試験米収穫祭
季節は晩秋。今年もたくさんの大地の恵みを授かって、アトラントの秋は賑わっている。
俺にとって今年の大イベントは、何といっても試験的な稲作だった。
米農家歴20年らしいクロノと具体的なことを話し合い、それを友人たちの集まるお茶会で相談したところ、結論は『やってみなければわからない』。
ひとまずこの地に適した稲作の模索と品種改良のために試験栽培を行う事になり、ティリ山脈の
今回は品種改良や栽培条件の確定のためだったから、栽培方法についてはちょっとズルいが魔法を多用した。機械化にも魔法にも頼らない方法は、稲作を広める際に考えればいいだろう。
それぞれちょっと違った条件で水田を作り、細かくデータを収集していた。その結果だ。
全ての水田が大豊作だった。だいほうさくだ。
―――――――――?!!
っともなる。普通の反応だろ?
アトラントには土地に魔力が溢れているし、ティリ山脈は魔法植物の聖地みたいなものらしいから、その関係もあるのかもしれない。
っていうかさ、もしかしたら米だけじゃなくて、小麦も技術や栽培法とかじゃなくて、土地の魔力で豊穣を得ているんだろうか。
それはそれでありがたいけど、もっと実りを得る努力はできるってことだよな。そこらへんはちょっと研究してもいいかもしれない。
稲作はどの条件も大豊作だが、その中で一番いい方法を考える。
栽培効率と収穫実績。あとは品質。少しでもいいものをたくさん楽に作れる方法を広めたいもんな。
クロノとそういう相談をしながら、ティリ山脈の緑が臨める田園で、晩秋の穏やかな暖かさの中で穂を垂れる黄金の稲を収穫し、乾燥と精米までサクッと魔法で済ましてしまってから、クロノと俺の部屋に住む勢いのマグナ、ソルアとおにぎりを実食してみた。
マグナは食に対して淡泊なのだが、そこそこの好感触。
ソルアはこれが売れるのかの思考にはまり込み少し悩ましげだった。
ソウルフードが恋しいのと真逆に、馴染みのない食べ物って普及が難しいものかもしれないな。まあ、俺が食べたいから米は作るけど。
次年度の栽培計画の相談をした後に、予想していなかったことにも大量の米が余った。
今回は試験栽培だったからそんなにたくさん植えた訳じゃなかったんだけど、収穫量がおかしい。
アトラント領主館の前の魔法植物草原のように自主的に増えた説も有り得る気がする。
大地の恵み、偉大すぎる。
と、いうわけでだ。米の魅力をアピールすべく、第一回試験米収穫パーティーを行うことにしてみた。
参加者は、カトゥーゼ家の皆と、ユーリにタリー、ハルにアリステリアも呼んでみた。
アリー先生やその弟子のアトラント騎士団の数人、ソルア率いるカドマ家とその知り合いの商人たち。
ティリ山脈近くの村から、今後の育て手を募る意味でも複数の参加をお願いした。
招待客の紹介も受け入れて、人数はそれなりになりそうだ。
快く参加して意見をくれる人なら誰だって大歓迎だ。目的は米のアピール、プレゼン舞台である。
もちろん、調理するのは俺が主体で、助手を務めるのはカトゥーゼ家の料理人たちだ。
料理人たちは滅多にないカトゥーゼ家でのおもてなしにやる気を見せている。
この近隣でお茶会やパーティーはわりと頻繁に行われてるものの、うちは家格が低いから、あんまり主催家にはならないんだよ。土地だけはたくさんあるんだけどな。
今回は貴族しばりの正式な催しではないものの、たくさんの客を受け入れるというだけで他の使用人たちにも気合が入っている。
あんまり気合を入れすぎると農民が委縮するからほどほどにしてもらおう。
さて、問題はメニューだな。
俺はそこそこ料理ができる方だった。ただ、料理人みたいなすごいものは作れない。あくまでそこそこ家庭料理ができる程度なのだ。だから、家庭料理しか出せない。
