アプセルム

 キラキラと輝く光は数日で消えてしまい、弟は普通の赤ちゃんになった。

 名前は『アプセルム』。


 俺の名前『ウリューエルト』は、この地方の古い神話に出てくる、旅人の異邦の神様の名前らしい。

 元日本人からするととんでもないキラキラネームに聞こえるが、そんな由来を聞かされるとかなり合っているんじゃないだろうか。

 俺が産まれたときには、アプセルムが纏っていたような光が部屋中に満ちていたらしい。

 神話の異邦の神様『ウリューエルト』は光の権化で、不正を照らして悪を討ち取る英雄だから、それにあやかって名付けたんだと。


『アプセルム』は、この地で『ウリューエルト』と出会って旅をする緑の神様。

 慈悲深くて優しくて、だけど芯の強い神様として描かれているらしい。

 この神話は、はるか昔にこの場所が今とは違う国だった古代の神話で、あまり一般的ではないらしいが、アトラント地方にはこの頃の名残みたいなお祭りが残っている場所があり、領内の歴史書に残されている。



 ―――アプセルム。

 まだほとんど閉じたままの長い金の睫毛の間からわずかに覗いた瞳の色は、夏の日差しに色付いた青葉みたいな深い緑だった。

 甘いミルクみたいな匂い。柔らかい頬を突っつくと顔をよじり指に吸い付こうとする。

 小さな掌を触ると、ぎゅっと握りしめてくる。

 知ってる、これは反射だって。でもため息がでるくらい可愛い。

 だいたいついつい突いても、アプセルムは泣かない。泣くのは空腹とかオムツとか、意思表示するときだけだ。


 もう、にやにやにやにやにやにやが止まらない。持って歩きたい。さすがに5歳児には抱き上げる許可はもらえないけどな。

 オムツを変えたり着替えさせたり、ベッドの上だけならメイドと一緒にお世話する権利を勝ち取った。

 メイドの抱き上げたアプセルムに果汁を数滴垂らした白湯を飲ます尊さ。俺、絶対に将来は子煩悩になる自信ある。



 可愛いアプセルムに不自由させないためにも、イケメンと権力に……違った、イケメンの権力に、負けない力を身につけてアトラント領を守らないとな。

 こののどかなアトラント領で、そこそこ忙しく働きながら、美人より愛嬌の大人しくてほどほど可愛い嫁と、アプセルムみたいに可愛い子供に囲まれて過ごしたい。

 夢が広がる。


 兄ちゃんちょっと真面目に頑張るよ。ブラコンっぷりをウザがられないくらいカッコいい兄ちゃんになってみせるから。

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