陞爵と襲爵

 冬が深まり、一年の終わりを迎えようとしている頃。

 余りにも思いもよらない通知を受けて、俺たちは久々に仲間たちで集って俺の自室でのお茶会を開催していた。


「サラジエートを侯爵家に、アトラントを伯爵家に。順当ですね。

 そもそもアトラントはこれだけ広大な土地を持ち、少なくない割合で中央の食糧事情を担っているのですから。

 むしろこれまでカトゥーゼ家が男爵家であった事が見合っていなかったのです」


 誰よりも美味いお茶を淹れ終えて、マグナが平然とした顔で言い放つ。

 悔しいのだが、マグナよりも上手にお茶を淹れられる人間を俺は知らない。

 今や大学始まって以来の天才と名高く引く手あまたの人間に、お茶を淹れさせていいのかと悩ましくはあるが、マグナが自分の仕事だと思っているようなのでありがたく頂くとする。


「カトゥーゼが陞爵しょうしゃくするのではなくて、アトラント伯爵を襲爵しゅうしゃくするのか?

 この場合は潰えた家であることを考えれば授爵と言えなくもないが」


 久々に輪に加わったタラストラが、サラジエート家が侯爵家に出世するというのに落ち着きはらった様子で尋ねる。

 まあ、合理性の塊みたいなタリーが慌てふためいている様子は想像できないんだけどな。着眼点そこかよ。


「それは父上が。この土地は元より古くはアトラント伯爵領だったから、臣下であったカトゥーゼ家として出世したくないらしい。だから、陞爵じゃなくて襲爵。

 ついでにカトゥーゼ男爵の爵位は、俺に襲爵するようにだって。何かややこしいな」


 陞爵だの襲爵だの授爵だの、普段は聞きなれない言葉が飛び交って、もうどれでも一緒じゃね?って気分になるんだけど。


 陞爵っていうのは、昇爵、爵位があがること。襲爵っていうのは、爵位を継ぐこと。授爵っていうのは、爵位をあらたにもらうこと。


 つまりは、サラジエートは伯爵から侯爵に出世する。

 父がアトラント伯爵になって、俺がカトゥーゼ男爵になる。そういう話だった。


「それは気に入られたね、ご主人様。子供に爵位を持たせるなんて、がっちり王家のお手付きだから逃がさないって言われたようなものでしょう?ハルイルト様みたいに」


 ハルと仲良くなってからますます優秀な間諜として成長を遂げつつあるサーフが、明るく笑いながら卓上のお菓子を摘まんで頬張る。


 時折ハルと連絡を取っていたり、カトゥーゼ家を留守にしたりしているのを知っているし許可もしてるが、着々と中央の情報を握っているようなので、まあそういうことなのだろう。


 ちなみにサーフの押さえた中央の情報は、カトゥーゼ家ではマグナにいっているようだ。

 主人が百を知る必要はないと言われたんだが、確かに俺はこの世界の貴族の思考からはちょっとズレてるみたいだから、そっとしておいている。

 サーフもマグナも大事な所で独断するやつではないし、任せても問題ないくらい優秀だと思ってる。


 お茶会っていう名義でこの部屋に集まる時ばかりは無礼講だから、サーフの意地汚いお菓子の摘み食いを不作法だなんていうやつはいない。

 賓客と侍従が同じテーブルについている時点で普通はあり得ない話なんだろうが、ここに集う相手は常に対等な仲間だっていうのが暗黙の了解だ。


 ただしハルに横目で微笑みを投げかけられてキュッと背筋を正したサーフは、そこそこ躾けられているようだ。先生はマナーに厳しいもんな。俺もついつい背筋が伸びた。


「ハルは既に子爵位を授かってるんだったもんな。それこそ逃がすつもりはないってことか。っていうかさ、逃げてどうすんだろうな?この国にいる限り王家の命令って絶対じゃないのか?」


