一方その頃(at the central)
連日のようにエリストラーダ北西部の目覚ましい発展について御託を述べられるお偉方の会議で、その男は満を持したとばかりに立ち上がり、冷酷な強面で周囲を見渡した。
まったく、これが一国の宰相の開催した重鎮たちの会議であるなんて嘆かわしい。
当の宰相も顔色が芳しくはなく、助けを求めるように部下たちに目配せをしているのだから、縁戚といえどもその横っ面をひっぱたいて説教してやりたくなるくらいだった。
だが、男が立ち上がったのはその場の収拾のなさに呆れたからではない。いつかはと思案を重ね、事の運びを静観しているふうを装いながらも着々と描いていた計画を実行するためである。
「エドワルド、何か良策があるのかね?」
期待を込めた目でこちらを見やる宰相は、自分たちの保身しか考えていない。
幼いころからの既知であり気心が知れていて、常に補佐をする立場だったとしても、その逆上せあがった頭を一度冷やしてやる必要はあるだろう。
エドワルド・ソズゴン侯爵は年を重ねても未だ美麗な冷たい容貌で、宰相であるオド・カミール伯爵に鋭い視線を浴びせる。
その視線にびくりと肩を揺らすオドは、小心者だが馬鹿ではない。
自分が補佐をしてもいいと思える程度には出来た人間であるはずだ。今みたいに混乱さえしていなければ。
「良策も何も、策を弄する必要などなかろう。我が国の地方一帯が目覚ましく発展する。これに何の問題があろうか。ただ他の貴族と同様、よくやったと王家にお褒めいただくだけの話ではないのか。もとよりかの地方は、王家の統治の下にある」
至極もっともな意見に、集まっている重鎮たちの顔色は優れない。
そんな事は百も千も承知だろう。つまりその上で、地方に手柄を立てられてたまるものか、先を越されてなるものかとくだらないプライドで敵と認識し、叩き潰す手段を模索しているのだ。
全く持って利益のない話だ。使えるものは有効に使う。それが出来ないのは愚かでしかない。
「そもそも、かの地方と敵対するなど愚の骨頂。お前たちはかの地方と戦争でもする気か?万が一そんなことになれば、エリストラーダは滅亡するかもしれないと知れ」
嘲笑混じりに告げれば、青い顔のまま此方を仰ぎ見る官僚たちの姿が見える。
一部の重鎮たちはさすがというべきか、その言葉が誇張などではないと理解して苦虫を噛み潰したような表情を見せている。
「巨大経済圏を築こうとしているタラストラ・サラジエート。
ついこの前まで在籍していた学園では目立たぬ存在であったが、能を隠す手腕にも優れただけだったようだ。
その妹であるユーリアドラ嬢も、年端もいかぬ癖に一端の策士でこの度の領地発展に大きく関与しているのだという。
彼らの築いている各地各領域での連携は広く手堅い。
そして、未だサラジエートに比して発展は目立たないものだが、確実にこの北西部の動きの中枢に存在するのが、アトラント領のウリューエルト・カトゥーゼだ」
エドワルドは演説のように淡々と用意した台詞を語る。
その純朴そうな少年には、何度か会った事があった。
この少年と知り合って、内に籠りきり震えるばかりだった長男は優秀に育ったのだ。
それも、息子のハルイルトはただ優秀であるだけではない。
まだ幼い年頃であるにも関わらず、常軌を逸して優秀になった。
妻の陰から一歩も踏み出せなかった過去の姿など見る影もなく、柔和でおとなしい笑みを浮かべながら、子供をいなし、大人を操る。
その知識の多さは、おそらくここにいる誰よりも、自分を含む誰よりも勝っているだろう。
息をするように王廷魔術師よりも遥かに優れた魔法を操る姿を見たときには、目を疑った。
そこまで理知に富んでいるというのに、机に張り付いて過ごしている訳ではなく、貴族子息として十分すぎるほどの武の心得もある。
そのハルイルトが、目を輝かせて田舎の男爵令息に惜しげもなく賞賛を送っている。
それは、エドワルドがウリューエルト・カトゥーゼという少年に興味を抱くには、十分すぎる事だった。
「アトラントの内情については、十分な調査ができぬのは各々の経験が物語っているだろう。一定の偵察は見逃されているようであるが、踏み込めば例外なく間諜は排除される。
だが、この少年が度々王都に出向いて見せる魔法を知っているか?本気になればこの国など簡単に制圧してしまえるほどの圧倒的な魔力で、空中で小さな穴に糸をくぐらせるような緻密な芸術を見せるらしい。
そして、彼はあのアラレド・ヴァレの愛弟子でもある。長らく我らが中央騎士団の悪魔と言われ続けた元副団長、アラレド・ヴァレが生涯最高の弟子だと自慢するほどの逸材だ」
秘されていないだけの情報だけですらも、ウリューエルト・カトゥーゼの異様さには刃向ってはならないというのが十分にわかる。
「更に、アトラント領には大学を騒然とさせた天才、マグナ・エズも仕えている。今や国内屈指の商会と成り上がった、カドマ商会も手中だ。
おそらく、我々が名も知らぬ、それらと同等の人材が他にも揃っているのだろう。さて、誰がかの地を征服などできる?」
誰もが黙り込み潜めた息の音だけが微かに響く、沈痛なほどの静寂がそこにあった。
エドワルドはふん、と鼻を鳴らして動きを止めた重鎮たちを眺める。
なんと気概がないことか、あれほど自らの利益を追及して騒ぎ立てていた愚か者たちが。
まあ、ここで反骨心を見せるような馬鹿ならば、自分がさっさと潰してしまうつもりだったのだが。
ウリューエルト・カトゥーゼと一番仲の良い中央貴族は、我がソズゴン家であり、我が息子ハルイルトである。
つまりは、アトラントがこの国屈指の発展領となるのならば、ソズゴン家に不利はない。
それに、息子の大事な友のためになることを為したならば、あの甘さの残る優秀な息子に飛び切りの恩が売れるだろう。
「征服などする必要はない。かの地は、元より王家の統治の下である。
だが、相応の地位にあるとは言い難いであろう。王家は臣下の健闘を正しく称える、臣下は王家に正しく仕える。これが道理といえよう。
ただ、現状では足りぬな。サラジエートは伯爵領としては発展しすぎたし、アトラントは元より男爵領であったことが不思議なほどだ」
最後まで言い切らずにエドワルドが宰相を見やると、聡明なオドは心得たとばかりに頷いた。
「決して王家が地方を侮っているなどと思わせてはならぬな。かの地はまだ反意を見せた訳ではない。正しく認め、不満など持たせぬよう。国王陛下には私から進言させていただこう」
かくしてエドワルドの思い描いていたシナリオを、オドは選び取ってしまうのだった。
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