試合 2
「それじゃー、ボクが特別にー、キミたちに十分なくらいのとっておきの防御強化をかけとくねー!」
リドルが俺とフレイアートの間をくるくると回って飛びながら、キラキラとした光を降らせた。
最近は忙しくてなかなか出かけられないけど、それでも時々遠足のように開催するダンジョン攻略会でもいつもしてくれるから、俺にとっては慣れた光景なんだけど。妖精ってそもそも滅多に目にできるものではないらしいし、その妖精がどこか神秘的な魔法を使ったものだから、観客たちから歓声が聞こえた。
調子にのったリドルは、高い天井いっぱいをくるくると飛び回ってキラキラとした光を観客の上にも降らせる。その光景になおさらにざわめきが広がっていく。
あいつ、どこまで強化するつもりなんだ。全員で出陣する訳でもあるまいし。
止めに入ろうか考えていると、マグナがこともなげにリドルの羽をひょいとつまんでポイっと放り投げた。くるくる回転しながら放物線を描いたリドルは、へらへらわらいながら頭をかいて戻ってくる。
「エヘヘー、ゴメンゴメン。ちょーっとサービスが過ぎちゃったー」
全くこたえていない様子で、片眉を上げたマグナの肩に乗るリドル。何気に仲いいよな、ほんと。
「ありがとな、助かる」
そんなコントみたいなやり取りを気にも留めずに、フレイアートはリドルへと真摯に頭を下げた。昔の横暴さは面影もない。本当に、変わったものだ。
「さあ、はじめましょうか」
アリー先生のにこやかな一声で、騒めき立っていた場は一挙に静まり返った。
一気に緊張感が貼り巡る。
勝負の時が、始まった。
ルールは前回と同じ。
一般的な決闘ルールと一緒で、相手を戦闘不可と判断できる状況に追い込んだ方が勝ちというものだ。
だだっぴろい建物のど真ん中。互いに軽く刃を当てた練習用の剣から、こもっている力以上の気迫を感じる。
フレイアートは俺を真っすぐに見つめて、嬉しくてたまらないといった感じに唇の端をニィっと持ち上げた。らんらんと輝く瞳には、よく見知った不穏な熱が宿っている。
……そうだ、アリー先生のような。
あ、ヤバい。
開始の合図とともに飛びのいた。目の前に残像を結んだ刀身の軌跡は1つではなく、3振り。速いなんてものじゃない。
と、考えてる間も俺の真上を風が切った。思わず反対に逃れそうな身体を
ゆっくりと息をする暇もない。
これ本当に人間なのか?って疑いたくなるほどに、フレイアートの動きは速すぎる。
取り敢えず時間稼ぎに数歩後ろへと引く。それからフレイアートが前進するのに合わせて、それをかわして背後へと身を滑らせ回り込んだ。
ようやく俺も剣を動かす余裕が。なんて、思ったのは
やっば。速い上に重い。
練習用の剣には砥いだ刃先なんかないにも関わらず、ほんの少しかすっただけで分厚いシャツが引き裂かれてひらりとはためいている。
普通に痛いんだけど。これ、身体強化かかってなかったら既に決め手だろ?
くるっと大きく回ってしまったから、次の一撃をかわすのは間に合わない。
慣性に引っ張られながらも、力いっぱいに剣を振るう。必死だ必死。
ガキン、と鈍い音がして、衝撃に腕が震えた。
その瞬間、ふっとフレイアートの楽しそうな笑いが耳に届いた。
まさに獲物を追い詰める肉食獣……いいや、魔物のほうが的確かもしれない。嬉しそうに狂喜に満ちた笑みを浮かべるイケメン。まごうことなき戦闘狂。
魔物なら、限界まで身体強化して魔法剣で瞬殺オーバーダメージなんて奥の手が使えるけど、人間相手ではそういう訳にはいかない。
取り敢えず、逃げられない俺が取れる行動は、攻めることだけだ。
―――ガキン、ガキン。
正直スピードじゃ負けてると思うけど、出来るだけの速度で剣を振るう。
攻められる隙を塞いでしまうのが一番の防御だ。
右の上段、刺突、からの左下。
うまいことフェイントをかまそうにも、全て見切っているかのように刃先がぶつかった。
この感覚を知っている。アリー先生だ。先生と打ち合う時と同じ感触。
そうか、俺はアリー先生以外とほとんど手合わせしたことがない。だから、アリー先生と普段から手合わせしているフレイアートにとってはものすごく読みやすいんだ。
って理解したところで、どうしようもなくね?俺、他のパターンなんて魔物しかしらないし。ああ、でも対魔物的な動きの方がフレイアートにとっては予想外か?
いや、魔物の動きって無理じゃないか?俺、空も飛ばなきゃ人間踏みつぶすサイズでもないし、四足歩行で弾丸のように駆け抜けたりもしないし、角も牙もないぞ?