「要するに、この国からいなくなる、もしくは王家の命令を無視しうる立場になられる事を危惧なされてのことですわ。どちらも国力を衰えさせることになり得ましょうから」


 淡い微笑みを乗せて、優美な仕草でお茶を飲んでいたユーリアドラが事もなげに説明してくれた。


 俺より一つ年下のユーリは、今やすっかりと麗しい淑女だ。少し吊り上った涼やかな目元に、高めの身長。

 波打つ赤胴色の髪までが年齢相当よりもずっと大人びていて、落ち着き払った声音で語る言葉には容赦がない。

 大人顔負けの知識と情報網、伝手を持つ才女というに相応しい存在となっていた。


 隣に座るタリーが目に入れても痛くないくらいに可愛がるはずだ。シスコンっぷりも健在である。


 実は、サラジエート兄妹と一緒に街道開発を始めてから、ユーリと俺との婚約話が持ち上がった事がある。

 それはそれはタリーに睨まれたものだったが、俺はあっさりと振られてしまった。


 ユーリ曰く、旦那様になる人は危なげない有能な人間か、操りやすい無能かが良いとのこと。

 恋愛感情の一切ない友達にバッサリと振られた上に、恐ろしい理由を聞かされて俺は無駄に傷ついたものだ。


 誰だよ巻き込んだの。


 以来、タリーは俺にもっと気安くなった。どうやら妹を取られることが心配だったようだ。恐るべきシスコンである。


 まあシスコンは置いといて。ユーリの言葉を頭の中で反芻して、俺は驚いて目を瞬かせた。


「それは、俺たちは謀反や離反や他国との結託を疑われてるってことか?」


 ただ、領地が栄えただけで?そんな物騒な発想は俺には全くなかった。


 ユーリとタリーが同じ顔で眉尻を下げて笑っている。

 そうか、操りやすい無能と判断されずにありがたかったと思うべきであって、確かに俺は危なげない有能にはなれないようだ。


 平和ボケした元日本人なんだからしかたないだろ。テロリストなんか遠い海の向こうの伝聞の話だったんだからな。


「中央貴族たちは、今、焦っているのですよ。自分たちがないがしろにしてきた地方が急激に発展したことによって。

 そして、王家が中央貴族たちに重きをおかれますあまりに、それを黙認してしまったという事実があるでしょう?

 伯爵家相当の実績がおありであるカトゥーゼ家の家格がいつまでも男爵家に据え置かれていましたのも、恐らく中央の情勢に関わらないからです。

 つまり、謀反や離反、他国への売国などが起こり得る状況であると、中央のお偉方が自らの素行を内省し、心当たりに怯えられているということですよ」


 見惚れそうなほど綺麗な笑みを浮かべて、ハルが説明を付け加えてくれた。柔らかに弧を描いた唇の端が冷やかで、こいつを敵に回したくないと本能が察知した。


 いやまあ、ここにいる人間の誰一人として敵に回したくないけどな。にこにこお菓子を頬張りながら話を聞いている神様クロノも含めて。


 ちなみにソルアもこの場に参加だけはしている。お菓子とお茶を遠慮なく貪りながら話半分に参加しつつ手元の書類を猛スピードではけていっているが。

 本当にブレない。



 年が明けて、新年の宴に招待された父と俺とサラジエート伯爵は、予定通りに昇進を果たした。

 タリーとユーリもお披露目で寄り添っている。


 王城で厳かに拝命をいただいて、多くの貴族の見守る中でちょっと緊張しながら挨拶を交わした。


 タリーを見る令嬢たちの目がハンターになっている。

 あのユーリしか見えていないシスコンっぷりを見て狩猟に刈り出そうとしている令嬢たちは逞しいと思う。


 ともあれ、これで俺も男爵か。爵位があるって有利なんだかなんだか。


 まだ決まった仕事なんかは課せられないものの、年に数回は父について登城するようにとしっかりと義務づけられた。

 学園が始まる前に中央貴族と関わる羽目になるとはな。


 ここから上手くやることを考えないと、ゲームで見た悲惨な未来は回避できないのかもしれない。


 これからはもうちょっと手堅く、しっかりと能力を磨いてかなきゃなんないなと心に誓った年明けだった。

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