クロノとオムライス
短い冬は駆け抜けて、春らしくなってきた。
俺たちの日常はそう変わったものではなく、日々よく動き、よく学び、よく遊ぶで構成されている。
そう言えば、この国の王立学園の始まりは、実は日本と同じ4月だ。
前世の世界で、4月が年度始めな日本は珍しかったはずだ。学校関連は世界各地で始まりが違うとはいえ、9月始まりが多かったんじゃないかな。
クロノに問いかけてみたら、4月始まりの概念を持ち込んだのは日本人だったらしい。
ちょっと意味が完全に理解できてないけど、この世界を覗く能力があった日本人がいて、その彼女の理想が加わって、前世で見た乙女ゲームを作り上げたそうだ。
つまり、ゲームのシナリオライターは、そういうスキルか魔法を使えたってことかな。それで彼女の干渉を経て、この世界は彼女の理想に近づいて少し変化したらしい。
その一つが王立学園の4月入学であったり、攻略対象キャラが生まれた経緯だったり。クロノとこの世界にとってその変化は問題がないものだったから、彼女の描いた乙女ゲームのシナリオが、この世界の未来に存在する、なんてことになってしまったらしい。
本当に不思議な話だけど、とりあえずシナリオライターが純粋にハイスペックなイケメン好きの夢見る乙女でよかった。
これで病んでたりグロやホラーや猟奇好きだったりしたら、この世界、大惨事だったな。
―――しかし、だ。
彼女はなぜこの世界に米文化を持ち込んでくれなかったんだろう。日本人なら米だろう、って日が暮れても説き伏せたい。
中世の西洋的な、王子様とのラブロマンスを思い描ける世界なのはいい。
この世界観に米が似合わないのもわかってる。この国の食べ物だってうまい。
ヒロインがイケメンヒーローに差し入れるのは、おにぎりじゃなくてお洒落なバゲットサンド辺りの方が映えるのもわかる。
だけどさ、飽きるんだよ、パン食に。
日本人のソウルフード、米が恋しい。
高校生くらいの男子なら、可愛い女の子に差し入れられるのは、お洒落なバゲットサンドじゃなくても、時間がかかった弁当じゃなくても、具だくさんおにぎりで効果はばつぐんだ!
非モテの妄想おつって言わない。イケメンだったこともなければモテたこともない。
過去に何人か彼女はいたが、友達彼女ばかりだったし、友達っぽい仲以上になれる前にフラれてきたし。
それが俺だ、貰った弁当で三食しのげるモテ標準のイケメンたちのことは知らん。
午後の家庭教師の講義を終えて、オフィスみたいな俺の元自室では、ソルアは自分の机で夢中で金勘定をしている。
秘密基地づくりのときに買い取って貰った宝石が、予想よりも遥かにいい金額で売れたらしくホクホクである。
あまりに高い値がついたため貰った返納金は、特に使い道を考えていなかったため、マグナが気に入った民俗学の本を追加で何冊か購入した。
マグナはソファーに腰かけて、積み上げた本に高揚を隠しきれない様子で読み耽っている。
「米が食いたいな…」
小腹がすいて呟いた俺の声を拾ったのは、クロノだけである。没頭する他の二人は聞いていない。
「米って、あの一樹やニコちゃんがいつも食べてたやつ?」
クロノは興味津々に尋ねる。
俺と同い年を目指しているらしい姿は、最初よりも少し成長して、幼児から幼い少年になっている。
少年らしく好奇心旺盛にキラキラと目を輝かせて、クロノが想いを馳せるように続ける。
「一樹の作る料理はいつも美味しそうだったし、この前は実際に食べられてすごく嬉しかった。一樹の国の料理はすごく美味しいし、一樹は料理が上手なんだね、すごいよ。
一樹は本当に色々な料理を作っていたけれど、僕、あれがすごく食べたかったなあ、おむらいす?いつも一樹がニコちゃんに、にこにこマークを描いてあげるやつ。可愛くて、綺麗な色で、すごく美味しそうだったよね」
夢を見るかのようにクロノはうっとりと目を細めて胸の前で拳を握りこんだ。
なんか微笑ましいんだが。
お前、何でもできる神様なんだよな?親戚の小さな子供か、友達の幼い弟にしか見えないはしゃぎようだ。
「うーん、作るのはそんなに難しくないんだけど、この世界には米が無いんだろ?」
そんなに手がかかるものではないし、米があったらいくらでも作ってやれるんだけどな」
クロノは神妙な顔になって頷いた。
「うん、無いんだ。でも、僕も食べたいなあ。ねえ、一樹は米があったなら、僕にオムライスを作ってくれる?」
「もちろん、そんなものでいいなら作るよ」
真面目な顔のクロノについ笑ってしまい、俺は気楽に答えた。
そんなにオムライスが食べたいのか。何か似たようなものが作れないかな、オムナポリタンとか?
考える俺をよそに、クロノはぱーっと輝くような笑顔になって、浮かれた声で言った。
「僕、ヤオロズ様に米を貰ってくる!!オムライス、絶対に約束だからね。ちゃんとにこにこマークも描いてね!」
そう言い残して、クロノは消えた。最近少し縁遠くなってきていた、見事な神出鬼没っぷりで。
そして、その日も翌日も帰って来なかった。
だいぶ心配になってきた三日後に、クロノがドヤ顔で持って帰ってきたものは、無洗米5kgと種籾、そして稲作の知識だった。
「僕、美味しいお米が作れるように、ちょっと向こうの世界で20年くらい修行してきたよ。僕の世界には機械が少ないから、どうやったらその代わりができるかなっていうのも考えたのだけど、やっぱり一人では難しいね。
いつもみたいに皆で相談したらきっと上手くいくから、今度の集まりで相談しよう?」
無邪気にキラキラとクロノが語る。この神様、JA加入者である。何でもできるのに地道に農家体験し、行き着く先は仲間と相談か。
もう神様規模がわからない。
とりあえず、クロノの催促が聞こえてくるような無洗米を使って、俺はオムライスを作った。
チューブ容器に入っていない自家製ケチャップで描くスマイリーマークは難しかったが、スプーン使いは上手くなった。
……また何か、妙なスキルが増えている気がするんだが、気のせいだろうきっと。
一緒にオムライスを食べながら、クロノに米作りについて教わる。
アトラントには土地は余っているけど、その土地にあった農作はやってみなければわからない。
実験から初めて、数年で何とか食べられるものになればいいなと思う。
量産や品種改良は、そのまた先かな。新しい事を始めるって、本当に大変だ。
だけど、この領地で取れた米を、いつかクロノと食いたいな。
俺の領地開発計画に、また新しい目標が加わった。
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