登城

 アトラントでは心地良く麗らかな気候と言える4月。

 少し肌寒いエリストラーダの王城を、俺はハルと歩いていた。


 望遠視の魔法である程度間取りも造りも把握していたものの、初めて歩いてみるとそれなりに未知の場所で目新しい。


 ハルに案内を受けながらそう感想を伝えると、城の間取り図は国家機密だから作るのはタブーだと苦笑しながら言われた。

 言われてみたら納得である。


 でも、いつでも詳細な見取り図が作れる魔法って考えるほどヤバいんじゃないだろうか。悪用するつもりがなくても投獄とか秘密裏に始末…なんてことが、この国でないとは限らないよな?


 なにせこの国は王制なのだ。王に権威が集中している。

 間諜や情報屋などの人の目で見聞きしなければ、本や新聞くらいしか情報源がなくて、文化的にも情報統制がたやすいのもある。


 危険視されるような能力は黙っていなければ、新しい破滅フラグを立ててしまいそうだ。



 足元の磨き抜かれた床、天井までにも複雑な文様が刻まれ、柱も梁も何一つむき出しのままの事がない。

 回廊を歩くだけでも天井に組み込まれたガラス窓から屋外と変わらない陽光が差している。

 どこもかしこもが王家の権威を誇っているかのように豪奢に飾り立てられ、そこを歩く人々もそれに負けじと贅を尽くした衣装を着飾っていた。


 目は合わないが陰から投げかけられる視線の多さに居心地が悪い。

 ハルの存在の大きさもあるが、ハルが連れて歩く俺にもかなりの注目が集まっているのを肌で感じた。


 俺も少し気を遣って、上質な絹と刺繍のスリーピースを着てはいるものの、これでも地味に見えるほどに城内の人々は煌びやかだった。

 こういう所にも貴族としての見栄や意地なんかが表れているのだろう。



 エリストラーダの王城は、正門前の建物は政治・外交的活動拠点となっており、左右に来賓棟や聖堂、王宮図書館などの人の出入りが多い建物が並んでいて、最奥にはプライベートな王室居住区という造りになっている。


 俺たちが登城して出入りするのは、もちろんその政治区域だけなんだけどな。


 それでも見せつけるために飾り立てられた建物は、目が痛くなりそうなほどに豪奢だった。


 視線は浴びるものの、他の貴族に話しかけられる事はなくハルと一緒に城内を歩く。

 ハルが勤めている文官が詰める区域には、これから俺も多く通う事になるだろう。

 まだ言いつかっても雑用程度ということだけど。まあ、子供だもんな。



 一通り政治区域を見学し、城のエントランスホールを目指して歩いていると、思いも寄らずに見知った姿に出会った。


「ああ、ウリューエルト様。こちらでお会いするとは奇遇ですね」

 柔らかで張りのある声音に声を掛けられる。

 普段会う格好とは違う、立派な騎士の衣装に身を包んでいる姿は遠目ではわからなかったから、気づいてからまじまじと見上げてしまった。


「アリー先生。普段お会いする格好じゃないから、気づきませんでした」

 普段からすらりと背筋が通ったガッチリと鍛えられた体躯は、退役軍人とは思えない貫録に溢れている。それにまして、きっちりと整えられた立派な騎士服を纏った先生は、若々しくて青年にすら見えた。


