エズ村の呪いと祝福 4
行かなければならない気がした。
夜中にふっと目が覚めて、山がぼんやりと光っているのに気づいた。
考えるより先に、行かないとと感じて起き上がると、クロノがにこりと笑って手を差し伸べてきて。
その手を取ると、俺たちは光の元へと移動していた。
乾いて固まったコンクリートみたいな土の先に、ぽっかりと黒い空洞が開けている。
この硬い土にどうやって描いたのか、大きく精巧な文様……多分、魔法陣が地面に掘られていて、そこからライトアップするかのように淡い光が立ち上っていた。
空を照らす光が、キラキラと黒い鉱山に反射して照り返し、周囲の明るさを増している。
そんな幻想的な光景の中で、マグナが魔法陣の元に佇んで考え込むように俯いていた。
「どこが不完全なのか……」
「なつかしいなぁ。うん、よくできてる。足りないのは呪文のほう」
「おや、こちらの神がおいでなさいましたか」
マグナは顔を上げてこちらを見ると、片眉を上げて小さく微笑んだ。
「だってこれは、ずいぶんと昔に神殿が僕を呼ぶときに使ったものだもの。絵と文字と言葉。それと贈り物だっけ。それが神殿の決まりだったんだ。僕は呼ばれるから行くだけなんだけどね」
クロノはにこにこと何でもないことであるかのように答えた。……多分この世界にとっては色々とたいへんな事実なんじゃないかと思うんだけど、それ。
「さあ、君もそろそろ起きなよ。ずいぶんと寝坊が過ぎているよ」
クロノが鉱山とされているその黒い塊に語りかけた。
―――地鳴りが響いた。
乾いた大地が細かに震え、低く
魔法陣から立ち上った光が、明確に黒い塊へと吸い込まれていく。空にのぼっていたはずの光が、空中に白い線を描きながら一直線に空洞へと向かった。
まるで映画やゲームでの重大なイベントの演出みたいな、何かが起こる予兆を五感で感じて、圧倒された。
それでも不安や恐怖を感じないのは、隣で神様がにこにこしているからかもしれない。
巨大な山の一面がゆるりと持ち上がり空に向かう。その目が開くとぽろぽろと貼り付いた岩や黒い欠片が落ちて行った。山道に添って垂れ下がっていた尻尾も持ち上げられて、土煙りをあげながらその下の乾いた土が露わになった。
ぽっかりと空いた胸に残された白い骨。
鉱石、か……それは高性能なはずだろう。こんな巨大な
『お久しぶりです、父上』
聞いたことがない言語が頭上から降ってきた。
『うん。久しぶりだね。君が生まれたときぶりだ』
クロノが竜を見上げて返した言葉も、竜と同じで知らない言語だった。
あ、アプセルムが昔祈りを捧げた時の言葉に似てる……かな?
ん?てか、父上?
クロノが父上ってこと??!
『会えてうれしいよ。君は元気ではなかったようだけど』
『そうですね』
クロノが眉尻を下げて笑うと、竜はのそりと
どこから声が出ているのか疑問なからっぽな胸に、もともとの大きさを示しているかのような白い骨組み。体積は半分以下になってしまっているのだろう。確かに元気とは言えないに違いない。
竜はふとこちらを見て、静かに頭を下げた。見上げるのも遠いはるか頭上で、山が動いているかのような巨大な影が動くのは何とも不思議な光景だった。
『神子殿、よくおこしくださいました。それに、君は……ああ、彼女によく似ているね。素敵な目覚めだ』
目を細めてマグナを見つめる竜に、マグナは丁寧に頭を下げた。
『お目通り叶いまして喜びの限りでございます。仰られますとおり、私はあなた様と神子姫様の血を受け継ぐもの、かつ、それに仇なしたものたちの血筋でもございます』
竜は大きな頭を少し傾けて、マグナをじっと見つめた。
『ああ、そう。そうだったの。可愛い我が子たちに、私はひどいことをしてしまったね』
しょんぼりと目じりを下げて、竜がうなだれる。
『けれど、どうしようね。君たちを守りたい気持ちでいっぱいで、私は苦境にある君たちにこの血肉を与えてしまった。もはや、怒りのあまりに彼らの血脈を呪った頃ほどの力を持っていない』
山みたいなでっかい姿で、ここに住まう人たちに祝福や呪いを授けることができるくらいの力をもった竜神がしょんぼりと項垂れている様子は、困り顔のクロノに似ていた。
父上って言われてたのに驚いたけど、すんなり納得できそうなくらい似たものを感じる。
クロノの顔を比べるように見たら、目が合った。
ふっとクロノの頬が綻ぶ。嬉しそうに、それでいてどこか達観したような慈愛に満ちた綺麗な微笑みだった。
『大丈夫。だって、
……だからようやく、君に会えた』
真っ白なほどの光に包まれた。
