聖地エズ村

「今まで神子が産んだ子どもは何人かいるんだ。でも、みんな生まれてすぐに飛び立ってしまうから、あんまり交流はなかったんだよね」


 ついさっきまで灰色の地面が見えていたはずの山道を下りながら、他愛ないことのようにクロノは言った。

 いつの間にか足元にはフサフサの草が生えていて、わかりやすく道だけを残して周囲に木が茂っている。妖精が木々の間を戯れながら通り過ぎ、その軌跡に花や果物が実ってゆく。まさに幻想世界だ。


「神子が、窮屈に思っていたのかなって思う。長い間一緒にいると、やっぱり人の世界が恋しくなるんだろうね。だから、子どもたちは自由に飛んで行ってしまうんだ」


 ………語られてる内容はちょっとヘビーな気がするけど。


「強い力はあまり一か所に集いすぎると干渉してしまうから、それもあるのかもしれないね。でも、神子が産む子は亜神だから、一緒にいられない訳ではないと思うのだけど」


 眉尻を下げて俺に並んで歩くクロノは、そっと俺の手を握った。

 うん。平然としてるけど、やっぱり寂しいんだろう。


「それにね、して神子が身籠った子どもは生まれることもたまにはあるのだけど、僕の卵が孵ったことはないんだ。卵は常に愛情が注がれていないと干からびてしまうから」


 前世で女の子と付き合ってもソッコー振られてきた俺に答えられる訳ないセンシティブな話題………ってか、クロノ、お前は卵生なのか?!

 そう言えば昔、性別はないとか時に女神でもあるとか言ってた気がするから、産むってところはまぁ理解できるけど、卵なのか……神様の生態が想像を軽く超える。


 てかさ、この寂しがりやな神様にとって、多分それはものすごく孤独なことだったんじゃないかな。


「それは興味深いお話です。しかし、常に愛情を注ぐことは人間には不可能でしょう。興味を惹かれるものがあれば無意識に気を取られますし、空腹を感じればそれを満たすことを考える。眠ってしまえば意思は途切れます。条件として困難でございましょう」


 数歩先を歩きながら、マグナが視線だけ後ろに向けて口をはさんだ。

 言われてみればそうかもしれない。どれだけ大切なことだって、24時間ずっと考え続けるのは無理だろう。


「うん、そうだね。信仰心が強い神子とかは、僕のために祈り続けるのが使命みたいに思ってる子だっていたのに、それでも卵がかえったことはないもの」


「古代には神殿が権力を振るっていた国家が多く存在したようですし、信仰の贄として差し出された神子様もいらっしゃったでしょう」


「うん。神殿は力になることもあるけれど、神も神子も利用して自分たちの権力の礎にしてしまうことの方が多いからね。それでも神殿に所属している神子はその神殿を信じているから、繁栄を願ってしまうんだ。だから、僕は神殿を避けてることもあったよ」


「なるほど。それで古代に栄華を誇った多くの神聖国家が崩壊したのですね。富み熟した集合体に腐敗が進み、やがて瓦解がかいに繋がるというのは物事の道理でもございますが」


 下山のお供に神様トークは濃すぎるだろ。規模がデカすぎて俺にはついていけないんだけど。

 マグナが普通に受け答えできるのがすごくね?いや、そういやクロノの子どもの子孫なんだから、実はマグナって神の系譜っていうやつなのか?


「………似てないな」


 竜とクロノはちょっぴり似てる気がしたんだけど、マグナとクロノは全く似てない。

 二人を見比べてついぼそりと声に出してしまうと、マグナが振り返って呆れたように溜息をついてみせた。


「あたりまえでしょう。竜神様の血筋はエズ村だけにあらず、代を経て薄まりながら、今やエドワリース領の住人のほとんどに僅かばかり継がれているのです。エズ村には外から訪れる者が居ない分、その血筋は幾らばかりか濃いのかもしれませんが。それでも始祖から考えれば、交じっているかも疑問な程度でしょう。

 一千年ほどを経てこれだけ多くの人間が全て同じ条件で生まれているのですから、似ている訳がございませんよ」


 ううん。そういうものなのか。でも、マグナの人間とは思えない能力なんて明らかに先祖返りだろ。


「マグナは僕よりもあの子よりも、エズイラに似ているかもしれないね。だから呪いの影響をあんまり受けなかったんじゃないかな。テラもそうだね。多分僕のことも見えているし」


 ほら、全く全然普通じゃない。

 てかさ、?見えてることが、エズイラに似てる?

 あれ、ちょっと覚えがあるような。

 だってクロノ言ってたよな?クロノの姿は、普通の人には見せようとしないと見えないし、話をすることもできないって。だから前世でも、俺とは話ができたけど、俺の妹だったニコとは話ができなかったんだし。

 つまり、エズイラって神子だった人?

 それで、マグナやテラは神の系譜の先祖返りで、かつ神子の素養を受け継いでいる??


