リュー8歳:領地開発編

カトゥーゼ男爵と嫡男

 強さを追い求めてる間に秋は過ぎ、その間サボりがちだった課題を日々時間いっぱいこなしているうちに、短い冬も終わろうとしていた。


 夏休みに遊びすぎて宿題に追われたような気分で数ヵ月を乗り越えて、やっと年が変わる頃には日常を取り戻すことができた。


 ちなみに、修行をしようが訓練をしようが、アリー先生との打ち合いではいまだ俺の剣はかすることすらないし、マグナに魔法の課題を出されれば必死でやり遂げてもダメ出しが多い。


 ほんと、強さってなんだろうな。いや、この二人もなんなんだろうなって思うけど。

 領主に必要なのは戦闘力じゃないことだけはひしひしと感じている。



 最近、宝石鉱山の基礎作りはまずまず進んでいて、宿場となる開拓村の形はできてきたそうだ。

 そこで今ある街道との合流点等の話になり、ソルアと俺もその話に参加することになった。


 基本的に父は細かいことを気にしない大雑把な人なので、俺がどんな魔法を使えるのかや仲間とどんな計画を立てているのかを知らない。

 ソルアから叔父さんへと話が行き、今回の話し合いが決まったんだけど、さすがにちょっと父に悪かったかな。

 自分の息子の話を義弟から聞くって、なんかこう隔絶を感じるよな?普通。



 話し合いは、父の執務室で行われた。

 年季が入った飴色の立派な執務机じゃなくて、今日はその前に置かれた艶やかな木目のテーブルと、ふかふかで蔦の刺繍が見事な若葉色の座面のソファーセットに、父と叔父とが並び、向かい合わせに俺とソルアが並んでいる。


 会議の最初は情報共有だ。開拓村の規模や状況、完成予定図。俺とソルアが知らない情報を教えてもらってから、街道の話になる前に、俺はまず自分の作った地図を差し出して説明した。


「これは、アトラント領内の精密地図です。俺には望遠視魔法と転移魔法が使えるので、ここ数年で調査しました」


 父に自分のことを説明したのは、初めてだったかもしれない。

 ソファーが小さく見えるようないかついヒグマみたいな体躯で俯いて地図を眺める表情は、いつもの快活な笑顔ではなくてちゃんと領主の顔で、何を思っているのかはわからなかった。



「わぁー、ウリューエルトくんはすごいねぇ」


 にこにこと地図を見る叔父は、ソルアと良く似ている。

 茶色い緩く波打った髪、茶色い瞳、あまり背が高くない細身で、中性的な幼い顔つきをしている。

 人に警戒心を抱かせない柔らかい雰囲気と無邪気なトーンの声音。それでいて笑みの形の目元から、金のなる木をギラギラと見つめている。まさにそっくりだ。


「精密地図と言えるほど、このままって考えていいんだね?宝石鉱山もかなり細かなところまで情報がまるっきり正しかったし。

 普通は新規の鉱山開発なんて何十年単位の賭けなんだよ?利益まで見越してこんなに迅速に使い物にできることはない。素晴らしいね」


 声に含まれる笑いまでそっくりに叔父は語る。どうやら前に伝えた情報の答え合わせはすんでいるようで、信憑性は高いと判断されているようだ。


「ありがとうございます。実は他にも宝石鉱山を領内に幾つも発見しています。しかし、過剰供給は値崩れをおこしますし、技術獲得のための委託開発に近い契約では、利率は少なくなるでしょうから、他は今後時間をかけてが良いのではないかと考えます」


 地図の上の数ヵ所を示しながら俺が説明すると、叔父の喉がくつくつと笑った。隣でソルアの喉からも同じ音が響いている。

 対して淡々と説明する俺、俺の向かいで黙々と説明を聞く父。ある意味、これも似ているのだろうか。


「それで、開拓村からの街道なのですが。今のこの辺りの村や街道を考えると、候補地はこの辺りが無難かと思います。

 だけど、友人のユーリアドラ嬢が、サラジエート領からこのルートで街道開発を考えたいという事だったので、それが実現する可能性も含めると、こことここ、こういう物流を作れたらいいのかな、と……」


