ハルと魔法

 お茶会でハルイルトと仲良くなっていた俺は、約束をしていた。

 ハルイルトと遊ぶ計画を立てる約束である。

 なぜ計画を立てる所からかというと、あの日は色々あって目的地ゴールにたどり着いた時点でお茶会は終盤だったし、その後時間の限り話し込んで仲良くなったんだけど、今後の話までする時間的な猶予はなかったのだ。

 ハルイルトには今度こっそりと会いに行くという約束をして、その日はお互いに帰路についた。


 少し時間が空いた今日、ハルイルトの様子を望遠視で覗いてみる。

 フォーカスを搾るのにちょっと苦戦したが、どうやら自室で机に向かっているらしいハルイルトの姿が確認できた。

 俺はカトレナの町で入手していた貴重品の魔力ポーションを上下カーキ色のお坊ちゃん衣装のポケットに突っ込んで、ハルイルトの部屋の前へと瞬間移動した。

 座標の認識が甘く、たどり着いたと同時に頭でノックするはめになったのは、反省して今後に活かそうと思う。


「あっいだっ…!!」

 豪快な音と共につい口から零れた声に、部屋の中からがたりと立ち上がる物音が聞こえる。しばらくして、扉の内側から小さな小さな声が聞こえた。


「あっ…あのっ……」

 驚いて様子を確認に来たものの声をかけるのが精一杯であったらしいハルイルトが、震える声で尋ねる。


「ごめん、驚かせたよな。ちょっと失敗しちまった、あはは。俺だよ、ウリューエルト。約束通り会いに来たんだけど、今時間はある?」

 ばつの悪い笑いを織り混ぜた俺の声を聞いてはっと息を飲んだ音が聞こえる。

 一拍置いて勢いよく開け放たれた扉で、心持ち扉に耳を寄せていた俺は今度は顔面でノック音を響かせてしまったが、ポケットのポーションは無事だったからよしとしよう。



「ウリューエルト、すみません、本当に……っ…」

 慌てに慌てたハルイルトは、半泣きなんてものではなく、もはや号泣の一歩手前だった。

 まあまあと宥めて部屋の中に入れてもらい、広い部屋の豪奢なソファーに座る。

 置かれていたティーポットで予備らしい美術品のような精緻な柄のカップにお茶を注いで、ハルイルトは俺の前のローテーブルに置いてくれた。


 ハルイルトの部屋は俺の部屋とそんなに広さだけなら変わらない。ただそこかしこに置かれている落ち着いた品の良い家具の全てが美術館に並ぶレベルなんだろうなっていうのは、無学な俺でも感じ取れる。


「本当に怪我はないの?人を呼びに…は、行かない方が良いですよね?あの、私は部屋にずっと他人がいるのが苦手だから、ぬるいお茶しかないのだけど…よろしかったら…」


 非常に健気である。

 打ち付けた俺の顔面が気になるようで、細く白い指を伸ばしかけるが、ためらったように引っ込めて視線をオロオロとさまよわせている。

 お前が女だったら俺は相当な役得だったのにな。残念ながら、ついてるところまで不本意にもあの時に確認済みだ。


「本当に大丈夫だから、今後どうやって遊ぶのか計画たてようぜ」

 だいたい、ダメージの半分以上は自分の失敗のせいである。

 安心させるようにハルイルトへにっこりと笑いかけ、空に浮いたままの手を握ってソファーの隣へ座るように誘導した。

 ハルイルトは涙を引っ込めて、ようやくぎこちなく笑った。



「家庭教師の居るとき以外は、私は屋敷の部屋か図書室にいることが多いので、ウリューエルトに合わせることができると思います。

 お母上が、私に友達ができたと喜んでくれていまして、移動拠点を使って行き来するのも許可をいただけるはずです。ウリューエルトのご都合の良いように…」


 眠くなるくらい品が良く柔らかな小声で、ハルイルトは丁寧に言葉を綴る。生まれの良さなんだろうけど、なんだかちょっとまだるっこしい。


「俺のことは、リューでいいよ。俺、瞬間移動で遠出するのは慣れてないし、どのくらいのことができるのかまだわかってないんだ。だから問題がないなら、普通に訪問し合うのがいいかな。

 でも、うちの格式でソズゴン家と頻繁に交流っていうのは難しいかもな。合間は打ち合わせて、俺が遊びにこようか」


「リュー…。リューが、そうしてくれるなら。私は、人と仲良くするのが上手くなくて……リューみたいに話ができる相手もいなくて。だから…この前話してから、リューに話したいことがたくさんあったんです、魔法のこととか。

 あっ、私のことも、……どうぞ愛称でお呼びください」


 ハルイルトは快く同意して、俺に愛称呼びを委ねてきた。

 ハルイルト、か。やっぱりハルかな。ハリーでもいいけど、魔法好きのハリーさんじゃリスペクト感あって気まずい。日本人は2文字4文字の略称が好きだしな。


 ハル、と呼んでみたら、ハルイルトは儚そうな花が綻ぶみたいな楚々とした笑みを浮かべた。こいつは少し、身体を鍛えた方がいいんじゃないだろうか。


「リュー、リューの魔法は本当に素晴らしいですが、実は私もこの前家庭教師の先生に、魔法の素養があると教えてもらったんです。リューみたいに魔法が上手く使えるように、教えて貰えませんか?」

 嬉しそうに目をキラキラさせて、ハルがお願いしてくる。

 うーん、魔法か。俺はそんなに上手に使えてる訳ではないと思うんだけど。


「俺もまだ魔法が使えるようになって半年だし、上手とは言えないぞ。だいたい、俺の場合は適当すぎて魔法の威力が調整できない所があるんだよな。瞬間移動も魔力切れが怖くて多用はできないし、今日も魔力ポーション持ってきたくらいなんだから。

 せめてステータスとかが見れて、魔力の消費量や残りがわかればなー」

 残念だが慣れて身に付けていくしかないか。

 やれやれと息をついてお茶を飲んだ俺に、ハルはぱちぱちと重そうな睫毛を揺らして瞬きし、うかがうように首を傾げた。


「…ステータスなら、確認できますよ?」



 異世界に馴染んだつもりの6年ちょっと、まだまだこの世界は俺の知らないことばかりのようだ。

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