地方提携
「お
………そうきたか。
困り顔のエドワリース子爵の前でぴょんぴょんと跳ねながら説明しているラティアの年相応な姿を見て、まぁそれはそうだよなと妙に納得した。
確か、エドワリース子爵の子どもは二人で、ラティアの下に弟が一人。長子のラティアは俺と同い年だったんじゃないかな。
今まで付き合いはないけど、国内の事情については色々と覚えさせられた。
幾ら成人年齢が15歳辺りだとされてるにしても、普通は11歳ってこうだよ。山道で馬車を操れる腕前があるのが優秀なくらいだろ。
そう思えば、俺の周りって早熟すぎる人が多いよな。
「ラティ、お客様の前だぞ。レディらしくしないか」
「お父、そんなことはいいんだ!だってなぁ、男爵様は中央のお偉方からも気に欠けられるすっげー人なんだぞ。おらだちも、お偉いに気に入られるレディになる必要なんかねーんだ」
「こら、はしたない。お見苦しい娘で申し訳ありません」
「馬を駆れば下品だとか、畑に入りゃ野蛮だとか。田舎がそんなにわりぃのか?なんでおらだちがあっちに合わせなきゃなんねーんだ」
子爵は困り顔のままラティアの頭を押さえて下げさせる。俯いて頬を膨らませたラティアは不服そうにぶつぶつと不満を言い続けている。
俺にはラティアの言う事はよくわかるんだけど、子爵は保守的な人物のようだ。
っていうか、地方貴族は皆そう思いながらもずっと中央貴族たちに従わざるを得なかったんだから、それが普通なのかもな。
この国の政治的な権力って中央貴族に集中してるから、逆らってしまえば領地に無茶振りされたり、最悪領主を更迭されることだってある。せいぜい自分の領地を良い条件で扱ってくれる権力者に取り入るくらいしかないから、女の子にとっては特にだけど、婚姻政策を目指す方向性になりがちだ。
まぁ、縁戚となったところで地方貴族のご夫人は肩身が狭いし、扱いもぞんざいなことが多いみたいなんだけど。基本的に地方は中央貴族たちの手下扱いだもんな。
アトラント含むエリストラーダ北西部は、領地間の仲が良くって、自活できるだけの資源がある。だから婚姻こそは自由ではあるものの、それでもやっぱり中央貴族への忖度は免れない。
こういう好条件がないのだとしたら、東部は北西部よりももっと厳しいのかもしれない。
「エドワリースは素晴らしい場所だと思いますよ」
俺はラティアに助け舟を出すように子爵に声をかけた。
これはまぁ、本音ではある。
エズ村に行くまでに立ち寄った村や町の住人たちは、来訪者を気さくに歓迎してくれて、休憩場所を提供してくれたり、食べ物や飲み物を差し入れてくれたりしたんだ。
道は最低限だけど整備されていたし、実りの美しさはアトラントに似ていた。
エズ村が数百年前に呪いを受けて以降、生活が厳しくて山を下りた住人も多くいて、その血筋はエドワリース領内に広がっているって聞いたんだけど。テラの無邪気な様子を見ていると、もともと竜とエズイラの子孫って人間性が善良だったんじゃないかなとも思う。子爵やラティアを見てても。
「そうだろ!おらだちの領地はいいとこだ!」
ラティアが頭上にある子爵の掌を跳ねのけて力説する。俺と同じ地元スキーの予感だ。
子爵は青い顔をして俺たちにぺこぺこと頭を下げた。子どもと平民に頭を下げるとか、本当は領主として体裁が悪いことなのに、ラティアの発言にそれどころではないようだ。
中央への叛意があると思われたなら、地方としては破滅的だもんな。
まぁ、他領に物申す気はないし、ここはスルーだスルー。俺も地方の扱いには思う所あるし。
曖昧な笑みをラティアに向けると、俺は子爵に向き直った。
「エズ村の呪いが解けたようです。今は元々の竜の祝福と、あの山脈の大地の力で一帯が草原へと変わっています。魔力の高い植物が茂り、妖精や聖獣みたいなものがあふれかえっています。実際の様子は子爵様ご自身でご確認されるのが良いでしょう。
エドワリース嬢はその変化の場を目にして心が昂っておいでのようです」
やんわりと何も言うつもりはないって伝えると、子爵はまたぺこぺこと頭を下げた。
「それで、私から一つ提案させていただけるとありがたいのですが」
びくりと子爵の肩が跳ね、こわごわとした様子で神妙に頷いた。
いや、脅すつもりなんてないからな?
