お茶会と侯爵令息 1
月に一、二回ほど、近隣領地のマダムのお誘いでお茶会に出席する。
お茶会は社交の練習場みたいな役目もあり、社交界に進出していない子息令嬢を主とした子供たちが数多く参加する。
去年お茶会デビューした時には一番の年下で、ある程度の年上に囲まれていたのだが、俺が顔を出すようになってから次々と同年くらいの子供も多く参加するようになった。
どうやらマダム達が『幼いわが子可愛い』と自慢したいようで、小さな子の音楽会や発表会のように和気あいあいとその出来のよさを称え合う。
蹴落とし合わずに仲良く褒め合える地域性で精神的に良かった。
中央貴族の化かし合いは、聞けば聞くほどそこにいつか交わらなければならないのが憂鬱だ。
今日のお茶会には、近隣領の縁戚のお客様がご来賓である。
アトラントの南隣、サラジエートの領主である伯爵の姉で、中央の大貴族に嫁いだソズゴン侯爵夫人とその嫡男だ。
面識のない一部のご婦人がたは少し緊張していたが、侯爵夫人にとっては地元の同窓会みたいなもので、そこまで格式張ったものとなったわけではなかった。
しかし、さすがは中央の大貴族夫人。
立ち姿からして力強く、ひとつひとつの所作が完璧に教本通り。歩くマナーのような姿で、とても洗練されていて威厳がある。田舎の集いの中では浮き立った存在感だ。
挨拶回りから始まり、マダム達が優雅に談笑を交わす頃には、子供たちはいつものごとく思い思いに交流に散らばる。
今日の会場はサラジエート領主館の庭が覗ける広いホールで、総ガラス張りの窓の外には早くも蕾をつけた灌木、花壇には冬咲とは思えないほど色とりどりの花が並んで、まだ肌寒くキリッと澄んだ空気の中で鮮やかな花弁を誇らしそうにそよぐ風に揺らしていた。
ホールの傍らには扉がありそこから庭へと出られるようで、少なくない人影が見られる。
世間話に飽きた俺はこの庭を歩いてみることにした。
母はこういった場では、テーブルからはほとんど離れない人だから、だいたい俺が好きに出歩くのはいつものことだ。
灌木の間の小道を暫く散策していると、奥まりの開けた花壇に行きついた。そこにはまだ芽をだしたばかりの見頃まではもう少しかかりそうな花が植えられている。
少し遠くまで来すぎただろうか。
来た道を引き返して少し行くと、困った顔で灌木を見やる令嬢がいた。
茶色い髪を編み込み、大人しめな若草色のドレスをまとった彼女は、顔見知りであるマリエス・トラーマという12歳の、少し離れた領地の男爵の次女である。
どうしたのだろうと近づいて彼女の見ている方向を見つめると、彼女は俺に気づき、ほっとしたようこちらを見て、時々人の声が聞こえる樹と葉の先を視線で示した。
「ウリューエルト……フレイアートが悪ガキたちを引き連れて、茂みの影に小さな男の子を連れていったの。私、引き止めたんだけど、全く相手にして貰えなくて。
何か言ってるのはわかるけど、ここからじゃ遠くて聞き取れない。変な笑い声も聞こえるし、きっとろくなことじゃないんじゃないかしら。
私、大人たちを呼びに行ったほうがいいのかしら。でも、フレイアートはあれで伯爵家の子供だから…」
彼女は琥珀色のくっきりとした瞳で灌木の隙間を見つめ、小さな唇を引き結ぶ。そこはわずかに他の場所より幹の間が開いてはいるけど、彼女が余所行きのドレスで潜り抜けるのは無理そうだった。
不安そうに眉を寄せたままの彼女に、俺は気楽に声をかけた。
「俺がちょっと見てくるよ。マリーはユーリに知らせてきて。ユーリに任せたら大丈夫だと思うから」
ユーリとは、マリエスがフレイアートと呼んだ、7歳の伯爵子息であるガキ大将の妹である。
フレイアートが考えなしの悪戯っ子たちの親分なら、妹のユーリアドラは完全なるストッパーだ。
ユーリは5歳とは思えないくらい頭の回転が早く、機転がきく。マリエスを巻き込まずに伯爵夫人へと伝えてくれるだろう。
「わかったわ。ウリューエルトは小さいのに、頼ってしまってごめんなさい。でも、あなたも無理はしないようにね」
マリエスは頷いて、早足で館の方へと戻っていった。
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