 あ、絶対勝てるわけないやつだ。むしろ勝てる人間とかほとんどいないやつ。むしろ人間かもあやしいやつ。

 いや、争う気は最初からないんだけどな。争わなきゃならないくらいなら全力で逃げるだろ。


「そうですか」


 珍しくマグナの穏やかな笑みの残像をほんの一瞬だけ見た気がしたが、すぐに後ろ姿しか見えなくなった。

 ふーん、と少しだけにやにやしてしまう。テラが優秀だと嬉しいんだろ?お前本当に弟妹属性好きだよな。



 そんなこんなと周囲を確認しながら下山すると、エズ村の様子は見る影もなく変わり果てていた。

 エズ村から見上げた元鉱山はすっかりと木々に覆われているし、ただっぴろい乾いた土の広場だった場所には草や花が茂って、泉まで湧いていた。

 妖精が舞い踊り、地の上には見たことのない小さな生き物……なんだこれ?動物に似たもふもふ獣が走り回っている。

 けたたましい轟音に耳を塞いで振り返ると、俺よりも背が高くなったムッキムキの二匹の山羊が光り輝いていた。まじでなんだこれ。


 まだ陽が昇り始めたばかりだというのに、住人は皆広場に集まって、地に膝をついて座り、山の方を向いて深く頭を下げていた。老人も、小さな子どもも、全員が静かに、祈るように。


『お兄!』


 俺たちに気づいたテラが、顔を上げて両手を振る。

 頭を下げていた住人たちが一斉に顔を上げた。その表情は奇跡を目にして感動しきっていて、涙を流している者もちらほらいる。

 そうか。エズ村の者たちは、目に見えないものごとを感じ取れるのだろう。呪いが解けたことを知り、この地の祝福に感謝を示しているのだ。


 一人一人の周囲を、動物っぽいもの……おそらく聖獣?や、妖精が自由に取り巻いているが、これは個人差があるみたいで、その存在に気付いている者もいれば、全く気付かない者もいるようだ。

 テラの周りにはひときわ多くの妖精が集い、小さなもふもふたちに身動きが取れないほどに囲まれている。


『竜神は目覚めて、呪いが解けた。ここに残るのは恵みだけだ』


 マグナが村人たちの前に立ってそう伝えると、みんなまた平伏して口々に感謝の言葉を紡いだ。その歌うような音の言葉に妖精たちが舞い踊り、村中に花や果実が実った。

 実にファンタジーだ。



『お兄、もう行くの?また来てよ。会いたい』


 この事態の収束のために、俺たちは領主館へ急ぐはめになった。さすがにやらかしすぎだし、多分エズ村周辺の景色が変わったことでエドワリース領は大騒ぎになるだろう。

 お祝いムードの中、すぐにエズ村を発つことを伝えると、テラはしょんぼりと項垂れた。留守番を悟った子犬のような姿に、俺より年上のはずなのに弟認定してしまいそうになった。いやいや、うちの弟妹たちの方が可愛いんだからな。

 とか強がっている俺の元にもやってくると、テラは俺の手を両手で握ってぶんぶんと上下に振り回した。


『お兄の主も来てよ!今度はいっぱい遊ぼ。仲良くしよ』


 俺の弟にしてもいいかな。

 弟妹属性に弱いのはマグナだけではないって、そんなこと知ってる。


 ともあれそんな風に急ぎで別れを告げて、俺たちはエドワリースの領主館に向かうべく、来た時に乗ってきた馬車へと向かい。


 ―――――!?


「すっげーな!素晴らしいです!こんな、こんなこと……さすがのマグナ様、カトゥーゼ男爵様!!」


 ぴょこんと御者席から飛び降りてきた少年に詰め寄られた。


「ええと。取り敢えず領主館で話をしようと思うんだ」


 俺は頬を掻きながら感動に目を輝かせた御者へと向き合う。

 ………意外と背が低い?

 俺を見上げる視線の高さ。キャスケットみたいな膨らんだ帽子の下には白い肌に零れ落ちた長いピンクブロンド。ばっさり睫毛に縁どられた澄んだ青い瞳。

 エリストラーダには少年の御者って割といて、そんなに気になったりはしなかったんだよ。でもこうやって見てみると、この御者はかなり若くて、それにこれ、たぶん…………女の子?


 そんでもって、俺のことカトゥーゼ男爵って呼んだよな。

 ちょっと知った風なかんじだったよな。


「お任せください!おらがちゃんとに伝えっから!この地の呪いが解けて、聖地へと移り変わる奇跡の一瞬を、エドワリースの伝説として語り継っから!お任せを!!!」


 御者は感動冷めやらぬ感じで俺の目前まで歩み寄り、顔がくっつきそうなほどに身を乗り出す。……うっ、不覚にもちょっと可愛い。


「あっ、ごめんな。おらね、ラティアっていうんだ。ラティア・エドワリース」


 御者が帽子を片手にとって、たどたどしく頭を下げる。ばさりと長い髪が広がり、美少女の様相を露わにした。

 まさかのエドワリース子爵のご息女。………そういえばこの領地の男はエズ村に近寄れないって言ってたもんな。だからと言ってまさかの領主の娘とか。

 まぁ、目撃者として証言してくれるなら助かるか。


 エリストラーダの東端、一地方の小貴族であったエドワリース領。

 ある日突然地の恵みを取り戻して楽園へと変わった聖地のようなこの村での出来事を、誰がどう納得させられるっていうんだよ。なあ?

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