目も眩むほど白いのに、その光は優しくてちっともまぶしさを感じない。
『君はもう許してもいい。君はもう許されていい。さあ、君の大事なものはその足元にあるよ。君の足元で、ずっと君を待っていたはずだ』
光のような霧のような白さにおおわれて、周囲の景色もわからないただ白いだけの空間で、竜の空っぽだった胸が肉に覆われて、あるべき姿に戻っていく。
竜がクロノの言葉に従って足元へと顔を寄せると、小さな花が一輪白い空間に浮かび上がった。
『ああ、エズイラ。そんなところにいたのかい』
とてもとても幸せそうな竜の声が、光の中で響いた。
やがて花はうっすらと少女の姿を光で描き、青年の影へと姿を変えた竜と手を取り合って。
ひときわ強い輝きを放って、消えた。
強い風が吹き抜けて目を閉ざした。
目を開けると、その先の景色は全くにも変わり果てていた。
夜明けの光の輝きと共に、キラキラとしたものが降り注いでいる。
ざあっと風がそよぐのと同時に、足元にふさふさとした緑の絨毯が広がって行く。
ぽん、ぽん、と弾けるように伸びてきた茎に色とりどりの花が咲いて、そこからまたふわふわと光が舞い上がる。
光の奇跡が俺たちの周りをくるくると回り、そのうち一つが良く見知った形になった。
「お父さま、神子さま、ありがとうございます」
ピンクブロンドの髪をなびかせて、リドルより一回り小さな妖精がぺこりと頭を下げた。ほんのり透き通っていて、見慣れた妖精よりも存在感が淡い。
空中に浮かぶ妖精は、小さな種を大事そうに胸に抱いていた。俺にはその種が、あの竜なのだとなんとなくわかった。
「待たせたね、エズイラ。その子をよろしくね」
「はい。また芽吹くまで、今度は私が待ち続けます。この地に繁栄を。ずいぶんと溜まり続けた神聖なる力と彼の祝福は、数百年は絶えないでしょう。私はこの地を守り、可愛い子らを守り続けます」
「うん、ありがとう」
キラキラ、キラキラと漂う光に、見覚えがあることに気づいた。
これ、うちの家の前と一緒なんだ。
つまり魔力が飽和した状態の魔力草が放つ光なんだろう。
ぽん、ぽん、と新しい花が開くたびに、うっすらとした小さな妖精たちが空中へと飛び立って行っている。
歌うような楽し気な余韻を残して、多くの妖精たちが山の上から麓に向かう。
きっと今頃、あの痩せこけた山羊たちは目を回しながら一面に茂る草を食んでいるのではないだろうか。
「主様」
広がる草原に圧倒されている俺へ、マグナが改まった様子で丁寧に頭を下げた。
「この度のこと、感謝に堪えません。この地へ希望ある未来を与えてくださりありがとうございます」
「えっと?俺なにもしてない……と、思うんだけど?」
何で俺。思いも寄らな過ぎて疑問符だらけで間抜けな返事が出た。
だって俺ほんとに何もしてなくね?
妙に焦ってそわそわしてる俺に、妖精エズイラは可愛らしい顔でにこにこと笑いかけた。
「神子さまのおかげなのです。神は神子さまを通じて世界を感じ、認識されていると、そう聞きました。私も彼の言葉の全てを理解できたわけではないのですが、神様には制約が多いのだとか。ですので、お父さまが彼を案じようと、自ずから手をお貸しになることはできなかったのでしょう」
「そうだよ。僕は大きく世界を変えてしまってはダメなんだ。世界が歪んでしまうから。僕が間違ってしまったら、この世界が滅ぶだなんて嫌でしょ?だからね、人の望みを叶えることはできるけれど、僕が望んではダメなんだ。
神子は僕と一番波長が合う相手だから、他の人よりも多く伝わるんだ。僕は、神子の望みなら叶えるよ。だいたいほとんどね」
クロノがにこにこして俺の方へ駆け寄って、ぎゅっと俺の手を握った。
いや、ちょっと怖いこと言ってるな?
つまり神子、……俺も間違った事をしたならこの世界が大変なことになるってこと?えっ、聞いてないけど?
「主様が私欲のないお人柄でまことによろしゅうございました」
マグナがふっと笑い、やれやれと言いたげな感じで肩を竦めた。
「意のままに多くの人の生き様を変えることができる御身ながら、等身大のただびとでいらっしゃる。それも、とてもお人好しな」
からかうトーンで付け加えて、マグナは柔らかに微笑むとほんの少し視線を逸らした。多分照れている。レアすぎてビビる。
取り敢えず、大団円っぽい和やかなムードに囲まれながら。
朝日の照らし出す緑の大草原を見つめて俺は思った。
………他人の領地でしでかしすぎだろ。どうしたらいい?
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