マグナの課題 1

 街道開発が忙しくなってきた夏の終わり、俺の生活は少し領主業に関わる時間が増えていた。


 街道開発の基礎に関わってるから、詳細を聞かれたり意見を求められる事が度々あって、話し合いは外せない。

 父は俺に何かを強いるつもりはないらしく、促される訳ではないんだけど、やっぱり俺がいたら話が早いだろうと思うと自然と機会の度に参加するようになった。何か情報が足りないときはその場で調べられて便利だしな。


 何度も顔を合わせているうちに、タラストラともちょっと慣れてきたと思う。

 タラストラ、…タリーは、自分にも他人にも厳しい人間だ。優秀な人間が好きで、地位や権威にあぐらをかく人間は相手にしない。


 ユーリを溺愛するのも頷ける。愛想がないタリーにとって、人との関わりを円滑に、上手に操れるユーリはかなり相性がよくて優秀なのだろう。



 街道開発に関わることが増えたといえども、俺の生活は他はほとんど変わっていない。


 午前は鍛練や自主訓練、午後からはマグナの講義を受けるか、それ以外の時には友人たちと集ってお茶会したり、訪問して遊んだり、魔法訓練やまれに戦闘訓練も加わった。

 溜まった課題を片付けたり、3歳の弟と館の内門の外で草原となった魔法植物を世話をしたり、1歳の妹をにやにや眺めたり――母のお腹がまたふっくらとしてきたのは気のせいだろうか?


 まあ、そういった感じで割と気ままに過ごしている。


 そんな生活の中で、俺が街道開発に少し時間を割かれているように、ユーリもサラジエート領の開発に少し時間を取られ、ハルも中央の社交にかける時間が少し増えて、ソルアは従者とは何かを尋ねたくなるくらい書類を書き散らしてて、皆で集まれる機会は減ってきた。


 それぞれの道を進むってのはそういうことだよなって思うけど、少し寂しくはある。


 もちろんまだこの先も、ずっと友達でいたいとは思ってるけど。


 そういう風な体感が芽生えてきた頃に、マグナは至って真面目な顔で、淡々と言った。


「貴方に最後になるだろう課題を出させていただきます。私を、超えなさい」



 9歳を目前とした7月の初め。汗ばむほどの陽気の中、一問一答のような気楽な講義の終わりに、その課題は不意に突きつけられた。


「貴方はすでに貴族子息としての十分な教養を身につけていらっしゃいます。まあ、これは最初からでございましたがね。

 それ以外の一般知識におきましても、これ以上私がお教えできることはほとんどございません。

 私がお教えできるのは、主には書物の知識でしかございません。貴方は次期領主として、この領地の統治にすでにお関わりです。

 それには一般的な知識ではなく、当該者や専門家の言葉を直接お聞きになる事が重要となるでしょう。

 貴方はもう誰かにものを教わる立場ではなく、自分の意思で聞き、考え、答えを出すべきお立場となっているのです。もう家庭教師は必要ではございません。

 最終的にその時を決めるのは旦那様でございますが、私はもうそう長くは、お坊っちゃまの師ではいられないでしょう。

 ですので、何事でも構いません。私が貴方の家庭教師であるうちに、私をくだして見せなさい」


 マグナは当たり前であるかのように、俺を真っ直ぐと見つめて語る。


 初めて出会った時はまだ15歳の少年だったマグナは、今や19歳となり、背も見上げるほどに高い。

 高さを残していた声を思い出せない程に、低く落ち着いた声音。

 撫で付けたピンクブロンドの髪は、背伸びを感じさせないくらいによく似合うようになり、まるっきり大人のようだった。


 俺は何となく、いつかはこの家庭教師がいなくなる日が来ることをわかっていた。

 だけど、それが身近なことだとはまだ考えていなかった。

 立場を超えて一緒に過ごしてきた時間があまりに長くて、考えられなかった。


 だけど、俺の家庭教師として契約してここにいるマグナに、一体何が言えるだろう。

 返せる言葉はなかった。きっとそれが真実だと思ったからだ。


 そして、マグナを超えるという課題は、きっとマグナが俺にとって優秀な先生であったのだと、その証を求められているのだ。


 頷いた俺に、マグナは口元で笑んだ。挑戦的とも取れるような、傲慢な表情。そこに浮かぶのが期待であるのだと、俺にはすぐにわかるようになっていた。


「期限はおそらく、せいぜい1年程度のものでございましょう。楽しみにしておりますよ」

 不遜に笑ったマグナの表情には、迷いはなかった。



 しかし、マグナに勝つ。これはかなりの無茶振りなんじゃないか。


 一言尋ねれば知識の泉。多少の知識の偏りはあれど、歩くウィキ先生に等しいマグナと知識で勝負できる分野はない。

 しかも、マグナはここにいる間、更にその知識を向上し続けていた。


 生活態度は置いといて、実直な仕事振りや、俺の成長の成果に満足していた父は、マグナに甘かった。

 褒美のつもりなのだろう、多岐の分野にわたり増えた本は図書室を一新する勢いだった。


 決して雇用主に過分な要求などしない、父からしたらまだまだ年若いマグナのことを、父は気に入っていた。

 だから、簡単に切り捨てはしないだろうけど、契約満了に関しては父もまた引き留める術はないだろう。



 マグナは俺の魔法の先生でもある。

 勝てる可能性があるとしたら、まだ此方かもしれない。


 だけど、いまだに俺の分析の魔法はマグナに抵抗レジストされる。

 思っていたよりレベルもステータスも上がっていた俺でも…ちなみに、リドルとクロノの元でたまに行われる実戦訓練で更に鍛えられつつあるんだけど、それでも分析もできない力量の差がある。

 魔法抵抗のスキルだとかではないのは、リドルから聞き及んでいる。どうやら魔王討伐した勇者パーティーの魔法使い並の力量があるらしい。


 もういっそ、本で取り囲んで物理でも……って、何をして勝とうとしてるんだ俺は。弟子全く関係ない。



 そうやって、課題は課題として頭を悩ませながら、俺はもう一つ考えてることがあった。


 そっちの方は、今の俺でもなんとかできるかもしれない。そんな風に思えていた。

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