新しい現実
暗くて、静かで、温かい場所。クロノの姿は見えるのに、他には何も見えない。自分の手足すらも。クロノはそこにいるのに、近づくことも触れることもできない、不思議な空間。
色々問題はあるけど、まずはクロノにお礼が言いたかった。前世でのことを。契約、という形でも、与えてくれたものに。
それにはちょっと、距離が遠い気がしたんだけど。
そんなことに気を取られている間に、クロノには俺が考えてることが伝わってしまったようだ。ぱちりと瞬きした表情が神様の慈愛の笑みに変わる。
「僕こそ、一樹と会えて嬉しいんだよ。
僕たちは、波長が合う人にしか存在を感じられない。意識して顕現すれば見えるけど、僕をいつでも認識できる人はすごく稀なんだ。くだらないことを喋って、一緒に笑えるのはほんの一握り。
今まで何人かそんな神子に出会ったし接してきたけど、やっぱり出会えて一緒に過ごせるのはすごく嬉しいんだ」
少年の姿なのに、時々見せる顔はやっぱり神様っぽい。でもだいたいは愛嬌ある少年で、まれに小さな子供じみたりもする。クロノはすごく人間じみている。
「そろそろ、目を覚まさなきゃだね。僕も一樹が衰弱しないようにしてるつもりだけど、身体に悪いから。もう頭の中も落ち着いたと思うから、とりあえず戻ろう」
何でもないように、クロノは少年の顔で言った。…ん?衰弱?……身体に悪い?
「君が倒れてからもう三日だもの。身体は魔法で保てても体力が衰えちゃうし」
…………。
やっぱり人間としては常識がズレてるなこいつ。
重い瞼を開けると、半分開け放たれた夜空色の重厚なカーテンの向こうに、目が眩むような白い陽光が煌めく。
何度か瞬いて、これが俺の新しい現実だと理解した。
ふかふかのベッドの上、凝り固まった上半身を起こすと、側にいたメイドが弾んだ声で俺を呼び、慌てて伝達のために部屋を出ていった。
喉が乾いた。当たり前か、三日寝てたら。成人を思い出した今は、小さくてバランスが悪く思える5歳の手足でベッドから這い下りて、脇のテーブルに添えられた水差しの水を直のみする。
―――生き返った。ある意味マジで。
しかし、ゲームの攻略対象を思えば、このひょろっちい軟弱な身体は鍛えないとダメだな。
武人になるつもりはないけど、睨まれて飛び上がるしかない弱さはダメだ。
幼児としても肉の薄い腹を薄いパジャマ越しに擦る。上質な絹は滑らかで気持ちがいい。田舎でも弱小でも貴族は貴族なんだよな。
……ん?何か、モコモコする。
疑問は一瞬。思い浮かんだ考えに、だんだん頬が引きつる。仕方ないよな、三日寝込んだら。仕方ない、仕方ない。
もっこり膨らんだパジャマの下にはオムツ。5歳児にオムツも恥ずかしかろうが、俺には23年の分別がある。
仕方ない、が、……当然メイドの娘っ子達に、下の世話をさせてたわけだ。絶望的な心境になるのもまた仕方ない。
腹に手を当てたまま膨らんだズボンを眺めて固まってる俺の耳に、記憶に新しい笑い声が響いた。
顔を上げるとそこには肩上の銀髪に薄水色の瞳、貴族のお坊ちゃん然りの控えめなフリルのシャツに赤紫のベストに膝下丈のズボン、白い長靴下にショートブーツの、同い年くらいの男の子。
顔面の無駄遣いそのままに上品さの欠片もなく笑い転げた、幼い姿へと変身を遂げた美神が立っていた。
「改めて、ようこそ。これからは一緒にいられるね」
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