薬草と医療と魔法
稲作の研究のため、俺はアトラントにある広大な山の麓の一画を開墾した。
ティリ山脈と呼ばれるこの山は、アトラントの真ん中辺りから南東にかけてそびえている、比較的なだらかな山である。
それでも土地の余ったアトラントでは、その周囲をわざわざ開墾しようなどという稀有な人間はおらず、ティリ山脈の周囲は大自然そのものだ。
まだ実験だし、魔法で出入りしても目立たない場所がいいだろうとこの辺りを選んだ。
まだ実際の進行としては、種籾から苗の栽培中だから、水田を準備するまでの余裕はかなりある。
木々を開いて
俺の魔法の主属性の一つは土魔法だから、使いこなせれば便利なものだ。
きっと魔法欄には開墾とか農作とか整地みたいなものが増えているだろうが、最近は微妙な気持ちになるからステータスチェックをしていない。
ティリ山脈はなだらかで、山脈という名はついているものの、そこそこの標高の山と、高くない丘が、ところどころ断裂しながら森に囲まれて一連となっている。
人の踏み入らない大自然は、岩や土がその地の色をさらけ出していない場所には、全て草と木が生い茂っている。
獣もいるのか、草が踏みしめられた本物の獣道っぽいものを見ると、ちょっとドキドキしてしまう。
そんな山の散策中、ふんわりと魔力を帯びて光る野草を見つけた。
「あれは、魔力ポーションの原料になる草だね」
足を止めてそれを眺めれば、一緒に山歩きをしていたクロノが、それに気づいて説明してくれる。
「ここは土地の魔力が強いから、こんなに群生しているみたい。この草は、貯まった魔力を栄養にして育つから、まだしばらくは採取してもたくさん生えてくると思うよ」
しゃがんで光の中の、色濃い緑のぴんと育ったその草をじっと見つめてみる。ほうれん草みたいな色で、タンポポの葉っぱみたいに細くギザギザしているその植物は、ちょっと前に隠れ家の薬草辞典で調べたものだった。
有名な魔法植物らしいのに、その名前が思い出せない。
クロノに聞いてみたけど、時代や国で呼び名が違うらしく候補が数百あるそうだ。仕方ないから考える。
うーん、なんだったっけ?…ツルナ?……ツルベナ?うーん…何か違う。
目をすがめて、ひたすらに葉っぱを見つめる。
その時、ふっとステータス画面が過った。
【ツルペータ草】 LV.18 HP:5 MP:155
種族:植物 年齢:3ヶ月 職業:魔法植物
力:1 知:1 魔:52 体:5 速:0 運:-5
魔法属性:回復
魔法:なし
スキル:なし
―――なんだよこれ!?
分析が植物に発揮されたんだよな、人間以外に試したことなかったから知らなかったわ。
ってかさ、じゃなくてさ?何で人と同じ形式のステータスでてくるんだよ!
知力あるの?運が低いの?むしった瞬間にHPゼロになるんだろ?憐れんで採取できんわ!
あっ、今運が上がった。つるぺたそうなんて失礼な名前して、お前なかなか策士だなっ。
ひとしきりツッコんでから我に返る。
あれ、分析が薬草にも使えるって、画期的じゃね?
前世で、俺とニコは大学の薬学部に通っていた。
俺には、体調をくずしやすいニコの助けになりたいという思いがあった。医学じゃなくて薬学を選んだのは、多分ニコの身体は医療ではどうにもならないことが何となくわかっていたからだ。
薬学を習う上では、人の身体のつくりとか、正常と異常だとか、医学的な基礎知識も学ぶ。
俺は薬剤師の試験に合格して就職を待つ身だったから、まだ臨床的な経験はなかったわけだけど。
かなり頼りない、卵からくちばし出したくらいのひよっこだけど、一般的な人よりは薬とか医療には詳しいんじゃないかな。
この世界の病気が、前世と同じかどうかなんてわからないし、魔法の万能さに比べたら微々たることかもしれないけど。今までしてきたことが少しでも、ここで実を結んだらいいな、なんて思いが芽生えた。
薬草の分析画面の編集を試みる。イメージは、薬辞典だ。
薬効に作用機序、副作用と禁忌、投与の際に気を付けること。保存に注意な場合には、それも書いてあった。
見本がない中で、忠実に再現できたかはわからないけど、思いつく限りのイメージで再編成する。
あとは、この世界の薬草に詳しくはないから、道具の説明文みたいな注釈も欲しいかな。それと可能ならば、製薬方法とか?そこまでは贅沢かな。
魔法植物なら、錬成になるんだろうか。どうせならできるようになりたいな、魔法薬作り。
ちょっと夢が広がりすぎてエラーが出てしまった。何度か取捨選択を繰り返す。
前世の知識と、この世界の常識が調和する。
俺は、新しいスキル、『植物辞典』『薬辞典』『製薬』『錬成』を手に入れた。願いを叶える神様が、手を貸してくれたのかもしれない。
もう一回、この世界で薬剤師を目指すのも悪くないかな。もう誰も教えてはくれないけど。
まずは、アトラント領の時期当主として、領地開発に忙しいんだけどさ。
この世界の人々が、薬学と医学と魔法が組合わさって発展した薬で、病のつらさを和らげられたなら素敵だなって思うんだ。
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