はじめての視察
「うっわー、大自然」
目の前に広がる緑の絨毯は、ある程度手入れされているようで、丈の短い柔らかい草だけでできている。
真っ直ぐにならされた剥き出しの地面が、大きな馬車が擦れ違うことができる程度の広さで延びて、その先は遥か遠く見えない。
草原の端には、青々と陽の光を弾いた木々が薄く繁っている。まるでこの場所を区切る生垣のようだ。
振り替えると領主の館が遠目に見える。ここは、館前の広場の中程らしい。
だが、なんだか変だ。空を飛んでいる?いや、これは夢を
「神視点ってこんなんなの?」
手を繋いだ感覚だけはあるクロノに尋ねると、ふっと景色が揺らいだ。
瞬きの間に現れたのは、腰まで延びた銀髪を軽く結わえ、簡素な、でも質のよさそうな、草色の旅装に身を包んだ美少女?いや、多分経験上美少年。
繋がっている手を引かれて、自分にも
「ごめんね、どっちがやりやすいかなって思ってさ。慣れてる方がよかったね」
大人の姿のクロノが、普段より低く落ち着いた声音で、普段通りに言葉を連ねる。
瞬くと揺れる長い睫毛は光を弾いて煌めき、透き通った水色の瞳が伺うように俺を見ている。中性的な骨格は線が細く、肌は白く滑らかで、頬と口元のみ淡く血色を乗せる。女神とみまごうような美神、―――爆発しろである。
思わずフンッと鼻を鳴らしかけて思いとどまった。あまりにも小物過ぎて自分で切なくなった。
「さっきのも、高いところから全体を把握するときとか、障害物が多くて見通しが悪いとことかでは重宝しそうだよ。慣れてなかっただけで。で、なんだよその格好は」
クロノをまじまじと見たあと、ちょっと眉間に皺が残ったまま繋いでいないほうの自分の手を見る。そのまま見下ろした俺の格好もクロノと同じ旅装らしい。が、そこそこ筋肉を感じさせる長身は身に馴染みがない。
一樹は背が低い方で、ちょっと痩せ型だった。生命力を抑えた省エネだったのかもしれないし、もともとニコとは一卵性なんじゃないかというくらいそっくりで、多少の男らしい差異はあっても中性的の部類だった。
長身やっふぅーである。今ちょっと自分にはなれないと思ってたスーパーヒーローになった気分で小躍りしたい。思わず頬がにやけた。
「子供が二人だけで歩いてたら変かなーって思ったから、大人の姿にしてみたんだ。他の人から見えないようにも見えるようにもできるよ。実体じゃないから視点変更も場所を移り変わるのも自由自在だから、便利でしょ?」
クロノは俺のにやつきには気づかずにドヤ顔の子供のように胸を張って鼻息あらく笑った。相変わらず折角の美神が台無しの残念さだ。
「一樹に合わせるから、やってみて。一樹が考えたように視点や位置を動かすから。一樹はどこにどう行くか考えて」
なんて便利な提案をドヤ顔のままクロノはしてくれた。何だか創作系のゲームみたいだな。色々なところにもの作ったり好きな生活したりするやつ。
慎重な俺は、ゲームならまずやっておくことがある。それは一通りの動作確認だ。
「わかった、ありがとうクロノ。まずはちょっと歩いてみよう。」
大人の歩幅で手を繋いで歩く。足元の踏み固められた道は歩きにくいほどじゃないけども、何度も轍が埋められた凹凸が見られて馬車の乗り心地はあまりよくないんじゃないだろうか。
しばらくそのまま道を歩いていくと、かなり遠目に木々の囲いが見えた。その間に大きな門が佇んでいる。
……えっ。まさかの敷地内?ここすでに我が家の庭?どんだけ広いんだよ領主館!!
その門を確認したいと思ったら、ふっと視界が切り替わった。
どうやら瞬間移動したらしい。便利だ。
視界が変わる瞬間がちょっと気持ち悪いけど。映像の移り変わりに頭がついていかないみたいな。次からは目を瞑っておこう。
門は閉じられておらず、門兵もいなかった。有事の時の備えみたいなものだろうか。
門の外には変わらない剥き出しの道が続いている。見通しの良い道の端には、石壁が腰下くらいまで積まれて、道と草原を仕切っている。
周囲は、林。だけど陽の光は差し込むくらいで密にはなっていない。
予測だけど、領主館が囲い込まれないように、不審者に潜まれないように造られているみたいだ。こんなのどかな田舎なのに。
代わり映えない道筋を今度は上から俯瞰して、その中頃、その100m位先、と点々と確かめながら街の門扉が見える場所まで移動した。
俯瞰は慣れると便利だけど、ストリートビューとかでよくあるようにカメラ酔いするので注意だった。
着々と観察した結果、家の門から外門(?)までが7、8㎞くらいで、外門から街までが同じくらい。といっても目測だから正確ではないけどな。
街の近くになれば、他の小道と何度か合流する場所があり、主街道は少しだけ湾曲していた。
道の脇は、林や空き地なんかが多かったけど、街に近づくと所々畑が見えた。建物はせいぜい作業小屋くらいだろうか。もしかしたら畑の中に民家もあるのかもしれないが。
辿り着いたラトリナの街の入口には門衛が立っていたので、本当に姿が見えないのかおっかなびっくりすり抜けた。
安堵の息をついた俺の姿に、手を繋いだままのクロノが馬鹿笑いしそうになったので、思わず頭を叩いといた。
聞こえないのかもしれないけどヒヤヒヤするからヤメロ。
叩かれて尚も笑う美神の手を引いて街の中を進む。
堂々とした門前宿の立ち並ぶ町並み、舗装もされていない土の小道の両脇に二階、三階建ての白壁や煉瓦の建物が並び、その一階部分を開放した店先で並んだ商品を眺める人たち。
歩く人々は似たような簡素な綿の単色の服を身に纏っている事が多いけど、中にはこの辺りの装いではないとわかる豪奢な刺繍と色合いの旅装束の商人らしき人や、きっちりとスーツを着こなす身なりの良さそうな護衛を連れた人、家畜を連れた農民らしき人なんかもいる。
行き交う人々の活気溢れるざわめき、どこかから聞こえる呼び込みの声、笑い声に、たくさんの話し声。
ファンタジー世界を切り取ってきたような光景を、今この目で見て認識して、得もしれない感動が沸き上がった。
「クロノの世界は、すごいな」
さっき叩いたことなんて無かったかのように、振り向いて繋いだ手の先を見やると、クロノは嬉しそうに優しい視線を活気に満ちた街へと向けた。
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