魔法薬の研究仲間
王城への出仕も数回。一人で出歩くにも慣れた、太陽の高い7月。
早いもので、俺ももうすぐ月末には11歳。着実に時間は進んできている。
勿論、今まで通り様々な計画も変わらず進行中で。多彩な仲間たちの協力もあるおかげで、思った以上なんてものじゃない成果をあげている。
一番目につく成果を上げているのは街道整備。サラジエート侯爵領の嫡男であるタラストラによって舵が取られているこの事業は、相も変わらずにかなり急ピッチで進んでいる。
なんと、一年前はまだ土がむき出しだった道は、今はまだ主街道だけといえどきっちり舗装されていて、莫大な交通量を保てるほど幅も広い。
この主街道は、既に隣国の王都へ向けて複数の領地を跨いで、定規で線を引いたかのように整備されていた。
アトラント領からの大街道は、西隣のヨルサンド辺境伯領と、北西部の港街サクリズ伯爵領へ。また、アトラントの南から南東にかけて接するサラジエート侯爵領へとバトンを繋いでいる。
それだけではなく、計画の予定通りサラジエートから南東方向にいくつかの領地を経た王都までの経路も確立されていた。
要するに、今まではひたすら迂回されていた山奥の辺境地、エリストラーダ北西部に、我が国の王都から隣国の王都まで繋がる一本の整備された街道が開通したのだ。
これは、エリストラーダの歴史上でも類を見ないくらいの大事業だったのではないだろうか。
流通の活発になったアトラント領内にはものが溢れ、新しい町もいくつかできた。以前査察にでかけたサントルーナの街なんかは、既に有名な宿場町としてアトラント内のちょっとした都会に変貌しつつある。
アトラントだけでもこれだけの変化があるのだ。最初から交通要所を目指して計画を行ってきたサラジエートは、王都に負けないほど物が集まる立派な都会になりつつあった。
まだ歴史の浅さから言うと王都に並ぶべくはないんだけど、今後の発展はかなり期待できるだろう。
まだまだやることは多いけど、上々すぎる成果といえる。
最近は何らかの仕事絡みで顔を合わせる事が多い仲間たちだけど、今日は魔法薬の研究の為にハルイルトが家を訪れていた。
魔法薬関連の研究では、相談するのはハルと俺、リドル、マグナ、それから時々クロノ。リドルとクロノの知識は人間とちょっとズレてたりするから検証が必要だ。
何か商品化できる段階になるとこれにソルアが噛んでくる。そういう流れが、まあだいたいの通常だ。
「魔法薬どうしの合成についてですが、リューに提供されたものについては全て検証を終えました」
この件については、主導研究者はハルだ。
俺の役目は、相談と魔法植物及び魔法薬の提供。といっても、魔法植物はうちの門前に茂って刈っても刈っても大草原。俺はせいぜい水と魔力を与える事しかしていない。魔法薬の錬成についても、今は領民への委託がほとんどだった。携わる内に練度が上がった者も多いため、以前は作るのが難しかった魔法薬でも任せられるものも多くなっている。
俺は申し訳ないくらい名前だけの共同研究者だと思う。
実用性一色の俺の部屋で、静寂の中ハルの配った資料に目を通す。リドルだけは読むのが面倒なのかハルの肩に座って記憶を読んでいるようだ。
ざっと目を通した資料は、すごいものだった。
需要が多い魔力回復薬。それから、体力回復薬。各種の解毒剤。おびただしい数のその品種を混ぜ合わせた際の反応。条件を変えてでの再実験。
特に、効果を相乗できたものについては事細かに分析されている。
魔法薬は、使用する魔法植物と合成材料、錬成方法により異なる効能があり、その作用ははっきりと限局している。そこは一般の薬剤と同じで、胃腸に効く薬で頭痛は治らないのである。
まあ、薬理で言えば生体の何処にどう作用するかで、同時に複数の器官に影響を与えるって事は普通にあるんだけど。
例えば傷が痛い時に、痛みを感じる神経を鈍らせるみたいな。でも、神経を鈍らせるから眠くなったり胃腸の働きが鈍ったりもする。そういうのは、副作用にもなり得るんだよな。
それが魔法薬でも同じと言えるかは、まったく未知だ。何せ魔法薬の作用機序が明らかではないし。
でも、ハルの集めたデータには、その可能性を検討できるだけのものがある。形になるのは何がどう作用する可能性があるっていう結果論だけど。
それでも確実にこの世界の常識を変える研究だと思う。
そして、様々なデータが連ねられた後に、誰も予想だにしていないだろう大発見が記載されている。
「万能薬、できたのか?」
静けさの中でぽかんと開いた口から零れた言葉が響いた。
ハルは誇らしそうに秀麗な顔を緩めて、嬉しそうに微笑む。
「ええ、効果の検証はまだ十分とは言えませんが、現在各王国騎士団にサンプル提供を行い結果を集めているところです。魔力と体力の枯渇、一般的な毒に関しましては、治癒を得られたとの報告をいくつか受けています」
この国の令嬢が崩れ落ちそうなほど眩しい笑顔だ。美しすぎて悔しいとも思えない。
「へぇ、面白いね」
クロノが目を丸くしてハルに視線を向ける。リドルは自分が褒められたかのようにハルの肩で胸を反らしている。
「本当に、これは素晴らしいですね」
俺もほとんど聞いたことがないマグナの賞賛も、真っ直ぐにハルに向けられている。
「優秀すぎるだろ……」
開いた口が塞がらない俺に、ハルは誇らしそうに胸を張って、悪戯っ子のようににんまりと笑った。
「優秀でなければ、貴方がたには並び立てませんからね」
間違いなく、ハルはこの国の魔法薬研究の第一人者と言えるだろう。これ以上の専門家はいない。
俺はそんなハルを見て、ふと思いついたまま放っておいたことを思いだした。
今はやることが山積みで、思ってみたものの検証なんて無理だとお蔵入りさせていた事だった。
「ハル、相談があるんだけど」
ハルは此方を向き直り、何でもないように耳を傾ける。何の打算も、損得勘定もない、ただの仲間として。
貴族として人と関わる事が増えるにつれ、こういう絆って、本当に得がたい大切なものなんだなって思い知ってきた。
特に、俺は地方の新興勢力として見られていて、中央貴族たちの社会に出入りするようになってから、こんな風に心のままに話ができる相手なんて新たにはできなかったから。
この部屋に集まる仲間たちとだからできる事はたくさんあって。
それが、とてつもなく楽しい。
「魔法薬の錬成後にできる廃棄物があるんだ。繊維っぽいの。紙だとか布だとか、何かに使えないかなって思って。
魔法薬の成分研究ができる設備や人員があるなら、この繊維の分析もできないかな?」
それは何となくの思いつきで、自分だけでは広げられなかった世界に違いない。
だけど、ハルは新しい玩具を見つけたように頬を赤らめて身を乗り出し、拳を握って息巻いた。
「ぜひ、詳しく聞かせてください」
今日もこうやって、俺たちの世界は広がって行くんだ。最高に楽しく。
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