エズ村の呪いと祝福 1
色々と驚いたサラジエート訪問を終えて。
ソルアはタラストラ・ユーリアドラ兄妹との商談に忙しいらしい。最近はうちを留守がちだ。
これまで何度か経験してきたが、ソルアが留守がちになると……アトラント領主館が荒れるんだ。
…………女性関係で。
普段はマメで抜かりがないソルアは、絶対に仲の良い女の子同士が顔を合わせないように上手にスケジューリングしてるんだろうけど。
忙しくて留守がちになると、押し寄せてきて顔を合わせてしまって修羅場が始まる。修羅場だ。俺たちには全く関係ない修羅場。本当にかんべんしてほしい。
っていうか、なぜか昔からソルアはモテる。なぜだ。解せない。
ソルアは俺の従弟……父の姉の息子だ。俺の周りにいる憎きイケメンたちとは違って、イケメンオーラを持っていない。
俺よりも5歳年上で、現在16歳。まだ成長途中なのかもしれないが、細身で身長は高くない。明るい赤茶のふわふわのくせ毛を適当に結んで垂らした、どちらかと言うと中性的なTHE少年って感じだ。善良そうな二重の垂れ目ににこにことした笑顔……商売が絡むとギラギラだけどな。
そう、ソルアは俺と同じ地味な容姿枠なはず!
なのにどういうことだ。修羅場が繰り広げられるくらいモテるなんて。
いやいやいや。羨ましくなんてないぞ。修羅場はノーサンキューだからな。爆発するならうちじゃないところでやってくれ。本当に。
なんて、どこか腑に落ちないもらい事故に疲労を感じているこの3月。アトラントの短い冬はすっかり通り過ぎ、花も咲き乱れる春まっさかりだ。
この春、マグナは最短で大学を卒業することになった。
……2年ちょっとしか経ってなくね?
そもそも、この国の大学は研究機関に近いような特別な場所だ。課題履修はあるけれど、ほとんどが各自自分の専門分野を深めてねっていうのと、各自の成果を発表し合ったり、そういうのがメインらしい。
それゆえに、卒業資格っていうのも研究成果によるところが大きい。つまり、この歩くうぃき先生みたいなマグナの実力なら、入学と卒業は同義みたいなものだろ。
それだけの実力を持つマグナなので、大学から講師として籍を残して欲しいと打診を受けていた。
最初はカトゥーゼ家の使用人だからと断ったみたいだけど、うちの父の後押しと、大学の図書館や文書を自由に使えるという利点を受けて、講師としての仕事はその時々で相談、という条件で受けることで同意した。
父がそう譲歩させた、に近い。
うちの父は、15歳でこの家に来たマグナのことを息子と思ってるところがある。マグナは恐れ多いって言うんだろうけど。
でも、いつでも使用人としてではなく家族として考えてると思うんだ。
熊みたいなデカくてゴツい父だけど、子ども好きなんだよ。カトゥーゼ家にいる子どもは全部自分の子どもみたいに思ってるんじゃないかな。
そういう懐のデカさ、ちょっと格好いいよな。幼い頃から母がベタ惚れだというのも納得できてしまうかもしれない。
……父を褒めるのってなんか恥ずかしいな?
そんな父は、マグナのちょっとした事情を気にしていた。
そして、マグナが大学を卒業し完全にカトゥーゼ家の使用人として勤める折に、俺にこっそりと相談してきたんだ。
マグナに故郷を見せてやって欲しい、と。
マグナは一定のお金ができると、いつも父の了承を得てそのお金を寄付していたという。
エリストラーダ北西部のこの辺りとは遥か離れた、東の果てのエドリワース領で最も東に位置する、山岳で隔たれた国境にあるエズ村へ。
それは、以前マグナがこの国で最も貧しいと言っていた、彼の故郷だ。
マグナにいつかの折に、ほんの少しだけ聞いたエズ村の話。
大人も子どももなく生きるために日の出から日が暮れるまで働き、最低限生きていけるだけの食事を配られる。村に店なんてものはなく、ほとんどが自給自足。
大人は岩山の石切り場で重労働を課せられていて、働けなくなった老人やまだ力仕事ができない少年少女が生活のための労働と幼い子どもの世話をする。
文字を習う機会なんてなく、独特のなまり言葉は村の外では通じない。
村の外からくる監督官が労働の管理をして、生きるために最低限なものだけを配給してくれる。
奴隷という名前がつかないだけで、実質は従う事でしか生きられない奴隷たちの村。
マグナは『文字』を学ぶことで、そこから逃れたのだと。
エズ村出身のマグナには姓はない。エズ村のマグナ。だから、マグナ・エズと名乗る。
そんな素振りなんて一切見せないけど、故郷を姓として名乗り続けるほど本当はずっと気にしているんだと思う。
アトラントから遠く離れた、付き合いのないエドリワース領。部外者、それも他の領地の中心的な人間が介入する事は難しい。
これが近隣の親しい領地であるのならば、少しは話ができるのかもしれない。もしくは他の領地とは全く関わらない商家や資産家ならば、大っぴらな寄付や交渉なんかの介入もできるのかもしれない。
だけど、アトラント領の主である父が下手に干渉したならば問題になりかねない。
マグナは、俺たちにはあんな風に飄々と好き勝手してるけど、うちの父には忠臣なんだ。だから父が悪い噂を立てられるかもしれないようなことは絶対にしない。
せめても、ただ自分の名前で寄付を贈る。贈った寄付がどう使われるのか、本当にエズ村に届くのかすら見守ることは叶わない。それでも。
その姿が、父にとっては不憫だったのだろう。
俺にそんな風に打診がやってきたってわけだ。
領主の息子であるだけで何の力も持たない俺ならば、父や側近たちが関与するよりも影響は少ないだろうからって。まあ、実際に政治的な権限は持ってないんだけど。
俺もちょっとばかり気になってはいたし。何かできるのかも実際にやってみなければわからないんだけど。
何もしないよりは、ほんの少しでも前向きな何かができたらいいなって思うから。
「なあ、マグナ。一緒にエズ村に行ってみないか?」
思えば俺が出かけたことがあるのは、エリストラーダ北西部の付き合いが深い領地と王都だけだ。それ以外には、まだ行ったことがなかったな。
だからこの遠出は、俺の見聞を広げるためでもあるだろ?
「……旦那様のご温情に、痛み入り御礼もうしあげます」
一瞬だけ驚いた様子だったものの、なんだかすっかりと父の差し金と理解しているマグナは素直に頭を下げた。
エドリワース領の領主には父からマグナの里帰りの報告やり取りをしてくれた。向こうもアトラントと同じで特に入出制限はしていないようだけど、後で他領の者に勝手を振る舞われたともめてしまわないよう根回しだ。
そうして4月の始め。俺とマグナはエズ村を訪れることになった。
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