エズ村の呪いと祝福 2
父経由でエドリワース領主へときっちりと話を通したこともあり、俺とマグナはエドワリース領主館の
本当は
そのため今回は、普通の旅程を組んでいる。
エドワリース領はエリストラーダの東部。領地の東端にエリストラーダと隣国を隔てている山脈があり、山脈に寄るにつれ標高が高くなる立地だ。
それでも農業と牧畜をメインとした広い領地を持っていて、俺達が住んでいるエリストラーダ北西部に比べたたら少しなだらかな土地が多い。
エドワリースの領主館は領地の西寄りにあり、東の山脈の中腹にエズ村はあった。
領主館までは移動拠点を利用させてもらうとしても、今回は途中から山登りコースだし。辿り着くまでは丸一日くらいと予測している。
往復でも二日。エズ村への滞在期間を考えると三日以上。泊りがけの旅だとか、実は今世で初めてかもしれない。
移動拠点を通ってすぐ。古びた会議室みたいなこじんまりした部屋で迎え入れてくれたエドワリースの領主は、父と同じか少し年上くらいの気弱そうなおじさんだった。
いや、エドワリース子爵に対しておじさんってのもどうかだけどな?
今やマグナはエリストラーダ中で有名になっている。そのマグナがエズ村の出身ということにおじ……子爵はばつが悪そうに眉尻を下げて、今までの寄付へのお礼を言った。
「私たちの領地は恥ずかしながら裕福とは言えず……エズ村は昔から、この地に商団を構えるエアル家の管轄地となっていました。支援が必要な状態とは知りながら、力及ばずに……」
そう言って本当にすまなさそうに言葉を途切れさせたエドワリース子爵は、善良そうな人に見えた。
エリストラーダ東部も北西部と変わらない状況なのだろう。中央貴族の食糧庫として働いているものの、見返りは少なく、時に都合よく利益を奪われてしまう。
アトラントは広大な土地と豊かな実りを持っているから、貧しくまではならなかったんだろうけど。地方貴族は自領の運営に苦労している所も多いというのを目の当たりにした。
「それに……このようなことを言っても信じられぬかもしれません。ですが、我らエドワリースは、あの地に嫌われているのです」
頭を下げるのをぐっとこらえているかのような子爵の様子に、マグナは深く頭を下げて穏やかに言葉を返した。
「存じております。あの地は、呪いと祝福を併せ持っておりますから」
えっ、なんの話?
涼しい顔をしているマグナをじっと見つめると、ちらりと視線を返して小さく片方の口の端を上げた。これは俺の反応を面白がってるな。
「特に領内の男性は呪いを授かりやすくございます。いたしかたございません」
「やはりそうか。私の祖父も父も兄も、私も。何度かはあの地へと足を運ぼうとしたことがありました。ですが、たどり着いたことはなかった。ところが数年前、共に出かけて道中ではぐれてしまった妻はエズ村にたどり着いたというのです」
「それで、ご夫人がエズ村を取り戻してくださった」
「ええ。我々は近づく事もできなかったので、ようやく交渉することができました。エズ村は鉱山資源が枯渇してきていて、エアル商会はエドワリースに統治権を快く返してくれた。それで、幾らばかりか貴公からの支援を届けることができました」
「幾らばかりか、ですか」
「申し訳ない。統治権を取り戻しはしたものの、あの地にものを運ぶ手段がエアル商会を通すしかなかったのです」
「なるほど」
マグナと子爵の重々しい話は続く。
つまり、エドワリース領の男たちはエズ村に近寄れなくて、エアル商会ってとこがいいように搾取してたってことらしい。
そうだよな。エズ村の特産物である鉱石は、頑丈で結構いい値段で取引されてるらしいし。産出量はここ数十年でぐんと落ちたらしいけど、普通に売買できてたなら昔から貧しい村であったはずがない。
その上、今も支援しようとするとエアル商会に着服される。それで、子爵も思う所はあるけど、エズ村に近づくこともできないから手が打てないと。
子爵、領内の事情についてぶっちゃけすぎじゃね?正直なんだろうな。
まあ、俺はまだ政治的なことに全く足を突っ込んでない……はずだから、多分マグナのおまけ程度にしか見えてないんだろう。子どもへの警戒心ゼロで一緒に聞かされてるとこはありそう。
「ご事情はあいわかりました。久々の帰郷で未だ私の理解の及ばぬこともございますでしょう。帰路にお時間をいただければ幸いでございます」
マグナはほんの少しだけ考えて、子爵へ一礼した。
眉尻を下げたままの子爵に見送られながら、俺達はエズ村へ向かう馬車に乗り込んだ。
久々の馬車旅だ。
ん?久々っていうほど馬車に乗った覚えがない気がする。
アトラント領内は基本徒歩だし、領境を超える時には基本的に移動拠点だろ。仲間たちと出かける時は瞬間移動するし。
実は馬車に乗るのって、人前で移動するときくらいなんだよな。
物珍しい感じで流れてゆくのどかな景色を眺めていると、ぽんと膝に何か置かれた。視線を向けると、向かいに座るマグナから、更に更にとうず高く書類が積まれていっている。なんなんだ。さっきの話と何か関係が……
『地域別作付け条件における収穫高の相違について』
『宝石鉱山作業員の移住に伴う宿場町の整備と居住区の拡大の進行状況報告』
『街道周辺の町における不足物資、資源』
『開拓における伐採木材の利用状況、過不足の分布』
――――――なんでだよ!
「せっかく長々とお時間が空くのですから、まとめておきました」
良い笑顔を向けてくるマグナ。くっそ、しごできイケメン。
いや、読むよ。ここまでデータまとめてくれた労力ハンパないだろうし読むよ。でも旅ってこんなんだったかなぁ?!
しかも資料がわかりやすい。まじで文句すら言えない。唸りたい。
ガタガタと体幹が鍛えられそうな揺れの中、規則的な馬の
夕暮れに差し掛かる頃には、道は緩やかな傾斜の丘陵を抜けて、本格的な山へと差し掛かっていた。
時間帯的には一泊してから山に登り始めるのが通常なんだろうけど。急げば宵口にはエズ村に辿り着けなくはない、らしい。
夜に差し掛かった頃合いの山登りなんて、どこの地域でも普通はしない。
夜行性の獣だって脅威だし、この世界には魔物だってでる。山岳の地形や気候の恐ろしさだけでも危険なのに。
だけどマグナ曰く、この辺の夜道は安全らしい。
エズ村へは向かう道は互い違いにはなれないくらいの小道だが、馬車が通れる幅があった。エアル商会が出入りするために使っていた道だ。
そして、エズ村付近には獣も魔物も出ないらしい。
「守られているからね」
ふふ、と軽やかな笑い声が隣から響いて思わず飛び上がりそうになった。
いつの間にかそこに存在していたクロノが、懐かしそうに目を細めて窓の外を眺めている。
「おいでなさいましたか」
マグナはまるで予測でもしていたかのように、平然とした様子でクロノを見つめた。
そうそう。だからその話、俺にはわかんないんだってば。
じっとりと恨めし気にマグナを睨むと、マグナは大げさに肩を竦めて深く溜息をついてみせた。
「エズ村は、かつて黒竜と人の子のつがいが住んでいた場所だったと伝えられています」
ちゃんと語るつもりはあったらしい。揶揄じみた態度は急になりを潜めて、マグナは静かに喋りだした。
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