でも、この世界には米がなかったんだから、どんな料理だって新しいよな。
一般受けして、美味しくて、食べ方や見た目が拒絶されなさそうなもの。何がいいかな。
クロノの一押しのオムライスは決定している。
そういえばクロノはオムライスにはスマイリーな絵を描くものと思っているようだ。
あれは俺がニコに描いてやってたダジャレみたいなものだったけど、もういっそ黙っておこう。
あとは炒飯もクロノのリクエストだ。何となく洋食っぽいものなら、炒飯よりピラフかな?あとはドリアとか。おにぎりも主張したいんだよな。
ちなみにご飯は土鍋っぽい鍋で炊いている。炊いたことがあった程度だったけど、クロノが持ち帰った米を炊いているうちに慣れて、今はもう水加減も火加減も完璧だ。
炊き込みご飯にも惹かれるが醤油がない。味噌もないので味噌汁も断念だ。調味料で考えると和食はなかなか厳しいな。
ああ、別に米飯じゃなくてもいいのか。ライスボールコロッケとか、米粉パンとか、米粉のケーキとか。お好み焼きや団子もいけそうだ。
趣旨的に炭水化物のオンパレードで重い。
全部小さめ一口大にして、好きな皿だけ取って貰えばいいか。
終始米のフルコースはさすがに遠慮したいもんな。
俺は思いついた内容を書き留めて、まずはソルアに見せた。
ソルアはサプライズを楽しむよりも、商品価値をじっくりと吟味したいだろう。
ソルアに一つずつ料理を説明すると、実際に食べてみたいというので一通り作った。
試食にはちゃっかりクロノとリドルが加わっている。好きだよな、お前ら。作りがいあるけど。
結果としては、おにぎりよりも随分とソルアの評価は良かった。
他国料理として十分通じるだろうというのと、あとは細々とした注意点や改善点を聞いた。
ソルアの中でまた一つ金が成る木が芽吹いたようだ。
書いていなかった料理についても興味津々でいろいろと聞かれ、詳細にメモを書き連ねていた。
俺は添削を受けた品書きを手に、今度は料理長に相談した。
料理長のアーグは俺の料理を食べたことがある。
母に作っていたピザに興味をもっていたから、試食して貰ったことが始まりだった。
そんなに頻繁にやりとりをしているわけではないけど、今回の米パーティーに期待をしてくれてもいる一人だ。
アーグに話すとこれまたソルアと同じ反応で、俺はまた一通り料理を作る羽目になった。アーグとその下の料理人たちは、それを試食して意見をくれる。
貴族が好みそうな外見、盛り付け、味の濃さや箸休めに添えるものまで、議論して料理を改良してゆく。
熱い討論は何日も続いたが、さすがは本職の料理人、料理のベースを崩さずにレシピの変更がなされていった。
もはや、全てが一品料理のようだ。
落ち着いた飴色の木の柱、淡いグリーンの絨毯。白い壁紙には蔦が浮き彫りになっていて、窓の外の緑に連なる。
アトラント領主館の大ホールは、きらびやかな装飾ではないけど、のどかな緑を誇るかのように暖かで品良く、どこかほっとする色合いだ。
集った数十人は、貴族も騎士も商人も農民も入り交じり、大人も子供も自由にしたい話をしている。
かたや商談、かたや雑談。その中に領地の政策的な話が混じったりと、枠にとらわれない。
初めてアトラントで栽培した試験米の収穫パーティーは、パーティーの常識をくつがえしたに違いない。
料理人たちの努力の成果もあってか、米のプレゼンはまずまず上手くいったようだ。
初めての味と食感、そして気に入ったものに出会えた笑顔。
ソウルフードを誉められるのって、嬉しいよな。
主食に取って変わることはないかもしれないけど、新しい主食として米をお披露目し、そこそこの需要を得ることはできそうだった。
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