リュー8歳:力が欲しい…修行編

つるぺたの妖精

 領主館の門の前の、魔法植物の植え込みが広がってきた。


 何もしてないのに広がってきたんだけど?


 いや、魔力は与えてたんだけどさ。ティリ山脈に生えていた時みたいに、常に満ち足りて光るほどじゃない。


 一際よく育ったツルペータ草なんか、ぴょっこりと飛び出して子分を引き連れたようになってる。これは予想なんだけど、魔法植物のほとんどは根っこで株を増やすんじゃないかな。


 3畳くらいだった植え込みは、横に横に延びて3倍くらいになった。

 適当な所に魔力をあげれば伝わせてくれるので、そんなに手間が増えてもいないし、使う魔力もたいした量じゃないから何も問題はないんだ。

 ちょっと生命力にびっくりしただけで。



 アプセルムは今日も、この畑のように化した植え込みを見たがって俺の部屋に来た。門の外に連れていってくれる使用人はいないから、日課のように一緒に魔法植物を見に行っている。


 あれから見違えるように言葉が発達したアプセルムだったが、あの日の事はなにも言わない。

 だから、アプセルムが前世だとか、あの日の事をどれだけ覚えてるかはわからない。


 ただクロノの事は神様だってわかるようで、姿を見ると駆け寄って懐く。

 バランスが危うげな小さな身体で駆け寄る姿は可愛い。これはもう誰がなんと言おうと俺の可愛い弟なので、記憶なんかは些細なことだ。



 アプセルムと並び、ツルペータ草に魔力を垂らす。

 周囲で繁るナニヤーラ草やホントナラ草にも光が点る。


 ……この名前、故意だろうか。

 ツルペータ草もだが、ナニデツカ草とか、もうセクハラである。ちなみに効能は精力剤ではない。解毒剤だ。


 そんなセクハラな言葉遊びは置いといて、一面の光と緑の融合は今日も幻想的で、夢幻の森にでも立っているような気分だ。

 まるで、幻獣や妖精が佇んでいそうな神秘的な光景。


 この頃日照りも続いて、少し土も乾燥しがちだから、水も足しておこう。


 魔法で小さな水球をいくつも作って、空高くで破裂させる。

 虹と共に降る霧雨は、葉の表面を濡らして地面に吸い込まれていく。

 露に濡れた葉っぱの煌めきが増して、まるで喜んでいるみたいにキラキラ光る。


 うん、これでいいだろう。



 すっかりと馴染んだ幻想的な光景の中で、アプセルムがはしゃいでいるのを見守っていると、光の中で花が咲いた。

 アプセルムが駆け寄って、こちらを振り替える。


「にーさま、せいれー」


 見開いた目を輝かせてアプセルムが示す先には、てのひらに乗りそうなサイズの妖精が、ツルペータ草の上にちょこんと座り、トンボみたいな羽をはためかせていた。


「こんにちは、ご主人様、それと神様。ボクはツルペータ草の妖精ってやつ。

 この世界、すんごく久しぶりだなーっ。ご主人様、ちゃんと魔力ごはんくれないとボク枯れちゃうんだから、これからもよろしくね」


 妖精は両手を挙げて思い切り伸びをして、それからぴょこりとお辞儀をして言った。


 今日はちゃんとついてきていたクロノが、柔らかく微笑んだ。

 ツルペータ草の妖精。ボクっ娘の、金の髪に金の瞳、透明な羽をひらひらさせて空に浮き、緑のワンピースをはためかせた、テンプレ的な妖精である。

 これぞファンタジー。だが、女の子につるぺたそうはダメだろう。


「………とりあえず、名前を教えてくれ」

 ちょっとだけナニデツカ草の妖精が現れない事を祈りつつ、俺は妖精に答えた。



「あーいあい、名前ねー。ボクは色々な名前で呼ばれてきたよ。シウ、ハトハ、ナトラ、えーっと、ご主人様の馴染みがあるのなら、バンシー、シルフ、ニンフ、エルフとかもそうかなー。

 ボクたちは個体じゃなくて、共同体だから、いろんな手足があるんだよ」


 光の軌跡を描きながら、妖精がふわりと飛んできて俺の肩に座る。案外となつっこいのは、俺が魔力をあげてたからだろうか。


 近くで見ると妖精の姿は幼い。まるっこい顔、大きな瞳、柔らかそうな頬。等身が低い幼女。

 前世で聞いたことがある妖精の名前は全て違う姿だし、どちらかというと個体名ではなく種族として知られているものが多い。

 つまり、彼女にはそれだけ手足分体が多いのだろう。


 そして、俺の前世の世界も、俺がその記憶をもっていることも、知ってるってことか。こいつもある意味、神様じみてるな。


「あ、ボクはただの魔力の結晶だよ?妖精の記憶にシンクロしてるだけで。あと、ご主人様の記憶ともねー。

 ふっふっふー、ご主人様の姿に合わせてみたんだけど、ほーまんな美女の方がよかった?」


 妖精が片手を挙げると、そこには俺が垂らしていた魔力の糸があり、その先は俺の指先と繋がっていた。

 その糸から俺の意識を探っていたということか、抜かりなさすぎる。やっぱり策士なんだろツルペータ草!


 慌てて糸を切り離したのは後ろめたい事を考えたからじゃない。世の中知らない方がいいこともたくさんあるんだからな。



 妖精は俺の肩からぴょいと飛び降りると、半透明の羽衣をまとった美女の姿に変わった。

 要所は隠されているものの、肌の色が透けているアレだ。身体のラインが、本来見えちゃダメな域まで見えるアレ。


 ラッキースケベ的な棚ぼた感あるんだけど、何せ俺は8歳。あと5年後にください。

 あと、幼い弟に見せてくれるな。

 俺は妖精の頭を叩こうとして…デコピンしといた。女の子に暴力はいかん。


 妖精はからかうように笑って、元の姿に戻ると、こちらに戻りついていたアプセルムの頭の上に飛び乗って座った。アプセルムがぽかんとしている。


「へっへっー。ご主人様やっさしーんだね」

 妖精は全く悪びれない。


「この世界の妖精はね、他の世界とちょっとだけ記憶を共有してるんだ。

 だけど彼女は、今、一樹とこの土地の魔力から産まれたばかりの魔力の結晶、魔物の一種だよ」

 クロノがにこにこと教えてくれる。



「この辺りの土地は自然の魔力が豊富な場所が多いけれど、そのなかでも主の館が建つくらい魔力が濃い場所だからね。

 ここの魔力は地脈を流れているから見えにくいんだ。でも、根に本体がある魔法植物たちにとってはまさしく最適だっただろうね」


 知らなかった。俺はここに魔法植物の楽園を築こうとしていたらしい。まあいいか、ここ、完全に無駄スペースだったもんな。


「そうなのそうなの、その上ご主人様の美味しい魔力えいようまでくれるし、魔力たっぷりのお水もくれるし、みんなもーつやっつやで、あと何年かしたら、ボクたちティリ山脈みたいに生い茂っちゃうよ」


 ………いや、それはちょっと遠慮したい。



 いつまでもつるぺたそうだなんて呼べないから、俺はこの妖精に名前をつけた。


『リドル』


 なぞなぞみたいな機知と悪戯心。にぎやかで新しい光景を見せてくれる、テンプレ的なボクっ娘妖精。似合ってるだろ?


「ありがとー、ご主人様。ボクはこれからはリドル。仲良くしてねーっ」


 リドルはくるくると空を舞い、軌跡で光を振りまいた。

 ファンタジー感あふれる新しい仲間が、俺の現実に加わった。

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