現状を整理してみよう

 とりあえず、風呂に入って着替えて食事して、使用人と父母に泣きながら揉みくちゃにされたあと、やっと部屋に戻ってきた。

 何を置いても風呂と着替えが第一選択だったのは仕方ない。5歳児のプライドだ。多分きっと5歳児としてもこの恥辱と絶望感が三日断食した食欲に勝ったのはおかしくない。


 ちなみにこの世界には、ガスも水道もある。シャワーもコックを開けば使える。科学も魔法もあるから、原理が元世界とどう違うのかはわからないが、乙女ゲームの土台的なご都合主義の快適さはたいへん満足である。


 文化的にはゲームでよくある中世風で、文明的には近世に近いと思う。機械はそこまで発達してはいないみたいだけど、生活は不便しないように魔法で補われている。魔法があるだけ便利なこともありそうだ。


 ファンタジー世界と言えば、剣と魔法で戦うイメージだけど、この世界にも魔物はいるらしい。街中には余り現れず、僻地や辺境、大森林などに出現率が高い。

 だいたいは『魔力を使う野生の獣』である魔獣で、実態を持たないアンデッドやワイト、知性ある魔物もいるが割合はかなり少ないということだった。

 妖精や精霊も、魔物に含まれているらしい。


 俺の住むアトラント領は、数百年間カトゥーゼ男爵家が領主として治めているエリストラーダ王国の北西の僻地近い地方で、元々はカトゥーゼの主家だった伯爵家が治めてたんだけど、その家が子孫断絶してしまったものだから、実直な臣下であったカトゥーゼ家が賜ったものらしい。

 堅実な農耕地でだだっ広く、内陸で隣接している領地とは強固な絆があり至って平和。

 のどかすぎるほどのどかで土地の割には人口が少なく、領民が苦しくないゆるい税制に親身に声を聞いてくれる領主、我が家は親しみやすいいささか庶民的な生活をしている。

 領民の支持もあり唯一のお貴族様であるカトゥーゼ家は敬われているが、国内では平民に近い、貴族らしさとは無縁な田舎の下級貴族と侮られていても無理はない。


 父母は野心からは程遠い、穏やかで実直な人物だ。

 カトゥーゼ男爵である父は田舎者であることを恥じ入りすらしない、貴族であるより領民と楽しく生活できることをモットーとして汗水垂らして仕事に励む人柄で、日に焼けた大柄で筋肉質な見た目だけど顔つきは優しい。おおらかで大雑把で思いきりがいい。


 母は俺と同じ淡い金の髪に碧の瞳の小柄な少女みたいな見た目で、アトラント領と隣接するクルファマ領の領主、クルファマ伯爵家の元ご令嬢。礼儀作法はしっかりと身についていて所作は貴族らしい洗練されたものであるが、何より父にベタ惚れで父がナンバーワンでオンリーワンだ。


 優雅さも贅沢さもない田舎暮らしも父がいる天国くらいに思っている節がある、夢見がちなふんわりした人である。妖精さんを本気で信じているタイプ……だけどこの世界には妖精がいるらしいからそこまで夢だとは言えないか。

 ちなみに待望の第二子を妊娠中で、もうすぐ弟か妹が生まれる予定である。



 思い返してみると、5歳児貴族の英才教育で習った知識は多くない。

 はっきりいって、元世界ほど安全とは言いきれないこの場所で、箱にはいって育てられた俺の情報は著しく足りない。

 だいたいが伝聞なのは仕方ないにしても、まずはこの世界を知らないと何もできない。

 一応乙女ゲームの設定も頭にあるけど、この国が王政であるとか、騎士団があるとか、貴族含めて身分制度が厳しそうとか、そのくらいしか今役に立ちそうな情報はない。


 寝たふりをして人払いに成功した広い部屋の大きなベッドの縁に座って腕を組んで考える。…正直落ち着かない、広すぎて。だんだん背中が丸まってくる。


 それでも顔を顰めて考え込む俺に、どこからか現れたクロノが声をかけた。

「どうしたの?考え込んで」

 貴族の子供みたいな格好の幼児姿は、実はさっきから家の中で神出鬼没で、なぜか家族や使用人にも馴染んでいる。


「ちょっとこれからの課題と対策について考えてるんだよ。圧倒的に情報不足だけどな」

 お前こそなんなんだよ、とちらちらその格好を視線で突っつけば、クロノはにへらと笑う。

「なんだー、真面目だなあ一樹は。あ、これね、見えてる間は僕は君の遠縁で、君の従者って設定だから」


 そういえば、いたりいなかったりしても周りに不思議がられていなかったな。神様は便利なもんだ。

「何となくその便利そうなのはわかったよ。まあいいけど。

 考えるのは当たり前だろ?別に一市民として農耕地でスローライフでもかまわないけど、俺、次期領主だぞ?

 領地経営するためには、貴族としてやらなきゃならないこと盛りだくさんだろ。

 田舎者だからバカにされるとかはこの際いいよ、事実だから。

 でもゲームの事を考えると、今の立ち位置じゃ将来いいように搾取される予感しかしない。俺はアトラントが好きだし、そういうのは回避したい」


 まあ、あのゲームで見たウリューエルトみたいに喜んで搾取される(確実な予想)ってことは中身が俺な時点でないだろうけど。

 自衛できる能力がないのが不安だ。次期領主として、領民と領地を守る手腕は欲しい。

 王政、貴族制の権力圏の中で、しかも攻略対象というハイスペック群の中で、せめてアトラント領を守れる力を身に付けなければ。


 その為の、作戦を立てなければ。

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