西都サラジエート
「ねぇ、ご主人様!レイきゅんもパーティーメンバーにいれちゃったらどう?」
前回の試合の後、リドルのそんな提案から俺たちのダンジョン探索メンバーが増えた。
元冒険者だったサーフが住んでいた他の大陸にある魔窟。サーフがうちに来てからは、もとのメンバーである俺とリドルとクロノの4人パーティーで……ほぼ遠足みたいな探索レベリングに出かけていた。忙しいのもあって、月に数回くらいだったけど。
強さを求めて、腕も立つ。確かにパーティーメンバーとして定石の前衛系。そこに目を付けたリドルがフレイアートを勧誘。フレイアート……今更ながら、レイと呼ぶことにしたけど。レベリングと聞いて喜んだ戦闘狂は喜んで仲間に加わった。
それからひと月ほど後で、レイも加わってのダンジョン探索初回をしたんだけど。大事件が起きたんだよ。
何せ、そんな話をしていたのはあの鍛錬場で、観戦客の前だったものだから。この話に一番に飛びつくに違いない人……アリー先生が、強すぎる目力を微笑みに隠してにこにこと「私もご一緒したいですねぇ」などと言い出し。アリー先生の引率の元、新パーティーでダンジョンに向かったんだ。そうしたら。
………魔物が、いなかった。
入口をくぐって間もなく、アリー先生が剣の柄に手をかけた瞬間。魔物がさーっといなくなった。それから先、結構がんばって進んでみたんだけど、やっぱり魔物は見当たらないし、いたと思ったら逃げていくんだよ。
そもそもクロノとリドルだけでも、だいぶ戦力過多っていうか、もう負けようがないんだけど。
やっぱ、アリー先生……恐るべし。
そんな新しい交流もしながら、今年もアトラントの大地の恵み大豊作の秋が過ぎ。
アトラントの短い冬真っ盛りの12月。
サラジエートの中心部が盛況だから遊びに来て欲しいってタラストラとユーリアドラに街道開発メンバーで招待を受けた訳だけど。
その発展ぶりを目にして驚いた。
始めて街道開発の話がでたのは、ソルアと出会ったばかりの頃。思えばもう5年も前になるのか。
それからたくさんの議論を重ねて、データを集め、検証をして。小さな子どもだった俺たちは、父や叔父、タリーなど大人たちとも相談を重ねながら、隣国に繋がる新街道を作ってきた。
エリストラーダの王都は、ゆるい逆三角形のような国土のやや南寄りにある。国土のど真ん中に険しい山脈があって、それが北西部に向かって伸びているのだが、この北西部……つまり、俺たちの領地周辺は、山脈が幾筋も走る、林業と農業しか取り柄のない、だだっぴろい未開の土地だった。
そのため西側の隣国への経路は、王都から少し東北側へと向かい、山脈を迂回して北部を通るルートしかなかった。それも、隣国に入ってから南下しなければ首都には辿り着かない。
俺たちが開通した街道は、王都から北西部を通り、そのまま隣国の首都近くに通ずる道だ。タリーの交渉の手腕が為した技なのか、国境に速やかに新しい関門も設置してもらったので、そのまま首都へと向かえる点も踏まえると大幅に距離も日程も削減ができる。
サラジエートはこのエリストラーダの北西部の中で、一番首都に近い。林業、農業を主にしているこの辺りの領地の中で、中央政権に関わる機会が多く、立地上生産性は少ない場所だった。
ユーリの計画は、サラジエートを隣国への中継都市にすることだったけど。
目論見通り、今までの経路よりも大幅なショートカットで王都から隣国へと向かう事ができる街道は今では大賑わいだ。
途中で通るアトラント領内の町設備が不足してて、うちはうちで宿場町の設置の対応に追われていたから、サラジエートの発展をゆっくりと見る暇なんてなかったんだけど。
その間を中心部の開発に費やしていたサラジエートは、まさに驚くほどの大都市になっていた。
