地方貴族と中央貴族 1

 高い天井の梁が遠目でもわかる装飾で彩られ、板面には鮮やかに描かれた蔦が絡み花が咲く。

 昼の陽光の元でも輝いている磨き抜かれた宝石みたいなシャンデリアは、夜には昼に負けじと明々と光を灯し、その本領を発揮するに違いない。


 一望で見渡すのが難しいほど広い建物をぐるりと一面取り囲む高窓に、絵画のように整えられた、庭園で咲き乱れる花を切り取る広い額縁のような窓。

 曇りひとつないそこから差し込む光は室内であることを忘れさせるくらい明るい。


 足元には踏みしめるだけで最高級品とわかる毛足が長い絨毯。踏まれるためにあるはずのそれも、深みある赤に美しい紋様を描いている。

 幾つも置かれた円卓の白いクロスまでが選び抜かれたのを誇るようにシワひとつなく鎮座し、慎ましやかに賓客をもてなしている調度の全てが、きっと予想もつかないほどの一等品なんだろう。


 まさに、豪華絢爛ごうかけんらん


 行き交う人の数は多いけど、優美な所作は布ずれ程度の音しか立てず、囁くような談笑は柔らかく密やかだ。

 ここにいる大半は子供たちで、残りは引率の保護者。だけど、俺達が知るお茶会の賑やかさは影もなく、幼い子供の後ろには侍女や侍従が付き従い、礼節を失することがないように目を光らせている。


 これが、中央の貴族社会。


 初めて知る世界に圧倒されて、俺は汗ばむ手を握り締めて数度深呼吸した。



 ハルの部屋と、遊びに行った時通る場所くらいしか見たことがなかった中央の有力貴族の邸宅は、想像を超えていた。

 ハルの家系は度々宰相につくほどの有力文官家系で、ソズゴン侯爵は現役宰相補佐官。かなりの権力者だから、それに見合ったといえばそうなのだろうけど。椅子に座るのも緊張しそうな豪華さだ。


 ハルの母であるソズゴン侯爵夫人は、 俺たちと関わるようになってからハルが人見知りを克服し、誰とでも接することができるしっかりした息子になったことを喜んで、家格がどうだとは言わずに親しくすることを許してくれている。


 もともと侯爵夫人はユーリの父の妹、つまりは叔母であり、地方貴族に好印象があるのもあるだろう。


 中央の貴族にとっては、地方貴族は取るに足りない王国の倉庫番だ。

 対等と思われることもなく見下される存在であるとは、中央の社交に出入りする年長の子供たちからお茶会でよく聞く話。


 だけど俺も嫡男であるからには、いつかは中央の社交に加わらなければならない。

 いくら地方の弱小貴族だとしても、地方貴族と中央貴族を隔ててるのは貴族の優劣意識だけであって、王の名の元には平等とされている。


 家格でいえば、地方の男爵家なんか庶民と変わらないと見なされたとしても、カトゥーゼ家は領地持ちなので、関わることが免れないのだ。

 俺は本当に一番端っこの末端として、この貴族の世界に参加しないとならない微妙な立場というわけだ。


 いつかは関わりを免れない世界だからこそ、少しでも情報は欲しい。

 ソズゴン家のお茶会に招かれて、俺は色々な玉砕を覚悟でこの場へとやってきたのだった。



 今日の引率は、ユーリの母のサラジエート伯爵夫人だ。

 ユーリと一緒に伯爵夫人に連れられて、ソズゴン侯爵夫人に挨拶する。

 親しげに話しかけてくれる侯爵夫人に少しだけ胸が軽くなり、俺はユーリと共にこのアウェイな空間へと踏み出した。


 ハルは、多くの子供たちに囲まれていた。

 子供たちといっても、年端のいかない小さな子ではなく、社交界デビュー前後位の10代の半ばから後半くらいの少年少女が大半だ。

 柔らかな笑顔を絶やさずに、周囲と打ち解けたようにそつなく話をしている姿は、いつも俺たちと賑やかに過ごしている時とは違う。まさに、小さな紳士だった。


 ハルは、俺たちに気づくと柔和な笑みの瞳を輝かせた。

 俺たちは品よく繕って、主催家の子息であるハルの元に向かって挨拶をする。

 ハルの教えが身に付いた所作は、完璧とまではいかないが及第点は貰えるんじゃないだろうか。

 ユーリも7歳とは思えない優雅な身の運びで並んで礼をとる。

 指先まで神経を研ぎ澄ましながら、柔らかい曲線で動く動作の一つ一つは、見とれそうなくらい綺麗だった。


「今日はお越しいただいてありがとうございます。ひとときの語らいをお楽しみいただけると幸いです。

 後程、庭をご案内いたしましょう。その時を楽しみにしていますね」


 形式張りながらも、ほっとしたような嬉しげな顔でハルが返す。

 しばらくはこの挨拶の波から逃れることはできないだろうな。

 ソズゴン侯爵家と懇意にしたい貴族たちが集まる場なのだから、ハルは主役みたいなものだ。後で少しでもねぎらえる時間がとれればいいけど。


 そう長くはない挨拶ながら、親しみをにじませる俺たちの姿に、ハルを取り巻く貴族子女たちがざわめいて遠巻きに視線を投げられる。


『まあ、どなたかしら?』『地方の男爵令息と伯爵令嬢だと』『なれなれしいものね』『田舎者は礼儀をご存知じゃないのよ、そう仰ってはかわいそうだわ』


 ほんのりと聞こえてくる、優雅な嘲笑。


 あれ、テンプレすぎてちょっと緊張がほぐれて笑いたくなった。

 父が『相手にしなければいい』と言ってたけど、俺も同感だと思えた。


 ハルから少し離れると、今度はぽつりぽつりと、興味と好奇心から寄ってくる人々が少し。

 こちらは、明らかに見下してくる人、礼節を持ちながらも探ってくる人がほとんどで、数人親しげに声をかけてくれたのは同じく地方の貴族子女か、中央の領地を持たない小貴族の子女だった。


 この明らかな隔絶。


 俺たちが毎日畑仕事に追われなくていいのは、代わりに働いてる領民がいるからだ。

 中央貴族が政治だけしてればいいのは、地方がそれだけの食料をまかなうからだ。


 これってさ、お互い様じゃないかと俺は思うんだけど。

 分け隔てて自分の優位を誇示してるより、ちゃんと話ができた方が生産的だと思うんだよ。

 まあ、立場が弱い方がいくらそう言ったって、だめなんだろうな。

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