 地図を示しながら、ユーリの街道開発の構想も交えて、俺は意見を述べる。

 大人二人は黙ってそれを聞いていたけど、いまいちしっくりはきていないようだった。


 ユーリの考えを説明するにはちょっと資料が足りないな。プレゼンが足りない気がする。


 説明しながら少し考え込んでしまった俺は、立ち上がった。それでも見上げる位置の向かいの大人たちを見て、意を決して提案する。


「説明の資料が足りないので、よろしければ俺の部屋へとお越しいただけませんか?」



 初めて踏み入れたオフィス化した俺の自室を見て、父と叔父は入り口付近で足を止めて室内を見渡した。


 昔のだだっ広い優雅な貴族子息の居室ではなく、少し乱雑なほど本や資料があふれ、所々に置かれた書きかけの書類や使い込んだ紐留めの資料が、そこにある活動を思わせるような、まさしくオフィス。


 驚く大人たちに少しばつが悪い気持ちになりつつも、ソファーセットへ案内して座るように促す。

 クロノが気を効かせてお茶を淹れてくれる。


 俺は、必要な資料を見繕うと、テーブルの上に並べて街道開発のための下調べの結果と、考えている開発の構想を説明した。


 二人は黙々と俺が差し出した書類を読み、気になれば尋ねて新たな資料の提示を求め、昼一番の日が高い時間からすっかりと時間が経過して、メイドが夕食を知らせにくるまで資料を読みながら論議を交わした。


 長い時間、いつの間にか本格化した街道開発会議が一時中断となってから、父は俺の頭をくしゃりと撫でていつもの快活な笑みを浮かべた。


「ウリューエルトは、すごいな」

 その顔はただの子煩悩な父親で、優しくて誇らしげで、愛情に満ちていた。


 俺はちょっと気恥ずかしいながらも、俺達のしていたことを鷹揚に受け止めて話に耳を傾けてくれる父をありがたく思って、父とはもっと話をしていかないとな、と感じていた。



 それから、父は執務室に時々俺を呼ぶようになった。

 俺のしていることの全てを把握しようとか、代行しようとかは思っていないようで、この放任は信頼でもあるようで嬉しい。


「ウリューエルトにはまだ早いと思ってたんだがな。お前は優秀だから、少しずつ領主の仕事を教えよう。お前の役に立つだろう」


 そう言って、本格的に領地運営について教えてくれるようになった。

 まだまだ手伝い程度だけど、習った書類を作り上げて手渡すと、内容を確認して間違いは指摘してくれる。


 そして、大きな手でくしゃくしゃと俺の頭を撫でて嬉しそうに笑う。

 いくら大人びていても、父にとって俺はまだ8歳の子供なんだよな。くすぐったいけど、温かい。


 少しでもしっかりと仕事をこなせるようにと根を詰めがちな俺に、父は休憩とお菓子を差し出しながら諭した。


「このアトラント領はひなびた田舎に過ぎないが、たくさんの地の恵みで潤っている富んだ地だ。領民は温かく、こんな凡庸な領主でも慕ってついてきてくれる。だからお前一人が、完璧である必要はないんだぞ」


 父も温かいが、父の愛するアトラントもまた温かい。


「俺は完璧にはなれないから、やれるだけやるんだよ。アトラントが好きだから」

 気恥ずかしさについ言い返すと、父は豪快に笑った。



 父との時間は俺にとって有意義で、時に今まで考えているだけで出なかった答えをくれる。


「なあ、父上はアトラントが発展することってどう思う?のどかな農地じゃなくなるのはやっぱりだめかな」

 俺がどこかでいつも考えてたことを聞いてみると、父は何でもないことのように答える。


「ここは遥か昔は魔道帝国だったこともあるらしい。土地は、住む人間が望む形に変わるものだ。多くが望む形に変わるのは良い悪いではなく当然のことだよ」

 その言葉は俺の理想に染み渡って行く。



 デカいな。領主としての父はデカい。


 超えることはできないかもしれないけど、いつか俺は父からこの大切な領地を、何の心配もなく受け継げるようになりたいと思う。

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