力と強さ :師、マグナ

 アリー先生に聞いてみた強さには、一応は納得はできた。

 納得はできたんだけど、それでも、もっと何か近道が、今の俺にでもできることがあるんじゃないかっていう焦るような気持ちがあった。


 アリー先生は、微笑ましいものをみるかのような顔で、『行き急ぐことは、死に急ぐことと同じですよ』と、いたわるような教訓をくれた。

言われたことは、なんとなくわかる。着実に、地道に、今できることを一歩ずつ。それは、俺の基本的なやり方だから。


 だけど、それでもどうしても思うんだ。

 またあんなことがあったなら、俺はまた何もできずに悔やむだけなんだろうかと。



 物理が無理なら、可能性があるのは……魔法?


 俺はいつものごとく、森の中の湖の畔、隠れ家の建つ魔法の練習場へと瞬間移動ワープした。

建物に少しだけ気は使うものの、広い森と開けた湖しかないこの場所では、魔法の練習がしやすい。


 湖の上で、水球をつくる。丸く浮かぶ水球は、直径数メートルほどのものも、難なく作ることができるようになっていた。

ふわふわ動くその水の塊を浴びたなら、火事の鎮火だとかはできそうだ。

便利だけど、戦えはしない。

相手が動かなかったら、水の中で窒息させることはできるかもしれない。でも、動かない相手から逃れるのは最初から難しくなさそうだから、あまり意味はない。


 水球を氷に変える。

何故かふわふわと雪のような粉氷になった大量の水が、ひらひらと風に乗って舞い、ひんやりとした風を運んできた。

真夏に雪なんて作ったら、気持ち良さそうだし楽しそうだ。

でも何のダメージも与えられないな。


 炎の勢いはやっぱりライター程度で、小さな火球を飛ばすことはできたが、草の上でもじゅっとかき消されたし、雷はスタンガン程度、木の幹も焦げない。


 少しばかりの強風はおこせても、せいぜい注意報も出ない程度で、真空波なんて起こせない。


 土魔法はこの隠れ家を造ったくらいある意味すごいんだけど、これもまた攻撃力はない。


緑魔法で植物を操れるけど、この前のスピード感を考えると、植物の反応速度は全くついていけない。


 光魔法は、照らしたり幻影を作ったりはできる。でも、ロックオンされても逃げられるほどの幻術ではない。


 闇魔法も、暗くするくらいなら使える。昼間でも昼寝がはかどる高級遮光カーテンとしては優秀だ。アイマスクいらないやつ。…やっぱり、攻撃性はないな。


 無属性魔法、なんてよくわからないものもあるけど、これは分析等の属性魔法以外の詰め合わせカテゴリーで、攻撃に向くものはない。


 俺は自分の魔法ステータスとにらめっこしながら唸った。

 俺の魔法は本当に安全設計すぎる。



「なあ、俺はどうしたら強くなれると思う?」

 俺は自室オフィスのソファーに転がるマグナに問いかけた。


 魔法を習い初めた頃の先生は、一般教養としての魔法、魔法の基礎知識を教えてくれた。

だけどその先生は、水魔法が少し使える程度で、色々な魔法を使える俺に実技を教えることができず、マグナが来た際に前任の家庭教師とともに退任した。

だから、マグナは俺の家庭教師かつ魔法の先生でもある。



 マグナは読んでいた本をパタリと閉じて、俺を真っ直ぐに見上げる。


「貴方は、何を目指していらっしゃるのでしょうか?名だたる武人でしょうか、至高の魔術師なのでしょうか」


 マグナが真っ直ぐとこちらを見据える顔には、表情がない。慣れない人間から見たら、厳めしいだろう。

だけど、俺にはわかる。これは、師として真意を問うているのだ。


「地位や名声や序列はいらない。ただ、大切なものを守れる力が欲しいんだ」


 俺は自分の中で繰り返す願いを、口に出す。マグナはふむ、と頷いて、理知の色に染まった鋭い瞳で問いかける。


「では、貴方が面した危機は、どのようになされましたら解決したのでしょうか。

貴方の魔法に戦う力はなかったとしても、貴方の魔法でならなせたことがあるのではございませんか?」


 問われて、思い出した。

あの時に強く感じた後悔は、『手を繋いでおけばよかった』。

慢心があの事態を招いたのだと、もっと注意しておけばよかったと。


 マグナは俺の考えを見透かしたように、答え合わせをするように続ける。


「貴方には、遥か遠くを見通すことができる。蔦の奥に隠れた古城の入口も、地層に埋まった宝石の鉱脈も発見できる。

ではなぜ、その地に、その周囲に、脅威があることを発見できなかったのだと考えますか?」


 それは、追及だった。責任を問い詰めているのではなく、俺の行動をつきつめている。


 そうだ。一応は出掛ける前に周囲の安全を確認はしていた。だけど、その確認がおざなりだったから、魔獣という脅威に気づかなかった。

古城の入口や宝石鉱山みたいに、目を凝らして隅々まで確認をしていなかった。


「魔物と張り合うのは容易ではありません。

人の力には限りがございます。貴方がたを守るためだけに日々鍛練する護衛や騎士が、集団になっても敵わないかもしれません。

そもそも、貴方の仕事は、魔獣と戦うことでも、他人を守ることでもございません。本職の武人に守られながら、この領地を守ることなのではないですか?」


 それもまた、真理だった。

俺は、欲張りすぎてるのだろうか。無い物ねだりなのだろうか。


「ウリューエルト、貴方は戦いを回避する力をおもちなのです。

戦って押し勝つ事だけが、力ではございません。争いを回避するのもまた勝利。

そのための能力を貴方は持っていて、それを活かすだけの叡知もある。

貴方の求める強さは、それで納得がおできになりませんか?」


 瞬間移動、望遠視。分析魔法もある。うまく使いこなしたら、索敵は容易かもしれない。例えばその辺を属性魔法と組み合わせたら、もう少し索敵に向いた魔法を作り出せるかもしれない。


 俺は、考える。それは、新しい課題で、確かに有効な手だてだ。頷いて理解を示したものの、どこか晴れない気持ちは無くならない。


 マグナは、俺の中に理屈で抑えられない力を求める気持ちがあるのを見透かしたように、静かに瞬いてほんのわずかに苦笑した。


「本当は、貴方ほどの魔法適正をお持ちであれば、願って叶わない魔法などないのでございましょう。貴方の心根は、傷つけることを望まない。私は、それでよいと思っているのですがね。

 そして、私はこれでも旦那様のご慈悲で貴方の師をあずかる身でごさいます。お坊っちゃまを危険にさらすおそれのあることを、乞われてもお教えすることが叶いません」


 マグナはうやうやしく頭を下げた。


 自分の知的好奇心を満たすためだけに生きているような明らかな変人ではあるといえ、マグナは仕事には忠実だ。

立場上、教えられない。それもあるのだろう。

だけど、この師が気づかない訳はない。


 それは、俺が魔獣とだって渡り合える手段が、なにかしらあるっていうことだよな?


「長い長い人の営みの中では、貴方と同じように悩んだ者も大勢いることでしょう。そして、解決手段に行き着いた者も、時には存在したのではないでしょうか。

『古代』から、たびたび人間と『共存』してきた、多くの『魔力や魔法』に連なる『知恵』を持つような、『人ならざる』存在であれば、そのような記憶を持っているのかもしれませんね。



 マグナの謎かけリドルの答えは、容易だった。

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