友達と師弟

 過酷な学習時間が加わり数ヶ月、俺の見識はだいぶ広がったと思う。


 昨夜も俺の部屋に来て、小難しい話を意気揚々と語ってきた家庭教師は、大興奮の末に疲れはてそのままソファーで本に埋まり幸せそうに寝ている。家庭教師ってなんだっけな。

 でもまあ、そのくらいはすっかりと打ち解けた。貴族子息と家庭教師としては打ち解けすぎじゃねーかな。



 俺はマグナを叩き起こし、自分は午前の日課にせいをだす。午後からはハルと魔法の練習をする予定だった。


 マグナの知識はかなり広範囲に優秀であるようで、俺は座学だけどマグナから魔法の授業も受けていた。

 魔法の原理や理論を聞くと、俺の魔法は少し特殊らしいことがわかった。


 普通は適正のある魔法しか使えないし、イメージだけで魔力を魔法に変えることはできないらしい。

 その辺はクロノの加護の恩恵なんだろうけど、俺の残念なイメージ力で台無しである。

 模倣ならできるのかもしれないけど、生身の魔法はあまり見られるものではないんだよな。


 ちなみにマグナを分析してみようとしてみたことがあるが、抵抗レジストされてできなかった。

 しかもそれに気付かれたようで、分析魔法の追究という熱意で魔法の講義のドSさが増した。とりあえず、レベル差がはんぱないのは伝わってきた。


 とにかく、今日は午後からハルと出かけるのだ。魔法への熱意は同じだとしても、癒し感は天地の差である。



 ハルはこの数ヶ月で、随分と成長した。

 俺よりだいぶ年下にすら見えた身体は、小柄ではあるものの今は年相応に見える。

 体調を崩して訪問の約束を反故にしたことを悔しがって、少し体力づくりもしているらしい。

 俺の参加するお茶会には出席するようになり、ユーリや俺の知り合いたちとも臆さず話ができるようになった。

 まだちょっと知らない相手や苦手な相手の前では、俺やユーリの後ろに隠れるところもあるけど、内気ながらも社交性も広がってきた。


 魔法への意欲と憧れはとどまることを知らず、屋敷で座学だけではなく、実践も見たがった。

 最初は心配だったけど、森の奥の湖のほとり、俺がいつも魔法の練習をしているそこなら安心感があり、何度も2人で出掛けている。

 MPの残量が見えるようになった俺にはガス欠の心配もない。



「家庭教師の先生からは、何かまた新しいことを習いましたか?」


 以前よりは随分としっかりした柔らかい声でハルが尋ねる。

 片手は俺と繋いだまま、もう一方の手を湖に差し出して、テニスボールくらいの水球を風で運ぶその一点に視線は釘付けたままだ。

 ハルの主属性は水と風。何度も練習してわずかながらも魔法が使えるようになった時、ハルは喜び興奮してはしゃぎ、翌日には熱を出したらしい。


 水球が湖の上でふわりと浮き上がり、高く持ち上がったと思ったら弾けて水滴を撒き散らした。

 湿った風になびく銀の髪を乱暴にかきあげて、ハルは無念そうに湖面を睨み眉をしかめる。

 コントロールってすごく難しいから、その気持ちはよくわかる。


「そうだな、色々と習ってはいるけど、理論だとか類型だとかが多いかな。

 ほら、ハル、お前の魔力の色、すごく綺麗だ」


 俺は空いている片手を差し出して、湖面に落ちてしまう前に破裂した水球の水を集める。

 上向きの掌の上に浮かぶ水球は、ハルの魔力の残滓に染まり、銀と水色が折り混ざってキラキラと輝いている。

 無駄な魔力があふれている証拠でもあるが、とても綺麗だ。


 ふわりと浮かせた水球に意識を注いだまま、ハルの方まで漂わせる。

 ハルはもう一度それに手をかざして、一緒にそれを持ち上げた。


「綺麗……。こうやって見えるだけでも奇跡ですのに、こんなことで諦めていられませんね」


 柔らかな風に包まれた水球を、そっとそっと2人で空へと運ぶ。

 湖の上、高くまで舞い上がった水球はついに弾けて、小さな虹を残して消えた。


「リューは本当に、魔法のコントロールが上手ですね。リューにこうして教えてもらいますと、いつも次にはずっとうまくできます。私のお師匠さまですね」


 ふふっと無邪気にハルが微笑む。


「そうかな、俺もまだまだ習わなきゃならないことばかりだよ。

 だいたい魔法ならまだいいけど、マナーとか貴族の慣習とかはからっきしだし、未熟すぎて何かの師匠なんて恐れ多いよ。」


 マグナは非常に優秀な家庭教師だが、市井の出身だし知性に偏っている。

 それなりに貴族社会を見てきたようだが、それは使用人としてであり、貴族そのものとしてではないから少し弱いのだ。

 まあ、完璧な人間なんかいないし、マグナはすごいと純粋に思ってるけどな。お互いに苦手なジャンルが同じ師弟なだけなんだ。


 ハルは数度ぱちぱちと瞬いて、大輪の花が綻ぶように笑った。

 ちょっと前までの弱々しさが薄れても、やはり花のような笑みだった。恐怖や猜疑の心の底で虐げられていた、自信が花開いたかのように。


「それなら私にも、リューのお役にたてると思います。長らく格式張った侯爵家の屋敷で、引き込もって過ごしてきたのですから。

 私でもリューの先生になれるなんて、すごく嬉しいです」


 飛び跳ねそうな勢いでハルが此方へ身体を向き直らせて、繋いだ手を顔の高さまで持ち上げる。

 そっか、そうだよな、侯爵令息としてそつのないハルは、これ以上ないマナーや貴族文化の先生になるだろう。俺はハルの手を握る力を強めた。


「ありがとう、ハル。ハルが教えてくれるなら、すごく心強い」


 友達で、師弟。俺たちはまたひとつ新しい絆をつくった。


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