リューの修行 2
客観的に見た自分のステータスにはびっくりしたが、取り敢えず今日の目標は身体強化魔法の習得だった。
気を取り直して身体強化魔法の講義に入る。
「ご主人様ってほんっとブレないねー。よきよき。それで、強化魔法の感覚はわかった?ご主人様の魔法はイメージだから、感じた通りにやってみて」
俺の肩に乗っていた妖精はぴょんと飛び降りると俺の目の前をくるくると飛び回って促す。俺は頷いて目を閉じて、さっき感じた魔法の形を強く想い描いた。
でもさ、速さだけじゃ大怪我するし、速さと耐久は対だよな。いっそここに筋力値加わったら、速さはもっと増すんじゃないか?
身体の外は邪魔にならないように柔らかく包んで薄く。どんな衝撃も和らげるジェルクッションもいいけど、どうせなら跳ねてたわんで衝撃吸収する緩衝材みたいなのもよさそうだ。
こんな薄い膜の中に見えない分厚い二層素材、通販で売り叩けそうな文句だろ。
素早さと攻撃力は、よく効くドーピング的栄養ドリンク。
身体がかーっとして、瞬間的に力がみなぎる感じで、働ける成分が詰まってる。
有効成分は魔法なんだから効力に限界はないし副作用もない、世界一周フルマラソンでも一年完徹受験勉強でもこなせてしまえる優れもの。
想像力がない頭をなんとか回転させてイメージを固める。
目を開けると、全く見た目に変わりはなかった。片手を握って閉じてみる。何の変化もない。
魔法、上手くいかなかったのかな?
やっぱダメか、あんな適当なイメージじゃ。視線をてのひらから離し、周囲を見渡す。
そこには、風がなかった。音もない。降る陽光の粒子が見えるかのようだ。
時計を見てみる。カウントは止まっている。しばらく眺めてようやく回った時計を見ながら、また数を数える。
……、60。約60倍速。
……60倍?もう俺、戦う必要なくね?余裕で逃げられるだろ。
一日過ごしたら体感二ヶ月だとか、それなんてせいしんとときのへや?
いやいやいや、身体強化ってこんなおっかない魔法だったっけ?普通に数日間で孤独死できるわ!
取り敢えず、魔法をぽいと脱ぎ捨てる。今、俺、孤独感はんぱなかった。
これは、人間社会では使ってはだめな魔法だ。
多分王族根絶やしにしても誰にも気づかれないレベルでヤバいやつだ。
リドルは俺が脱ぎ捨てた魔法の残滓をすーっと吸いとった。
「すっごー。さすがご主人様、魔力が濃いよねー。でも、ご主人様が悪いことしようと思ったら歴代最凶になっちゃうのは今更だからねっ」
きゃっきゃと笑いながら光を振りまいて空中を飛び回るリドルに、俺は微妙な心地で頷いた。
俺ももうマグナのことは言えず、しようと思えば国を略奪できるとこまで来てしまったのかもしれない。
でもまあ、対魔獣としたら十分かはわからないんだけど。
「支援魔法はそれでオッケーそうだねっ。さすがボクのご主人様!
じゃ、サクサクと次いっちゃおー。魔法剣ね。あれ、ご主人様、剣なんか持ってるの?」
リドルに尋ねられて、はたと止まった。
確か、剣術練習用の小剣ならもってる。刃が最初から鍛えられてないやつ。
あとは、持ってないな。装備、ぬののふくだけだもんな。
とりあえず、練習だからいっか。
俺は情報化収納に納めていた小剣を取り出す。
手に馴染んだ小剣は、俺が剣術の基礎を習い終えた時にアリー先生が選んでくれたもので、鍛えた大人が持てば細身で確かに小さいんだろうけど、俺にはまだ両手剣サイズだ。
ひらひらと飛んできてその剣を見たリドルが感心したように呟く。
「さっすがご主人様、これスッゴい硬くて重いやつ。持ってるだけで筋トレ?ご主人様、マッチョ志望なのかしら」
………、アリー先生の期待はかなり重量級だったようだ。
素振り一時間の型練習は基礎ワークっていうのも、実は無茶振りだったりします?
剣の黒みがかった鈍色の刀身を眺める。素材の事には詳しくないけど、これに魔法をまとわせて、はたして無事なんだろうか。
「リドル、魔法剣って、剣が炎上したり凍って砕けたりはしないのか?」
尋ねるとリドルはひらひらと飛んできて刃のない刀身のうえにちょこんと座った。
「うーん、強いことは強いけど、壊れないって訳じゃないかなー。
魔法剣は、刀身保護も必要なんだよ。ここにね、うっすーくさっきの防御支援だけ張ってみて?」
当たり前のように無茶振りが飛んできた。さっきの今で、応用編である。
どの師が一番無茶振りなのか悩ましくなってきた。
ともあれ、刀身に薄い被膜を張る。
中身は魔法に負けない力と、刀身を守るクッション。何となくさっきのイメージと似ていたせいか、程なく黒っぽかった刀身が、うっすらと白く輝いた。
「ご主人様、上手、ブラボー!そしたらね、この防護の上に魔力を張りつめて、そうして、それを魔法に変えるの」
リドルは剣から退避して俺の頭の上へと飛び乗り、途切れずに指示する。
俺は、言われた通りに剣の防護膜の上に重ねるように魔力の膜を重ねた。
今度は薄く強くではない、この魔力が戦闘力になるのだから濃く分厚く。
魔力が行き渡ったら、それを魔法に変える。
何がいいだろう、やっぱりオーソドックスなのは炎だよな。炎の剣、アニメやゲームでよくあるやつだ。
―――――炎。
それを念じた瞬間、目の前ではゴウゴウと燃え上がる火柱が現れた。
刀身の延長上、長く高く、圧縮された炎が燃え上がる。
立ち込める熱い空気。赤を映す空の色。
ヤバい、俺が燃えそうだ。
咄嗟に俺にも支援魔法をかける。
マグナが父に仕える使用人として教えられないと言った意味がよくわかる。これは色々と危険だ、一歩間違えば自滅する。
リドルは俺の頭の上でぱちぱちと拍手をすると、頭から飛び立って俺から距離を取った。
変わらない無邪気な笑みで楽しそうに空中をひらひらと舞いながら、俺に向かって当たり前のように容赦のない言葉を向ける。
「ブラボー、ブラボー!ご主人様、さっすがー!じゃ後は
可愛らしい顔でにこにこと笑み、リドルは片手を上げる。
その小さな手の先に光が集まって強く白い輝きを灯し、やがて黒と赤が交わった禍々しいもやへと変わる。
周囲の魔法植物が輝いているのは、リドルに魔力を送っているからなのか。
不穏な気配は段々と濃くなり、空に浮かんでいた黒いもやは、コウモリのような翼、とかげのような尻尾に人の肢体、彫刻のようなすべらかな黒い肌に生気のない瞳、人によく似た顔は小さく毛がなくて、頭には立派な角が生えている、三メートル級の魔物に変化した。
これ、悪魔ってやつじゃね?
「ご主人様、頑張ってねー。大丈夫、ちゃんと勝てるくらいを選んだからねっ!」
かるーく言い捨てて消えたリドルに、俺は思った。
師の中の一番の鬼畜はぶっちぎりでコイツだ。
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