リュー10歳:貴族参入編

元冒険者とカトゥーゼ家

「うっわー、ほんっと凄いよね、信じられない景色」


 勧められるがままにサーフィリアスを仲間にして帰ってきた領主館の外、魔法植物の草原を見て目を見開き、キョロキョロする彼を見て俺は微妙な心持ちだった。


 父を初め、うちの家系は寛大でお人好しなのではないかと思う。そのお陰で居心地が良いのだから、ありがたいと思っている。


 でも、襲撃事件に勝手に関与した挙げ句に間諜を拾って帰ってくるってなんだ。ちょっとありえないだろ。

 今の気持ちはあれだ、ちょっとしたいたずらのつもりだったのにやり過ぎたみたいな、こんなはずじゃなかった感でいっぱいである。


 ちなみに、襲撃者たちは現場の近場の衛兵屯所に預けてきてある。

 領主館に連れて帰っても良かったのだが、やつらは魔法も使っていたし、家に安全に勾留できる場所と体制があるのかわからなかったから無難な場所を選んだ。

 領主館にも襲撃の連絡は行ってあるはずだが、具体的には俺が帰りついてからの説明になる予定である。色々と気が重い。


 対して周りのメンバーはサーフィリアス――長いから略してサーフでいいか、彼を全く警戒していないようだ。

 クロノとリドルはまあ、わかる。でも、マグナまで素性が怪しいサーフを気にしていないのは意外だった。



 サーフは帰路の間、色々な事を話してくれた。


 サーフは元々は俺たちがレベル上げを目論むあのダンジョンがある遠い別の大陸の国の冒険者で、幼い頃から親はなく冒険者ギルドで保護されて育ったとのこと。


 転移門を使ってこの国にたどり着き、仕事を求めて雇われたところで罠にはめられて首輪に拘束され、売り払われたらしい。


 あの首輪には強い呪怨の魔法がかかっていて、常に居場所を把握され、主人の命に背くと体力を奪わないまま激しい痛みの幻惑に囚われる。

 更に抵抗を感じると身体を麻痺させたり、魔力を吸い尽くす恐ろしい魔道具らしい。


 奴属の首輪といういわゆる闇アイテムで、もちろん国内で所有は禁止されている。

 サーフはそれなりに実力があるので首輪だったが、指輪やピアスなんかでも同様の物があり、普通の人間ならそれで事足りるということ。


 どこの世界にも闇はあるものだろうが、この国の闇の部分が恐ろしくて驚いた。表向きは奴隷制度は撤廃されて久しいのだが、強制的に使役されたり奴隷に近い待遇で働かざるを得ない人々は水面下にはいるようだ。


 俺はこの国をどうこうできる立場なんかじゃないが、少なくともアトラントにはこんな闇がなくて良かったと思うし、これからも断固拒否したいと思う。


 サーフを買ったのは、中央のとある大貴族。密偵と暗殺という命を受けて従わせられていたらしい。

 暗殺については、サーフは持ち前のスキルで相手を仮死状態にすることで切り抜けてきたということだった。

 なかなか多芸なようである。


 っていうか、明らかに強いよなこいつ。


 少なくてもマグナとリドルとクロノの実力を見抜いて全力で降伏するくらいだし。いや、俺でも降伏するけどあのメンバーなら。


「僕は欠片を持っているから、悪いことは出来ないんだよ。神の裁きが下ってしまうからね。奴らは知らなかったみたいだけど」


 当たり前のようにサーフは言う。そうそう、その欠片ってなんだと思ってクロノを見ると、クロノはうんうん頷いた。


「別に裁きを下すという訳ではないのだけれど、欠片が悪さに使われると世界のバランスが崩れてしまうから、あまり酷いようならば欠片は回収しているね。そもそも人間が大好きな人間にしか欠片は巡らないから」


