりましたお嬢様。そのように」


「ケーキ……」


 マグナが部屋へと誘導すると、ルーナはばっと顔を上げて目を輝かせながら走って行く。その後に続くセームも期待に満ちた目でちらちらとマグナを見上げながら小走りになってついて行く。

 弟妹の扱いにかけては、残念ながらタイを張れずにマグナにリードされているようだ。ぐぬぬ。



 賑やかに部屋を出ていく弟妹たちの後ろ姿を眺めながら、俺もゆっくりと部屋へと向かう。


「ハライヤ、父上にご報告したいことがあるから後でお伺いするよ」


「承知いたしました。そうだと思っていましたよ」


「そうか」


 俺も外出のたびに何かしでかす問題児だと思われてるのか。うん。まあそうだよな。そこそこ否定できない。



 なんだかんだと。

 こんな波瀾万丈を平然と受け止めてくれる日常がここにはある。

 ただいま、俺たちのアトラント。

 旅行から帰ったら、心底ほっとするものだよな。やっぱりうちが一番ってやつ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る