ただ、純粋な提案。
俺は数歩前に出て、しっかりと子爵の目を見つめながら言葉にした。
「エズ村周辺に茂った魔法草で、共同事業を行いませんか?」
だって勿体ないじゃん、あれ。うちの領主館前よりたくさんあるぞ。
エドワリースとアトラントには似たところがある。
かつての魔法帝国が栄えた大地の魔力が豊富なアトラントの土地に、地属性の魔法素質を内包している領民たち。
エズ村の祝福と大地の力が解放されたエドワリース領に、神竜と神子の血を受け継いだ、妖精や聖獣に懐かれる………おそらく、魔法の素質を持っているだろう領民たち。
ってことは、アトラントでしている魔法薬事業って、エドワリースでもできるようになるんじゃないかと思うんだよ。
うちだけでも魔法薬はそこそこ量産できているんだけど。
なにせ魔法草自体がレアだし、もともとは手練れた錬金術師しか作れないものだったから、うちが作るまではエリストラーダではほぼ輸入に頼るしかない高級品だったんだ。需要に供給が全く追い付かないプレミア品。
それも、本当に効果の小さいものしか手に入らなかったんだよ。だって、うちの国には魔獣はいるけど周辺諸国よりは割と平和な立地だから。
サーフィリアスが冒険者をしていた大陸なんかは、こことは違ってRPGの世界みたいな感じでダンジョンだってあるし、魔法薬の需要はもっと高い。
つまりさ、エリストラーダ国内だけではなく、魔法薬は他の国にとっても需要が高い。
それに、ハルイルトと一緒にしている魔法薬の研究で、効果が高いものだったり複数の効果を持つもの、万能薬なんてものまで開発中だ。
………量が作れればそれだけ売れるっていう訳だろ?輸出に根回しは必要だろうけどな。
「はあ。それはいったいどういう………?」
「おら、やるっ!」
きょとんと首を傾げる子爵の前でラティアがぴょんと跳ね上がり、俺の両手を握って食い気味に答えた。
うん。まあ、たぶん成立、かな?
マグナに手伝って貰いつつも、子爵へ一通り詳しい事業説明をして、後は後日文面で確認してもらうことになった。
子爵は理解が追い付かないようで目を白黒させていたが、同席していたラティアは希望に満ち溢れたキラキラした目で食いついてきて、意外にも上手に話がまとまった。
子どもらしい面も持っているけれど、理解力と柔軟性は飛びぬけているようだ。
「そんじゃ、また話そうな!」
移動拠点へ向かうべく、見送るラティアの前から身体を反転させたその時。
――――――――ニコ!
ふっとニコの横顔が頭の中を掠めて、俺は振り返ってラティアの腕を掴んでいた。
きょとんと目を見開いたラティアの顔を見下ろして、俺は大混乱の中にいた。
えっ、なんで、なんが、どうした俺?!!
ラティアとニコは全く似てなんかいない。なぜニコの姿が過ったのかなんて、全く心当たりがないし、ご令嬢の腕を掴んで詰め寄ってる現状、どうすんだこれ。
「なんでぇ?ナンパか?」
「えっ、いや、そんなつもりは、えっと、わ、わ、わ、わわわ悪かった」
小さくも可愛くもないのにWAしか出てこない詰んだ俺に、ラティアは豪快に笑った。
慌てて手を離すと、ラティアは気にする様子もなくそんじゃな、と朗らかに手を振った。
ちょっと可愛いけど、そんなんじゃない。だいぶ恥ずかしすぎる。
ともあれ初めての他領への旅行?旅行なのかこれ?
つかんだ収穫はかなりでかいものだった。
ま、もちろん。副産物的なものよりもずっと、うちの侍従の幸福度があがったことが、俺にも父にも一番の収穫なんだけどな。
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