「お招きできて嬉しいわ、リュー様」
優雅な仕草でユーリが微笑んで礼をした。その瞳は自信に満ち溢れていて、隣にたたずむタリーへ同意を求めるように誇らしげに視線を投げかける。
俺より1つ年下のユーリももう10歳。初めて会った時の倍の年齢だ。
もともと落ち着いた性格に、背が高めで年齢以上に見えていたけど。今でも大人びていて、街歩き用に装飾が控えめの、でも明らかに高級そうなドレスを着た姿は立派な淑女だ。
まだ幼さが残る輪郭に、少し釣り目の美人めな顔立ち。サラジエートのめざましい発展に伴って、現在エリストラーダ有数の高嶺の花と言われている。
……俺が言ってるんじゃないからな?他意はない。友達と思ってる相手に一方的に振られた過去を思い出させないでくれ。
「ああ、ぜひ同胞アトラントには確認いただくべき成果だ」
タリーはにやりと唇の端を上げてユーリへと笑いかけ、こちらへも格式ばった礼をよこした。俺より9つ年上のタリーは、少し小柄だがもう何処から見ても立派な青年だ。
来月婚約者と結婚する予定だけど……変わらずユーリ至上主義のようだ。政略結婚の婚約者は、領地開発に力を入れるタリーと同志である女性実業家的な人で、この兄妹中を微笑ましく見ていられる懐の広さは聖人なんじゃないだろうか。
まあ、タリーの場合はユーリも溺愛しているが、すっかりと傍若無人っぷりをひそめた弟、フレイアートのことも溺愛しているらしい。淡々とした策略家の仮面の下では、年が離れている弟妹スキーなのだ。
ちなみにこの場にレイがいないのは、本人の辞退からだ。領地の事など我関せずに強さにしか興味がない戦闘狂。まあ、それが受け入れられるのはサラジエート家の家柄でもあるのだろう。
二人の案内で、サラジエートの中心街を観光する。
俺の隣には金のなる木を見つけ出すのに忙しいソルアと、俺の側付としてマグナがいる。
ソルアは街道開発の発案者でもあるし、今ではその父アドニーと共にカドマ商会を率いるエリストラーダ北西部の開発の中心的人物だ。
それにしても。
小高い丘の上にある領主館から少し離れたところにある中心街。丘に続く賑やかな中央通りは風情のある石畳とお洒落なレンガと白壁の建物が並んでいて、王都の城下町と並べられるくらいの優雅なショッピング街だ。なんなら土地の限られている王都の城下町の数倍の広さがあって、たくさんの店が並んだ区画が一つの町ほどの規模でそびえたっている。
流通や搬送がメインである主街道寄りは行商人で賑わっていて、もっと宿場町の雰囲気が濃かったが、中心街はまさに貴族街の雰囲気だ。実際に豪華な外出着姿の貴婦人や紳士が侍従を連れて歩く姿もあちらこちらに見られる。
領主館のほかに、この中央通りにある立派な迎賓館にも
当初の予定よりもずっと多くの来訪者を取り込んでいるのは、このサラジエート兄妹の素晴らしい能力のたまものに違いない。
ちなみにこの迎賓館には、宿泊場はほんの数部屋しかない。
エリストラーダ中央部よりは広いとは言えど、サラジエートはこの北西部では狭い領地である。高級宿の設立は近隣領地に委託して、リゾート地は我がアトラントへ。移動拠点で繋がっているから、宿場は他の領地へと任せているのだ。
宿場だけではなく、流通も。
北西部全体の農作物収穫量を維持したまま(これはは俺たちの研究成果もある!)、王都や隣国の需要をおさえて街道を盛り立てられるような輸出品を作ったり、名産物を売り出したり。そんな依頼と調整、提案や助言なんかを、サラジエートが中心となり北西部全体で行っている。
これもこの北西部にある領地同志の仲の良さのなせるチームワークだ。だてに長年懇意に付き合ってきた訳ではない。田舎の結束は堅いのだ。
ああ、移動拠点があればどこでも行き来自由ならば、街道なんていらないって思うだろ?