 顔見知りであるハルも先生と優美に挨拶を交わす。アウェーはんぱない空間で、ちょっとだけいつもの平穏な空気が漂った。



 そんな時、空気を破る程の声は突然と降ってきた。


「ふん。田舎者風情が、大きな顔をしやがって。アラレドの名に媚びた卑怯者めが」


 怒鳴るようなトーンではないんだけど、地声がデカいというやつだ。

 周囲の視線を一身に集めた男は、不敵な笑みを浮かべて胸を反らしている。

 残念ながらその視線の半分は、呆れかえったものであることに気づいていない。


 俺の隣でハルの視線がすうっと細く冷たく眇められる。口元に乗せられた柔らかな弧が、何か怖いから止めて欲しい。


 そして、俺の目の前では、アリー先生がにこにことどこか嬉しそうな笑みを浮かべている。笑ってるんだけどなぜだろう。震えが止まらない。



 俺は取りあえず穏便に頭を下げた。

 その相手とは初対面。だが、いずれは必ず顔を合わすし、関わる事だってあるだろう。

 俺が回避したい相手の一人だと言えた。


 騎士の見習い服を身に着けた、大柄な俺と比べても一つしか年齢が変わらないとは思えないようなガッチリとした長身の体躯。

 短い亜麻色の髪に、澄んだ青銀の瞳の、精悍という表現がふさわしいイケメンである。

 ゲームの開始時まであと5年ってことは、今は11歳。画像で見ていた姿よりも幼いが、はっきりきっぱりとそれが誰だかわかる。



 ダリル・フェイスタ侯爵嫡子。

 既に現時点で剣聖候補と名高い近衛騎士団長の息子である。


 乙女ゲームの中で、一番ウリューエルトを顎で使い、鼻で笑い、パシリとして使う能筋攻略対象。つまりは、俺の天敵になるだろう存在だ。


 その能筋攻略対象は、俺を真っ直ぐに見据えて小馬鹿にしたように笑いを投げかけてくる。


 コレ、既にロックオンされてね?ゲーム始まっちまってね?


 なぜだかものすごく敵意を感じるんだけど。



 アリー先生がくるりと華麗にダリルに向き直って口を開く。

「私の名にですか。フェイスタ様は面白い事を仰るのですね」


 ダリルは俺と一緒にいるのがアリー先生だと気付いて一瞬目を見開いたが、傲慢な笑みを浮かべなおしてふんと鼻を鳴らした。

「アラレドもそこにいたのか。さっさと騎士団から逃げ出したジジイが、偉そうにまだ王城に出入りとは、厚かましいな。その上弟子だとか笑わせ……むぐ…」


 ダリルの口は強制的に塞がれた。どこから現れたのか、息せききらせた3人の騎士団員に左右と後ろから頭を押さえられ、強制的に頭を下げさせられている。


「アラレド様。見習いの躾が行き届いておらず申し訳ありません!子供の戯言ですから!!」

 一斉に顔を下げる騎士たちの顔は幽霊のように青白い。


 俺は漂う緊張感で二歩後ろに下がった。

 平然と優美な微笑みを浮かべているままのハルはすごいと思う。


 アリー先生は柔和にくすりと笑いを零し、震えあがる騎士たちを見渡す。


「リマー。カイン。セトラ。お久しぶりですね。トーヤ・フェイスタ近衛騎士団長のご子息が血気盛んなものですから、私も良い運動ができるものと思ったのですけれど」

 アリー先生の笑顔に漂う恐怖感。あれ、精神異常攻撃なんじゃないだろうか。

 こっちを向いていないはずなのに俺が逃げ出したい。


「め、めっそうも、ありません!!アラレド様、どうかご容赦を!!!」

 泣き叫ぶように騎士たちが縋る。

「何を情けない!そんな奴に頭下げることがあるかよ!!」

 騎士を振り切ろうと暴れながらダリルが叫ぶ。そして再び騎士たちに押さえつけられている。

 能筋だ。この自我を保つのがやっとなくらい恐ろしい空気すら読めない。まさしくこれが能筋なのだと目の当たりにした気がした。

 イケメンなら攻略対象としてアリなのか巷の女の子に聞きたい。


 アリー先生は楽しそうに口元を歪ませた。

「そうですか。では、君の成長を楽しみにしておきますかねぇ」


 ね?とアリー先生の問うような視線が俺に飛んでくる。

 それに連なって、ダリルの睨むような視線も。


 え、俺?なんで?


 ダリルは俺を仇であるかのように睨み続けている。

 いったい何故なんだ……。


 どうやら避けたい相手との因縁が、ここにしっかりと結ばれてしまった。



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