地方貴族と中央貴族 2
俺とユーリは、しばらくそんな気の抜けない興味とあら探しの世界で日頃の礼儀作法の訓練の成果を発揮してから、気晴らしに庭園へと足を向けた。
解放された庭園は一分の隙もなく整えられて、順路のある植物園みたいに自然と歩みを誘う。
灌木の垣に、花の咲き乱れる花壇は自然に見えるのに、飽きが来ないような変化を見せる。
ユーリをエスコートしながら見事な庭の緑を楽しんでいると、どこかから子供の甲高い声が聞こえてきた。
「ねー、あの花が欲しいの。取ってらっしゃい!」
豪奢なドレープをなびかせて俺たちの横を走り抜けた小さな令嬢が、困り顔で後ろから追いかける侍従を振り返り、造りこまれた花壇の花を指してふんぞり返る。
目を引かれて何気なく視線を向けた先には、芝の上に寝転がる小さな令息。
蝶を追って走り回る子がいれば、無遠慮に花壇に入ろうとしては侍女に泣きそうな顔で止められている子、喧嘩して腹をたて泣きわめく子たち。
そんな小さな子供たちで溢れ、後ろにはおろおろと困り果てた使用人がなんとか宥めようとしている託児所も真っ青な光景が、そこには広がっていた。
「まあ。やはりこういうところは私たちと変わりませんね」
俺の手を握って並んだユーリがふっと頬を緩ませる。なまじ地位が高い子供が多いぶん、地方のお茶会よりも使用人たちの苦労は多そうだ。
「そうだな。俺たちでも疲れる空間で、小さな子供はじっとしてられないよな」
妙に納得できて、俺は苦笑しながらユーリに返す。
俺たちも多分、年齢的には小さな子供に含まれるんだけどな。
「あっ…!?………っ、」
近くで聞こえた悲鳴のように息を飲む声に視線を向けると、走り回っていた俺より少し幼い令嬢がいつの間にか目の前で胸をそらし、こちらに向かって指を突き立てていた。
「あなたたち、見ない顔ね。私のためにあのお花を摘みなさい。私に似合うでしょう?」
向こう見ずな令嬢は、後ろで青ざめる使用人の意も介さずに俺たちに指図した。
ユーリと俺は顔を見合わせて、それから二人でふっと笑ってしまった。
令嬢の得意げな顔は、俺たちのお茶会の子供たちと変わらない。裏も表もない、まだこの貴族世界に馴染んでないほほえましさを感じさせた。
俺たちが笑うのを見て、令嬢はぷくっと頬を膨らませて小さな肩を怒らせる。
「なによ!何を笑っているの!失礼ね!」
失神せんばかりに顔色をなくした使用人たちの前でわめく小さな令嬢に、俺は一歩進み出て礼をする。
「失礼いたしました、レディ。
この庭園の花は貴女がたの目を楽しませるために、この家の方々が努めて造り上げた芸術です。手折ってはなりませんよ。
代わりに貴女に良く似合う花を贈らせていただきましょう」
道化のように恭しくかしずいて、俺は小さな令嬢に笑いかけた。
飽き飽きするよな、こんなプレッシャーだらけの空間は。
あの大きなホールでは、このおてんばな令嬢だって押し黙って笑っているしかないのだろうし。子供は子供らしくあったって、いいじゃんな?
俺は片手を持ち上げててのひらをさらす。
温かな緑の光を集めた手のなかに、キラキラと光の輪郭が出来上がり、令嬢が指していた花に良くにた一輪が色鮮やかに咲いた。
彼女の赤みのある髪に映えそうなオレンジの、花弁のたくさんついた大ぶりな花。
それを見下ろす背丈の令嬢に差し出すと、彼女は目を見開いて、今の魔法の光よりも強く瞳を輝かせて、顔を真っ赤にしてはしゃいで受けとる。
「まあ、すてき。すごいわ。魔法のお花よ。なんてすてきなの!」
手渡した花に夢中であどけない全力の笑みを浮かべる令嬢に、俺はサービスでさらに魔法を重ねた。
花のまわりに煌めく虹色の軌跡を残す、様々な色の光の蝶。目を見張った彼女が夢中で差し出した手の上にも止まり、羽をはためかせる。
ふと思いいたって、傍らのユーリへも蝶を差し向けると、ユーリはしとやかに指先へと蝶をまとわせながら、動じない、むしろしてやったりといった顔で笑った。
「さすがですわ、リュー様」
はしゃぐ令嬢の声と、ほほえむユーリの吐息以外は全く音がない空間。
さっきまで賑やかだった子供たちと疲れはてた従者たち。その全てが声もなくこちらを注視し、息を飲んで光の蝶を見守っていた。
思わず目立ってしまったことに、俺はちょっと動揺し、そこはかとなくやっちまった感が沸き上がった。
でもまあ、いいか。退屈した子供たちと、その相手に疲れた使用人たち。
かっこうの観客がこんなに期待して見てるなら、日々の魔法の訓練の成果だって見せどころというものだ。
息をするように、指先で魔力を操る。それはとうに慣れた作業になっていて、思い描いたままに魔法へと変わっていく。
この庭園の植物ひとつ傷つけないように、使う魔法は水と緑と光だけ。
浮かべた小さな水球に色とりどりの光を灯して、緑の草葉と花が舞い散る間に、光の小鳥を戯れさせる。
仲良く自由に翔んだり絡んだりする鳥は、自由を求める子供たちのよう。
空を見上げて手を差し伸ばした人の手には光の花びら。水球は時に弾けてしぶきではなく虹を輝かせて晴れる。
青い空に、うっすらと筆で掃いたような雲の下で、美しく萌える緑の囲いの中で、俺の小さな魔法公演会はしばらく続いた。
そろそろ終わりにするかと、浮かべた水球を全て弾けさせて大きな虹をかけ、光の鳥が彼方へと飛び去ると、さざなみのような感嘆であふれた庭園はいつの間にか人で満ちていて、驚いた顔で笑うソズゴン侯爵夫人と、満面の笑みのハルと目があった。
「すごいわ!魔法使いのお兄様。私、こんなにすてきな魔法を見たのははじめてよ。またお会いになってくださる?お手紙を書いてもいいかしら?」
目の前でキラキラの笑顔の幼い令嬢が大事そうに花を胸に抱えてつめよる。
「私は、マルドゥール侯爵家次女のアリステリア!お兄様、ぜひぜひ仲良くしてください!」
すっかり懐いてしまったその令嬢の名乗りに、俺は驚いて息を飲んでしまった。
アリステリア・マルドゥール。
乙女ゲームのライバル令嬢の一人になるはずの子が、今目の前で笑っていた。
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