宝石鉱山と商人

 短い夏が終る頃、俺は8歳になった。


 母は順調に体調を取り戻したし、ルーンディエラもすくすくと育っている。


 ルーンディエラは大きな緑色の目で、じっと見ている相手を見つめ返して、ふにゃりと笑う。

 主張があれば廊下に響き渡る鳴き声をあげ、事がすめば静かで大人しい、天使のお人形みたいになる。


 銀の髪は母方の血筋の現れらしく、緑の瞳はアプセルムとお揃いだ。

 きっと将来はあざと可愛いく成長してくれそうだ。あざと可愛い、嫌いじゃない。そうじゃなくても、ルーンディエラなら可愛いから何でもいい。



 このところ、父は愛娘と泣く泣く離れては執務室に閉じ込められる日々を送っている。

 というのは、以前隠れ家作りをしたときにソルア経由で代金がわりに支払った宝石のせいだ。


 かなり良い値段で取引された宝石は、俺がアトラントの地図を作っているときに偶然見つけた未開発の宝石鉱山から拝借したものだった。

 望遠視で見ていたときにはげ山が気になって、壮大にひび割れてるグランドキャニオンみたいな断層が面白くてしばらく観光気分で眺めていたんだ。その谷間の断層が光っていて、良く見ると宝石の原石っぽかったから調査した。

 少しだけ採取してみて、鑑定してもらって、宝石だと確定したから、思いきってその辺りの岩場の中を望遠視で覗いてみた。すると、宝石の原石がゴロゴロしてたんだよ。慣れるまで目がザリザリの気分だったけどな。


 宝探し気分で似たようなはげ山を調べてみたら、宝石鉱山はいくつか見つかった。

 こんなに宝石が採取できたら値崩れは確定だし、だいたい採掘技術なんかアトラントにはない。

 だから、少しだけへそくり用に土魔法でいただいて、後はアトラントの将来の資産として手を付けずにいたままだったんだけど。



 ソルアは質が良い宝石を諦めずに毎日のように交渉してきて、開発してないから採取できないと言うと、ソルアの父である商会の会長である叔父と、俺の父を巻き込んで、開発計画を持ち出した。


 計画としてはこうだ。まずは宝石採掘が得意な領地から、技術提供を受ける。

 何ならアトラントは土地の割に人口が少ないから、宝石新天地として移民を受け入れてもいい。


 数十年の期間を決めて、技術指導を条件に破格の歩合を提示すれば、教える方にとってうまい話となる。教わるこちらの初期の利益は減るかもしれないが、安定して採掘ができる。

 決めた期間が終わる頃には、最初の宝石鉱山は枯れているかもしれないが、他にもたくさんあるんだから、長い目で見れば安い技術料だろう。


 日本でもしてたよな、発展途上国への現地技術指導。テレビで見たくらいの知識しかないけど。

 この案を持ち出したのは叔父だったが、この世界の常識という訳ではないらしい。叔父の商魂のたまものである。


 専門職に投げるって、解決手段として優秀だな。もちろんリスクもあるんだけど。これが領主が行う政策というものか、と感慨深い。



 大人が絡むと計画を実施に移すのは早い。

 俺たちがまだ下調べと計画しかできないのに対して、容易に実現に向けられる行動力がある。

 現地への街道整備と、住居や生活環境の確保。数ヶ月で着々と準備は進められている。


 計画の実行には、それだけの責任を求められる。

 失敗すれば言い訳で済む世界じゃないし、失脚や没落、最悪暗殺もあり得るかもしれない。自分の立身は自分で守るしかない。

 民主主義の人権保護国家出身としては、それだけでハードモードだ。


 父はすごいよな、領主業を平然とこなして。失敗が有り得るのに、保守的過ぎず、変化を起こすこともできる。

 俺は父を見習って少しメンタルを鍛えた方がいいかもしれない。いざというときに、保身しか頭にない領主は嫌だからな。



 こうして、大人たちの行動力で、アトラントの新しい産業には、宝石採掘が加わりそうである。

 計画を実行するためには、行動力が必須だよなと思った案件だった。


 だけど、現実子供の俺や仲間たちには、できることは限られてるし、できる限りでやるしかない。

 時間だけはまだまだたくさんある。焦らず少しずつ、一歩ずつ着実に。


 とりあえず、アトラントの山には鉱石なんかも多分ありそうだなって思うけど、そこらは全く知識がないから、地道に調べていこうと思う。

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