 事実を確認したと思われたらしい。

 その言葉にサーフは軽く首を傾げた。どうやらクロノが神様だとはわかっていないようだ。

 マグナは興味深そうに聞いている。

 ちなみにリドルは自由に飛び回りあまりじっとしてはいないので話に加わっていない。


 とりあえず、その欠片というものがあるからサーフが悪事を働くと疑わなくていいらしい。

 欠片については、後でクロノかマグナに確認しようと思う。なんだかすごく重要なもので、この世界では当たり前のもののようだ。



「おかえり、ウリューエルト。お疲れ様だったな」


 出迎えてくれた父に挨拶して、執務室へと場所を移す。

 大きなテーブルを挟んで父とハライアと数人の文官が対面に並び、向かい合うソファーで俺の左右にクロノとマグナが腰を下ろす。

 初見のサーフはソファーの後ろに立ったままだ。


 被害は最初に燃やされていた一部の稲田だけであること。実行犯は全て捕えてあることを報告する。

 そして、最後に地味に視線を集めているサーフの存在についてだが。


「おじちゃん、すごいの、この子欠片を持ってるんだよ。ご主人様に仕えたいっていうから連れてきたんだー!」


 一向に席につこうとも話に加わろうともしなかったリドルがテーブルの上に浮かんで父に向かって胸を逸らしてふんぞり返る。

 父はそんなリドルの態度に微笑ましそうな視線を向けて、それからサーフを見つめる。


「そうなのか、ウリューエルトに仕えるというのか?」

 問いかける瞳は穏やかで凪いでいて、全く不審がる様子はない。

 サーフは俺たちの横まで歩みを進めてがばりと頭を下げる。

 貴族というものに苦手意識があるのか、わずかに緊張しているように身体は強張って、握った掌が震えている。


「お許しいただけるなら、僕を救ってくれたこの方にお仕えしたいです」


 頭を下げたまま、サーフが声を絞り出して答える。

 今までどんな扱いを受けてきたのだろう、さっきまでとうって変わったような心細げな態度。父はそれを真っ直ぐに見ている。


「呪いのアイテムをつけられて、中央の貴族の密偵をさせられていたみたいなんだ。解呪できたから俺たちの仲間になってくれるっていうんだけど、ダメかな」


 勝手な行いを父に申し訳なく思いながらも助け舟を出すように説明すると、寛大な父はごつい顔に柔らかい笑みを浮かべた。


「そうか、お前が決めたのならばそうすればいい。必要なものや手続きなんかがあればいつでも相談するんだぞ。

 あとは、その密偵を放った貴族への対応も必要となるだろうが、お前一人で抱え込まず父に頼ってくれ」


 父、それでいいのかと思うほどあっさりと了承である。


「欠片持ちとは、珍しいお方をお連れしたものですね。妖精様が仰るのですから間違いはないのでしょうが。さすがはお坊ちゃまというか」


 ハライアが苦笑交じりの溜息をついた。ハライアにも異存はないようだ。

 俺たちへの信用度が怖い。いや、それもあるけどそれだけ信用を得られる欠片って?


「僕は、勇者にはならずに一冒険者となることを選んできたので、大した能力がある訳ではないですけど。でも、ご主人様のために尽くすことを、僕の中の勇者の欠片と神様に誓って務めさせてもらいます」


 まだ頭を下げたままのサーフが誓いを立てる。気づかずに言葉通り神様の前で誓いを立ててる訳なんだけどな。


 っていうか、勇者の欠片ってなんだ?


 この世界に魔王がいるって話なら前にクロノに聞いた気がする。今代の魔王は人と争う気がなさそうとかいう話も。

 でも勇者もいるのか。でも欠片なるものを持ってても勇者じゃなくて冒険者なのか。


 何がなんだか全くもってわからない。が、聞ける感じじゃないよな。



 ひとまず父の執務室を出て、皆で自室へと戻った後にようやくその事に説明を求めた。


「欠片って何なんだよ?」


 消化不良過ぎてげんなりとしながら訪ねると、俺が理解していないことに気づいていたらしいマグナが口の端に意地が悪い笑みを浮かべて小さく笑いを零した。


「ああ、一樹はしらなかったの?欠片っていうのはね、勇者になることが出来る人間につけた目印なんだ。

 どこかの地で勇者が乞われた時に、多分その地の勇者を祭る神殿だとかが探すでしょう?その時にわかるようにつけたタグみたいなものだよ」


 にこやかに笑いながら語るクロノの説明を、マグナが興味深そうに聞いている。

 クロノの説明が真実なんだろうけど、多分この世界の常識としては違うんだろうな。


「笑ってないで説明して欲しいんだけどな」

 マグナを恨みがましく見ると、何事もなかったかのような涼しい顔で大業に頷いて口を開いた。実にわざとらしい上に様になるイケメン面が嫌味だ。


「勇者の欠片といわれますのは、太古の昔から勇者になる者が持って生まれる素養であると伝わっております。

 世界の各地、各国に勇者の逸話はございますが、その何れにも共通するのは欠片を持っていたということでございましょうか。

 まさかただの目印であったとは思い及ばずたいへん興味深くございましたが。欠片を持つ人間は世界で同時に数名認められることもあり、全く見られないこともあったようです。

 また、欠片を持つものだけが受けられる祝福もあると言われております。その辺りはサーフィリアス本人に伺う方が確実でしょう」


「欠片を持つ人間はどこかに必ずいるんだけど、気づかないまま一生過ごすことも多いみたいだね。一定の鑑定能力か予言だとかがないと見つからないから」


 クロノが補足するように付け加えた。


 俺たちのやりとりを不思議そうにみていたサーフに、取りあえず紹介から始めようか。


「サーフ、俺の仲間たちをぼちぼち紹介していこうか。

 まずは、侍従のマグナ。大学に在籍ながら、大学が始まって以来随一の知能と言われている知識の権化みたいなものだ。

 で、こっちはクロノ。俺の侍従ってことになってるけどこの世界の神様なんだ」


 リドルはもうとうにいなくなってるし、見たらわかるだろうから省いてもいいだろう。


 サーフは完全に動きを止めた。目を見開いて、クロノを凝視して口を戦慄かせている。


「えっ……なんなのカトゥーゼ家、規格外なんてもんじゃねぇ…」


 暫く完全にフリーズしてからようやくそう零したサーフに残念な事実を返そう。


「いや、もうお前もその一員なんだけどな?」

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