っていうかさ、当然なんだけど、攻撃的な魔物ってこういう勝負みたいなのとは違って普通に致命傷狙ってくるだろ。つまり、その行動パターンも殺傷を目的としている訳で。さすがに人間に対して取るべき攻撃手段ではない。
余裕があれば何とでもなるのかもしれない。
だけど、加減を利かせる余裕なんてない。
走馬灯かって思うくらいに必死に思考を張り巡らせながらも、刃がぶつかる鈍い金属音は鳴り響き続けている。まるで示し合わせたように完璧なタイミングで、振り下ろした剣身は受け流され、突き出したならば弾かれる。その間を縫って繰り出される素早い反撃をなんとかいなして、近距離での攻防は続いていた。
荒くなった呼吸の音を認識する余裕も、じっとりと浮かぶ汗を気にしている時間もない。気が逸れてしまった瞬間に防ぎきれなくなると、お互いに理解しているだろう。
そして、このままでは決め手に欠けるってことも。
お互いに打ち出して激しく競り合った斬撃が、刃を交えて空中で止まる。衝撃に手を取られれば隙が生じてしまうから、力を込めてぐっと堪えた。
フレイアートの手元も決してブレることなく、交わった剣は不自然なほどぴたりと静止している。
しばしの静寂にふっと息を整えた瞬間に、フレイアートは眉根を寄せて後ろへと飛びのいて距離を開けた。
手首も指もじんと痺れている。見つめ合うフレイアートの姿には疲労の色が滲んでいるが、きっと俺も同じようなものだろう。
何とか局面を変えなければ。そう考えてるのはお互い様だ。
何ができるだろう。どうすればいいのだろう。
俺には対人的な戦闘経験が全くもって足りない。
フレイアートが軽く正面に向けて掲げていた剣の柄をぎゅっと握って引き込むのが見えた。
瞬時、ぐっと足に力を入れて耐える。―――来る!
脇腹の高さから振られた剣を後ろに逃れてかわし、次のステップで振り上げられた刃がギラリと光るのを見て閃いた。
そうだ、戦闘不能にさえなればいいのだ。
力の加減ができなくても、叩き込める場所が一つだけあるじゃないか!
ガッ。
短く鈍い音が響いた。フレイアートが呆然と腕を振り下ろしたまま固まって、しばらくしてカランカランと不似合いなほど澄んだ音色がやけに大きく鳴り響いた。
「勝負あり、ですね」
アリー先生が楽しそうに笑いを零しながら宣言する。
勝負、ついたっていうか。
俺の
おまけに折れても勢いがついたまま振り下ろされた剣を受け止めるために、俺は尻もちをついて両手で変形してしまった剣身を支えている。次の一手は確実にない詰んだ状況だからなおさらに。
「そうですね」
フレイアートがアリー先生へと苦笑を返す。
剣の柄を握る手が震えて、少しだけ身体を捻ってぎこちなく折れた剣を床に落とした。
リドルがふわふわと飛んできて、キラキラとした光を振りまいてフレイアートの周りをくるくると回った。
「うっわー、ご主人様えげつなっ!!バッキバキじゃーん。でもキミ、強いねー!こんなバッキバキでも動いてるんだから」
なんだかリドルにニヤニヤと含みを持った目で見られてるのだけはわかった。何も悪いことしたつもりはないのに居心地が悪い。
取り敢えず立ち上がって、ぐちゃぐちゃに乱れた服を整える。ものすごくばつが悪い雰囲気だ。
「はーい、指に腕に肩にー、肋骨、足首、踵も、ボッキボキの骨はぜーんぶ優秀なボクが治療してあげたよっ!ご主人様の不始末は優秀なボクが面倒みてあげなきゃねー!」
ふふん、と両腕を腰に当てて仰け反るほどに胸を反らしたリドルが、感謝しろとばかりに偉ぶってにんまり笑った。
……………骨?
思わずフレイアートを見ると、快活に笑いながら汗で濡れた前髪をかき上げて、それから片手を差し出してきた。
「やっぱ、勝てねぇわ。まだ、だけどな」
その手を戸惑いつつも取り敢えず握り返した。
試合の最中の狂気じみた雰囲気がすっかりと抜け落ちた、ただの爽やかイケメンだ。やっぱり俺が負けてね?なんで言えない空気感。
「そりゃー、魔物もぶった切る
リドルがからかうように俺の耳元で笑いながら囁いた。
………………粉々?!
ぞっと血の気が引いた俺とは対照的に、満面の笑みを浮かべたアリー先生が心から満足そうに俺たちを見てうんうんと頷いた。
待て待て待て。めちゃくちゃ色々と怖いんだけど!いろいろとツッコミどころしかないだろみんな?!
一番ツッコミどころ多いのは俺だって知ってるよ!!!でもさぁ……
「良い勝負でした。勝者、ウリューエルト・カトゥーゼ!」
ちょっと引いた観客の拍手と共に、二度目の手合わせは終了した。
………ギャラリーは正常で安心した。
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