フレイアートとハルイルト
「素晴らしい試合でしたねぇ。お二方とも、ご自分の能力を生かしてとても良い戦略を取られていましたよ。フレイアート様のスピードも、ウリューエルト様の力強さも。お互い攻めに攻めての素晴らしき激闘。これほど胸躍る手合わせに出会ったのはいつ振りでしょうか」
上機嫌なアリー先生が朗らかに
いや、ぶっちゃけものすごくヤバい試合だったよな?胸躍っちゃうのは一部の戦闘狂だけだよな?
なんて野暮なことは言えない。フレイアートの目がキラキラしている。
完全に似た者同士の子弟じゃないか。……俺は違うぞ?
から笑いをこぼしていると、一定の距離をおいていた観客たちの中から、ほっとする顔ぶれが歩いてきた。
「やるねー。やるねー。ボクと結婚しちゃう?」
「はぁ?妖精はちょっと。毎回世話になってて、ありがたいって思ってるけど」
「ふむふむー、素直でよろしいねー、ボクと世界を狙わない?ほらほらー、君好みの姿にだってなれちゃうんだからねー」
「何をしているんですか貴方は」
フレイアートにつきまとって絡んでいたリドルを、マグナが顔色一つ変えずにまた摘まんでポイっと投げた。心底ほっとした様子で冷や汗をぬぐうフレイアート。意外と押しには弱い純情ボーイ?
「なかなかにひどい有様でございますね。落ち着きさえなさっておられたら、こんなにも苦戦することはないでしょうに」
俺に向き直ってわざとらしく呆れたような溜息を零したマグナが
次の瞬間、いつの間にか所々デコボコとえぐれていた床板が生き物のようにぐにゃりとうごめき、次の瞬間には何もなかったかのように平坦に戻っていた。
必死過ぎて全く気付かなかったけど、めちゃくちゃ訓練場の床を破壊していたっぽい。いやだって必死だったし。破壊率はきっとフレイアートのほうが高いし。
…………いやほんとゴメン。
「普段見る機会はないんですけれど、リューは魔法だけでなく剣術もお強いのですね」
ハルが穏やかに微笑んで、打ち合った際にかすった肩の傷へと手を当てて治癒魔法をかけてくれた。
ほわりと温かな何かを感じた瞬間に、赤黒く擦り切れていた傷がすっかりと消え去る。手合わせの高揚で忘れていたもののダメージはあったらしい。痛みがなくなって、ふっと肩が軽くなった。
ハルが治癒魔法を習得していたなんて聞いていないけど。ハルの魔法属性は水と風だし、どちらも治癒魔法と相性が良いって習った。
実用に足りるほどの魔法を使える人間って、この国でほんの一握りらしい。だから、これって結構すごいことだ。
「さすがハル」
おお、と感心していると、ハルは悪戯っぽく唇に柔らかな弧を引いて笑い、自慢げに胸を張ってみせる。
標準より少し細身の、でもしっかりと少年っぽいシルエット。作り物めいたほどの白い肌に緩く一つ結びにしたプラチナブロンドが後光を背負っているかのようだ。色素の薄い造りの中で煌めく紫の瞳が、長い睫毛の間から強い意思を覗かせていて、薄紅の唇がやけに艶めいて見える。
長年見慣れてもなお美形。悔しいけどきっと変顔させても美形だ。
美少女にしか見えなかったかつての姿から、目が潰れそうなキラキラした美少年……いや、なんならもう性別を超えて美人の概念そのものなんじゃないかって姿へと成長を遂げたけれど。
好奇心旺盛で努力家で負けず嫌いで。自分の成果を誇らしげにする姿は、昔から変わらない。
「レイお兄様……」
そんな俺とハルのやり取りを、どこかそわそわと見ているフレイアートに、ユーリが呆れたように溜息を吐いて、促すように腕をぽんぽんと叩いた。
困ったように眉尻を下げた笑みでこちらを見るユーリと、同じように眉が下がったフレイアート。あ、この表情はちょっと似てる。初めてこの兄妹が似てるかもって思った。
フレイアートは意を決したようにぐっと拳に力を込めて、それからこちらへと歩み寄ると、ハルに向かってがばりと頭を下げた。
「……昔、だけど。ホンっと、ひどい態度とって悪かった」
長身の直角のお辞儀って迫力あるな。じゃなくって。
そういえば、ハルと出会ったお茶会では、フレイアートがハルを苛めてたんだっけ?もちろんサラジエート夫人に叱られまくったみたいだけど。
その後ハルがユーリの元に遊びに行った時も、絡んでは怒られてたってユーリが嘆いてた記憶がある。
あの頃、ハルは気にしてないって言っていたけど。実際はどうなんだろう……ってか、今まで謝ってもなかったのか?それもどうなんだ?
伺うようにハルへと視線を向ける。ハルは驚いたようにぱちぱちと長い睫毛を揺らして瞬き、それから柔和な笑みを浮かべた。その目は、心底どうでも良さそうな冴え冴えとした色を浮かべている。だけど、優雅に開いた唇から紡がれる言葉は、表情通り柔らかだ。
「何かと思いましたら、今更気にもしておりませんよ」
がばりと顔を上げるフレイアート。眉尻が下がり切って、言い訳を探すように視線をさまよわせるその表情はまさしく叱られた犬のようだ。
ハルはフレイアートのその表情を見て、ふふ、と上品に笑いを零した。それから、美麗な瞳を細めて射るようにフレイアートを挑戦的に見つめ、穏やかな口調で一笑した。
「気にもなりません。貴方よりも私の方が強いですしね」
………第二試合開幕のゴングが鳴ったっぽい。
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