力と強さ:師、アリー
ティリ山脈で初めて魔物…純粋な魔獣に遭遇してから、俺は考えていた。
この世界で身を守るためには、やっぱりそれなりに強くなる必要がある。
特に、アトラントには人が踏み入らないような場所がたくさんある。魔力の多い土地も多いならば、魔力の結晶である魔物も多いんじゃないだろうか。
何より、もう二度と無力で絶望的な気持ちにはなりたくない。
思い出すと心臓が止まりそうだと思うのは、トラウマ的なものとせずに今後に役立てていきたいと思う。
―――でもな、強くなるって、難しいんだ。
基礎体力作り、剣術や体術の稽古。これは長らくずっと日課にしている。
それなりに体力はついて、街中でヤンキーに絡まれたならなんとかなるかもしれない。
でも身体の大きな暴漢だったら?
空間魔法を抜きとしたら、何とか逃げられたらいいなってところだ。
護身術もあるらしいけど、いかんせん俺の身体は小さい。
年なりには大きくても、大人と比べると子供だろ?いくら不意をついて相手の体勢を崩そうとしても、耐えられる可能性が高いから、『とにかく助けを呼んで逃げること』以上はないんだよな。
ましてや、それが筋肉だるまのゴリゴリマッチョネスでも勝てないような魔獣を相手にしたら、全く有効な手なんて思い浮かばない。
だったら、魔法はどうだと言うと。
平和な世の中に馴染んだ俺のイメージは平和だ。攻撃魔法の二次被害を考えてしまうくらいに。
人に怪我負わせるような魔法とか怖いだろ。人が怪我もしない程度の魔法攻撃なんて、魔獣にはかすり傷すら与えられない。
すごい攻撃魔法って、魔獣より脅威だと思うんだ。
俺、戦うのって全く向いてないよな。
俺はアトラントにも申し訳程度に存在する、騎士団の訓練を眺めた。
隣には、剣術と体術を教えてくれている先生がいる。
俺が5歳の時から、基礎の基礎から教えてくれたアリー先生は、退役騎士だ。
元々は中央の精鋭の中にいたけど、初老の頃に知り合いの縁でアトラントの騎士団顧問になって、田舎の一騎士団を鍛えた。
今はそれも後続に譲って隠居生活をしているお爺さんで、俺の指導は良い暇つぶしになると快く引き受けてくれたらしい。
立ち方、視線の動かし方、剣の扱い方、息づかい、身のこなし。そこから始まって、今は簡単な試合もできるようになった。
だけど、俺が振るう剣や仕掛ける体術は動きが限られていて、いつも簡単に受け止められてしまう。
「先生、どうやったら俺は強くなれると思う?」
広い鍛練場の、少し離れた壇上から眺める人の動き。
金属がぶつかる高い音や重低音、土を蹴る音。力がこもった低い声音が響く。舞い上がった草いきれ。やっぱり、専門職って迫力があるな。
アリー先生は、好々爺っぽく穏やかに笑うと、孫に言い聞かせるように語る。
「ウリューエルト様は、お強くなられましたよ。日々鍛練。これに敵うものはありません。
あそこで戦っているものどもも、誰もが皆自分の実力にもの足りず、強くなりたいと願っているでしょう。
私にとってはまだまだ未熟な点も多い。渇をいれてやりたいくらいです。
ですが、私も中央の騎士団の中ではまた、未熟者でしかありません。
天が唯一無二の強者を指定でもせぬかぎり、皆が未熟者なのです。では、貴方の言う『強さ』は、いかがなるものですかな?」
日々鍛練。目の前の騎士たちは、俺の数十倍の時間を鍛練に費やしてきている。
並び立とうと考えるのが愚かなくらい、俺はまだほんの少ししか生きていないのかもしれない。
「大切なものを守れる強さが欲しいんだ。」
唯一無二の強者じゃなくていい。必要な時に、力の脅威を迎え撃てる力。それ以上はいらないし、身につけた力を発揮する場が一生無くてもいい。
アリー先生は年齢の割に精気に満ちた若々しい眼差しで俺を見て楽しげに笑った。
「そう願い努力を続けたらならば、ウリューエルト様は彼らの年齢の頃には、彼らよりずっと強くなっているでしょう。
爺は楽しみですよ。長生きをしなければなりませんね」
強くなるには、地道な鍛練、そして継続性。
前世でもこの世界でも当然の理を、俺は再認識した。
そう簡単に強くなれるなら、この世界はパワーインフレですでに覇王に征服されていてもおかしくないもんな。
だけど俺はまだ、力を求めて止まなかった。
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