視察の計画を立てよう

 ようやく自分でスケジュールを調整できるようになったので、クロノと視察の予定を立てることにした。

 朝から夕方まで色々なことに駆けずり回る俺に、部屋で常時待機していたメイドは呼び出し制になったし、まだ専用の侍従や侍女もいないから、俺のスケジュールを把握しているのは俺だけなのである。よくやった俺。


 もう3ヶ月もすると6歳になって、侍従を考えるなんて話があったから束の間だけどな。

 侍従は是非とも俺の仲間にしなければならない。と、今考えても仕方ないことは置いといて。


 相変わらず神出鬼没なクロノは呼ぶとすぐにやってくる。気がすむとふいといなくなる。いつも一緒という訳ではなく、一緒にいる間は馬鹿騒ぎする友達みたいな距離感だ。クロノを呼んで、話を進める。


「やっぱり最初は魔法で見せて貰うのがいいかな。俺はまだ外の世界を知らないし、うっかり道に迷ったり誘拐されたり魔獣とでくわしたりしたら、大騒ぎになるだろうし」


 安全第一、まずは視察の偵察から。この世界の常識では、護衛なしに貴族は遠出しないらしいし。だいたいこのばかでかい屋敷の門前は、お城が三つくらい建ちそうな広大な空き地である。子供の足ではそれを越えるのも一苦労だ。


「そうだね、少しずつ慣れるくらいの方がいいかもね。僕と一緒なら何かに襲われることはないし、道に迷ったら空を飛ぶか瞬間移動ワープしちゃえばいいけど、それは一樹が求めてる視察じゃないんでしょ?」


 ………そうだった、同行者は何でもできる神様だった。

 だけど、そうだよな。領地の視察なのに神視点じゃダメだよな。

 まあ魔法で見せてもらうのもズルなんだけど。空を飛んだり瞬間移動は楽しそうだが、それは視察とは別の興味だ。

 視察の最初の目標は、やっぱりこの領土を大雑把に知ることだろう。


「クロノとチート観光ツアーも楽しそうだけど、まずはもうちょっと情報収集してからだな。行きたい場所も思いつかないんじゃ、能力の無駄遣いだ」


 俺は用意していた地図を開いた。アトラント領の大まかな見取り図である。

 だが、領土は広すぎる上に書き込まれたシンボルは領主館とまばらな町村、あとは川や森や湖といった地理くらいの大雑把なものだ。

 街道は全て細い線で繋がれ、その質や広さに違いがあるのかもわからない。広い農耕地には一応メモ書きされているが、仕切られていないので範囲がわからない。


 何もない場所が本当にただの更地なら、テーマパークが10個くらいできてもまだ有り余る。

 地図の精度や縮尺がまだ掴めてないから、実際見てみないことにはわからないけど。


「この地図を元に、一通り全部を見て回りたいな。でもまあ、屋敷の外を本当にほとんど見たことないんだし、最初はこの領主館の周囲から一番近い街までにしよう。

 魔法なら帰る時間は考えなくていいし、実際どのくらい時間がかかるかもわからないから、あくまで予定。

 何度か出掛けて感覚が掴めたら、時間含めてきっちりとした計画を立てよう」


 地図の上に記された主街道っぽいものを指でなぞり、一番近い街を示す。

『ラトリナ』と書かれたその街は、領主館から街道で一直線に繋がれており、おそらくアトラント領の主たる街だと思われる。

 アトラント内で大きな産業や名所なんかは聞いたことがないし、図書室に並べられた農耕関係の本の多さや、父の執務室でこっそり読んだ税収の書類なんかからも農業がメインなのは間違いない。

 交易関係で発達した街があるかもしれないけど噂にも聞いたことがないし、政治の中枢は他の地よりも発展するものじゃないかと思う。


「うん、その辺は一樹に任せるよ。僕は人間が普通どう考えるかがわからないから、一樹の指示に従う。一樹が何を見たいのかも、実はよくわからないんだ。僕にはこの世界のことならなんでもすぐにわかるから」


 クロノは困ったように笑った。自分が神視点だってことには、気づいてるみたいだ。

 だけど、変だよな。何でもできる神様が、どうしたらいいかわからないって苦笑してるなんて。


 俺は思わず手を伸ばして、隣で地図を覗き込んでいたクロノの頭をわしゃわしゃ撫でた。いつもニコが考え込んでた時に、そうしてたように。

 クロノはびっくりしたように顔を上げ、幼い顔に満面の笑みを浮かべた。おかしいよな、こいつ神様なのに、どこか思いきり小さな子供みたいだ。


「人間が普通どう考えるかなんて、俺にもわかんねーよ。俺もお前がなに考えてるかわからないし、誰だってそんなもんだろ。伝えたいことは口に出す。わかりたきゃ聞いて考えて心いくまで質問する。

 それが噛み合ったときだけ、ほんのちょっとわかるくらいの、理解できてたらいいなっていうくらいの、そんなもんだろ」


 以心伝心、なんて思ってたら、実は全然伝わってなかったなんてことになる。こいつは神様だからちょっと違うのかもしれないけどな。


 クロノはちょっと驚いたように瞬いて、それからふにゃりと頬を緩めた。親に誉められた幼子みたいに、信頼と好意と喜びが溢れた緩んだ笑顔だった。


「それじゃ、行こう。僕は一樹の役にたってみせるんだから」


 クロノに差し出された片手を握る。

 うたた寝するように、瞼が落ちて身体から力が抜けていく。何かが抱き上げるように、優しく俺の身体を包んで横たえた。

 …多分床だけど、まあいいやありがとう。


 夢に落ちるような感覚は一瞬で、次に目を開けた時には色鮮やかな緑の草木と広大な大地が広がっていた。

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