今後の方向性と方針について

 計画をたてるなら具体的かつ実現可能なように。


 とは、懐かしき日本での教えである。

 結果は可視化できるように、評価して改善できるように。PDCAとかOODAとか、考え方まで概念化されていた文明世界プレシャス。


 俺の場合は実績ゼロだから、OODAだろうか。Observe (観察)→Orient (状況判断、方向づけ)→Decide(意思決定)→Act (行動)。

 まずは観察し情報収集からだな。でも判断できる材料が揃ったら、ひとつずつ解決のための行動に移そう。

 なんとなくそうするつもりだったとしても、理論的な裏付けがあると安心するんだよ日本人だったから。



 最初に、情報収集について。


「情報は、まずは家庭教師から習うのと、この家の図書室はでかいから多少古くても使える部類のはそこで読めるだろ。欲しい本があったら、頻繁じゃなければ買って貰えるかな」


 我が家の生活は貴族としては質素だけど、その分わずかばかりの資産を溜め込んでいる。書籍は高級品であるが、勉強したいと言えば買ってくれるだろう。


 ベッドから飛び降りて、小さな足で寝室を出て隣の部屋へと向かう。明るい窓辺の年期ものの机の前で、子供には高すぎるビロード張りの猫足椅子へとよじ登り、正座して背伸びするように紙とインクとペンを手繰り寄せた。

 幼児に優しくないアンティークだが、文具が迷わずに使える暮らしは裕福とも言えるので文句はない。


 考えた情報源を子供ながら身に付いた綺麗な文字で紙に連ねていると、後からついてきたクロノが椅子の傍らで連ねた文字を眺めながら口を開いた。


「相変わらず勤勉だよね。ニコちゃんと一緒によく勉強してたし。でも、欲しい情報なら、僕はなんでもあげられるよ?この世界の全てだって教えてあげる」


 それを聞いて俺は思わずクロノを振りかぶって見つめた。必死である。


「なんか恐ろしい事を言ってるな!世の中には知らぬが仏って言葉もあるんだよ。知りたい事がどうしてもわからなかったら聞くけど、最初から過剰な情報なんか取捨選択する才能ないっつーの。頭が爆発するわ。

 だいたい俺がお前と仲がいいとか、知られたら絶対面倒くさくてドロドロするやつだろ?そこそこ楽しく平穏に暮らせたら俺はそれでいいし」


 そこそこ可愛い女の子と懇意になって結婚し、平和で穏やかなアトラントで領主業にせいを出す。最終的なハッピーエンドはそこだ。

 これは決定事項。譲れない。…両親に似ているのを今自覚した。


 クロノはつまらなそうに口を尖らせた。

「一樹は僕に頼ってくれないの?僕はこの世界なら、君の望むものをあげられるのに」

 俺の望むもの。何だろう、言われてもピンとこず、今は思い浮かばない。

 アトラントとカトゥーゼ家の平穏は望んでいるが、だったらどうなりたいまでの具体性はない。


「ニコはさ、やれるのにやらないのが嫌いだったんだよ。生きてるのにしないのが。だから、苦しくてもできる限りのことをしてる奴だった。

 勤勉なんか、ニコの魂の片割れだから当たり前だよ。楽していい思いは、別に望んでない。理不尽な不幸にみまわれなきゃ、それでいいや。そこんとこはマジで頼む」


 ニコが、俺が生きてることをどんなに喜んで大切にしてくれていたのか、今ならわかる。一緒に全力で楽しんで、全力で頑張って、限りある時間を無駄にしまいとしていたのが。

 もうすっかりと他人なのに、いまだにニコに呆れられるのは嫌だなって気持ちが俺にはある。


 それに、神の加護でアトラント領は幸せになりました、っていうのはあまりにもお粗末で、それじゃ神の加護がなくなった未来は今よりもずっと廃れてるんじゃないかとも思うし。

 未来永劫栄える地となったなら、きっと血で血を洗う戦場になるだろうし。そういうのは到底俺が責任をとれることじゃない。



 不満げなクロノを尻目に、計画を書き連ねる。

 アトラント領内の実情も知らないとだな。

 生活の質を向上するためには、だとか、足りているもの足りないもの。

 行商関係はあんまり栄えてないし不便も多いんじゃないだろうか。

 領主の屋敷の前にお城が何個か建ちそうなくらいに土地は有り余っているのだから、何か有効活用したい。


「やっぱり視察には行きたいな。ここから見えるのはのどかな風景だけだし。でもさすがに箱入り5歳児じゃ頻繁に外出は無理か」


 窓の外に目を向ける。身長に合わずに見上げた窓の外には、燦々とした陽光とあふれる緑。5年分、肌に馴染んだアトラントの景色。


「それなら、僕は見せてあげられるよ。抜け出して視察ごっこでも、ここから望遠するのでも」

 クロノが一変してウキウキと弾んだ声で提案する。

「よし、頼んだ」

 計画の続きに『こっそりクロノと視察』、と書き入れた。



 後は、何だろう。

 ・情報収集

 ・勉強:一般教養、貴族教育、領地経営、地理と歴史、国外勢力図 などなど(随時増えそう)

 ・領地の内情把握、課題の抽出

 ・国内情勢と貴族勢力の把握、関係性と問題点の洗いだし

 ・体力作りと鍛練

 ・どうせなら魔法の習得(できれば)


 大まかに、こんなところだろうか。

 やることは多いけど、まだ5歳だしな。

 ゲームの開始が15歳だったから、あらかたの実績を10年で上げるのが目標で、今は情報不足で具体性がぼやけてるから、適宜修正して詰めていく必要があるだろう。


 側で見ていたクロノが興味深そうにあれこれ質問するので、いたずらを画策する子供たちみたいに軽口を交えてわいわいと語り合いながら、紙が計画で埋まる頃には日が傾いて来ていた。

 ………今日はすごく疲れたな。ちょっとした達成感はあるけど。

 クロノに手を引かれながら幼い身体をなんとか引きずり、ベッドの縁に転がり込んだ。


 ―――おやすみ。

 既に身に馴染んだ新しい世界。起きたなら必死に、モブ生を充実させよう。

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