大規模な移動拠点は便利だけど危険性を持っているから、未だにほとんどないんだよ。荷車を移動できるくらいの大きさの移動拠点なら、荷車いっぱいの武装兵が運べるわけだし。国境のある領地なんて個人の移動拠点の使用も厳しく取り締まられているくらいだからな。
よほど厳重な警備体制が維持できる場所でしか、大規模な移動拠点は設置できない。本当にこの国で数えるくらいしかないんだよ。王城や騎士団くらいだ。
まあ、小箱いっぱいの荷物なら個人用の移動拠点でも運べるし。特産品を広めるというのは、すごく良い手だと思う。その小箱いっぱいが高く売れるようなものなら、迅速に届けられるっていうのは利点だよな。
田舎で流行って、それを移動拠点を使い放題の貴族がお取り寄せする。これはなかなかに上手い商売ではないだろうか。
いやまあ。うちにはそんなに高く売れるものはないし……いや、宝石も魔法薬もあった。でも、全部カドマ商会を通して上手く販売してくれてるから、深く考えたことがなかったな。
そういう面ではこの商売上手な従弟どのには感謝しなければならない。
「すごいねー、さすがサラジエート様!王都で有名なデザイナーズショップもあるし、あれは隣国の王家お抱えのブランドですね!そこに交じって負けず劣らずのセンスのローカルブランド……これは王都でも流行りますよー。我が商会の宝石をガンガン流しちゃいましょうか」
「まあ。それはとてもありがたい申し出ですわ、ソルア様。お店は充実してきたと思うのですけれども、もう少し来訪者を増やすために何かできないかと頭を悩ませているのです」
「そうだね、娯楽。昼間の娯楽を優雅な買い物に費やすご夫人がたへの人気は十分だけどね。もう一押しを考えるならば、陽が落ちてからの娯楽じゃないかな。王都にはない規模の音楽や芝居、競売なんかもいいね。治安を損ねない程度のカードハウスとか、社交場ともなるサロンとかクラブとか。
王都ではステータスの象徴であるような施設を、誰でも何も考えずに楽しめるのはいいよね。
この町の強みの一つは、王都とは違って一部の上流階級と貴族が気兼ねなく交流できることだと思うよ。敢えて貴族だけにスポットを当てずに、富があれば参入できる場だと、社交として有意義なんじゃないかな。
ただし、あくまでも品位を損なわずに、ご夫人や紳士方が不快に思わない空間でなくてはならないのが前提で。王都よりもほんの少し格式を落として、実利を取るのです。王都ではそれはできないですからねー」
「なるほど、素敵ね。王都やその付近にお住まいの方々が、のんびりと寛いで過ごす時間をお望みだとは限らないものね。
サラジエートは繁華街でもあり、歓楽街でもあり、社交場でもあればより喜ばれるわ。のんびりとお過ごしになりたいのならば、早めに宿場へ戻られれば良いのだもの」
ユーリとソルアは熱く語り合う。これ以上の発展だと?……俺にはさっぱり想像もできないぞ。
「俺、なんかすごいことくらいしかわからない……」
ぼそりと呟くと、マグナがやれやれとばかりに軽く肩を竦めて息をついた。
「問題ございません。我らが領地の方向性とは異なりますので。貴方は貴方の望む発展だけを考えなさればよろしいのです。我々の成果は、決して負けてはございませんよ」
皮肉気にあげられた眉の下で、自信気な瞳がにやりと細まる。励まされているような、自信を持てと言われているような。そんな優しさを感じて、何だか照れくさくなってしまう。
そうだな。たくさん協力し合って、今目の前にそれぞれの成果が広がってるんだ。
エリストラーダ北西連合は独自の連携で各々の発展を遂げ、その中心地であるサラジエートは、いつの間にか西都サラジエートと呼ばれるようになった。
都会にほどよく近い、大きな街道を持つ田舎町。アトラントの立場はなかなか良い条件になったと思っている。
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