伯爵次子の決闘とアリー先生 1
自由ににぎわう試験米収穫パーティーの終盤、俺は思わぬ事態に遭遇していた。
和気あいあいと仲間内で来年の水田開発について語り合っていたわけだが、颯爽と現れた聞きなれた声にそれは遮られてしまったのだ。
「ウリューエルト・カトゥーゼ!今日こそ決闘を受けて貰う!!」
赤銅色の髪を音が鳴りそうな勢いで振り被り、俺を指さしたのは、隣にいるユーリと色調だけは良く似た彼女の二番目の兄である。
フレイアート・サラジエート。
サラジエート伯爵家次男で、昔お茶会でハルをいじめていたガキ大将。
単純な性格の彼は、昔から俺のことが気にくわないらしく、何かにつけて勝負だ決闘だと騒ぎ立てる。
シスコンっ気があるらしいので、ユーリと仲が良いのも気に入らないのかもしれない。
普段の格調高いお茶会であれば、当然『バカなこと言うな空気読め』ですむところなんだけど、今日は無礼講のお祭りなんだよな。
「俺、今日のパーティーの主催者だから無理」
しれっと逃げに走ってみたが、フレイアートは胸を張ってふんぞり返った。
「終わるまで待っていてやる!」
ありがたく思えと言いたげに不敵に笑いながらも食いぎみに更に言い募るフレイアートは、寛大ぶってみたものの必死なのだろうか。
口先では俺に勝てたことがないから、いつもは適当にかわすんだけど、口実が少ないこの場では非常に迷惑な提案だ。
何の勝負をしたいのかも皆目見当がつかないが、内容が何にせよ勝負する理由も利益も何もない。
ユーリが額に手を当てて深く深くため息をついた。
それをみてフレイアートは上がりぎみの
いや、妹の中で今自分の株を下げてるの、自分だからな?
俺は隣で聞こえたため息に、ため息を重ねた。
とりあえず訳がわからない難癖はやめさせたい。口から説教が飛び出しかけたところで、思わぬ声がかけられた。
「いやぁ、面白そうですね。それでは私が審判をさせていただきましょうか」
ぽんと肩を叩く手に振り返ると、そこには興味深そうに俺たちを見つめる笑顔のアリー先生。
周囲の騎士たちは囃し立てるように口笛を吹いたりヤジを飛ばしたりしている。
彼らにとっては楽しい余興に見えるようで、周囲はガヤガヤとざわついてしまった。
残念ながら、フレイアートとの武術での決闘という余興が確定してしまったらしい。
アトラントには土地が有り余ってるから、広大な規模の騎士団の本部は領主館から独立し、離れた場所にある。
領主館の敷地内には一応詰所と鍛練場があるが、普段は騎士団は駐在はせず、カトゥーゼ家の護衛しかいないのでほぼお飾り的なものだ。
何かしら騎士団の活躍が必要な事態になった際に、対策本部として機能するようになっているらしい。
だから、さっきまで収穫パーティーで賑わっていた大ホール並に広く立派な建物が使い放題な訳だ。
古くとも閑散としようとも、きちんと磨き抜かれた木造の床と壁、だだっ広いフロアには区切りがなく、数種類の競技が一緒に行えてしまいそうな広大な体育館みたいだ。
館内にはきちんと大会議室、食堂、シャワールーム、簡易ベッドルームまでが完備されているが、それを除いても何百人収容する気なのかわからない規模の鍛練棟。
この外には同等の広さの運動場ならぬ、鍛練場が広がっている。
いくら人口が少ない土地だといえど、何と戦うつもりで用意したのかと先人を問い詰めたい。
アリー先生といつも鍛練をしているのは、この敷地の片隅だ。
館内に入るのは悪天候の時くらいで、だいたいは屋外。実戦は屋外で行われる事がほとんどだかららしい。
たまに整備された鍛練場ではなく、芝の上や領主館付近の林なんかでも訓練をしたりする。地面の感覚って些細な事だけど、やっぱり動きに関わってくるんだよな。
一応着飾った貴族のお坊ちゃんスタイルだったので、いつも鍛練しているときの簡素なシャツとズボンに着替えた。
フレイアートにも同様の服装が貸し出され、お揃いの練習剣を持っている。
9歳児としては大きめの俺と、俺より少し身長が高くがっしりとした体格の一つ年上のフレイアート。
騎士団の野次馬と一部の余興に乗り気な商人や農民、友人たちの見守る中で向かい合う俺たちはなんだか決闘というよりは、練習試合みたいだ。
さすがに貴族の両親たちには知らせていない。子供っぽい喧嘩してるみたいで恥ずかしいだろ。
ルールはアリー先生がフレイアートと話し合ってくれて、剣術体術込みで相手を戦闘不可な状態にした方が勝ち。
相手に降伏宣言させるか、ダウンさせたり、剣先を急所に突きつけたりと、単純に実戦だったら命がない状態にもっていけば勝ちということだ。
ちなみにこのルールで強者が争うと、かなり派手な試合になることもあるという。
肉を切らせて骨を断つレベルでの戦闘になると、負傷は免れないらしい。ある意味、決闘のお決まりスタイルでもあるそうだ。
俺、アリー先生以外との試合は初めてなんだよ。緊張する。
負けた方がもう絡まれることもなくなって楽じゃね?ってチラッと思ったんだけど、アリー先生の視線に負けるわけないよねって無言の圧力を感じる。
何かが漂っている気がする。
俺の平穏のために敗北は許されないと本能的に察知してる。
俺の未来のためには、全力を尽くすしかないようだ。
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